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繁忙の徴兵期  作者: あき
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春 入学

 桜舞う道を新品の制服に身を包んだ少年少女が歩いている。彼らは皆一様に晴れやかな表情で、まだ見ぬ高校生活に期待を寄せていた。


 咲き乱れる桜も、晴れ渡った空も見えていなそうな浮かない顔の少年が一人。周りが高校を楽しみに頬を緩ませている一方で、少年の表情はまだ高校の校門さえ潜っていないというのに脱獄を試みる冤罪囚人のそれである。刑期は既に決まっており、これが変わることはない。あとは現実を受け入れるだけの彼が数メートル毎にため息を吐き出す。そんな重い空気のせいか彼の心中を察してなのか、隣を歩く友人が励ますように声をかける。

「まだ納得していないのか?先生だって緑のためを思ってしてくれたんだろうから、わかってやれよ」

 沈んだ表情の少年は顔を上げ横にいる友人を睨む。

「大地、お前は何にもわかってない。あの鯨の野郎のおかげで俺の人生設計が台無しになったんだぞ。高校では徴兵制度のおかげで時間が取れないっていうのに、その上こんな自称進学校みたいなところに来てしまったら、ますます俺の青春が消えていくだろう?」

 晴れない表情の少年、小鳥遊緑は3ヶ月間貯め続けている不満を、もう何度目かわからないが吐き出す。そして大きなため息とともにまた頭を下ろして、とぼとぼと歩く。傍らでうじうじと文句を言う親友に大地は優しく告げる。

「3つ訂正がある。1つは鯨先生は男ではない。我らが恩師で、世界有数の美人先生だ。緑が野郎呼ばわりしたことは伝えておこう。」

 告げ口をされると聞き顔をしかめる緑。

「あいつ加減を知らないからやめて欲しいな、それは」

 少し懇願気味だ。

 そんなことはお構いなしにと、大地は続ける。

「2つめは俺らが通うのは“自称”進学校ではなく、世間に認められし進学校だ。高校の成績と卒業生の進路がそれを物語ってる。そして3つめ。緑は、どこに行こうと青春を手に入れられないことはない。これは絶対にだ」

 とっておきのジョークを見つけたかのように、川端大地はにやりと意地の悪い笑みを浮かべながら言った。緑は大地の言葉に一瞬きょとんとした顔をする。そして、言葉と表情の不一致に気がつく。

「慰めてるのか、性格の悪さ故の企みから言っているのか、はっきりしてくれ。お前の言うことを、多少は信用しているんだ」

「多少じゃなくて全幅の信頼を寄せて欲しいな」

「ならあの巨人に対する復讐を一緒に考えてくれ」

「緑と俺と組んでも、鯨先生に勝ってるところが唯一、数が多いってところだけだからなあ。緑がもう少し銃火器に強くなれば考えてやらんこともない」

 じゃあだめだ。そう言って緑はまた大きくため息をついた。


 東京第四区高等学校。これが二人の入学する高校である。この高校は敷地面積・校内設備において都内で最も充実しており、それだけに入学難易度も高い。道行く新入生を見れば、入学式を前にする子供のあどけなさだけでなく、入試を勝ち抜いた実力を自分のものとして自覚しているような表情も見える。


 二人が校門を通ったその先で、一気に人口密度が増している。校舎入り口に張り出されたクラス分けを確認しているらしい。

 周りより30cmは高い大地が人垣の後ろから張り紙を確認する。

「おチビの緑さんや。クラスは別みたいだねえ」

「デカイ案山子が同じクラスにいなくて助かるよ。おかげで前を見るのに困らなさそうだ」

「俺は1組。緑は4組。他は知らない」

「紅葉は?あいつもここだったよな」

「そういえば紅葉も第四だっけか。ええと、紅葉紅葉紅葉……。お、あった。若葉紅葉2組。残念、二人とも被らずだ」

「みんな一人か。まあそれはそれでかな」

 もう他に名前が挙がることはなかったので二人教室に向かう。

「しかし目標を共にする仲間の進路があやふやだとは、これは要反省ですかねえ」

「ははは。紅葉なら笑って許してくれるよ。それに緑のフォローがあれば俺も辛い思いをしなくて済む」

「フォローしてあげたい気持ちはあるんだがなあ」

そう言って緑は先程から後ろにいる少女をチラリと見る。

その視線に気づき大地も後ろを向く。そうして自分を睨む少女、若葉紅葉の存在を知る。

「おー、紅葉じゃないか!また同じ学校だ!クラスは違うみたいだけど、よろしくな!」

 何事もなかったかのように、そしていつもより気持ちリアクション大きめで紅葉に話しかける大地。一方、声をかけてくる大地に何も言わず、だが目をそらさない紅葉。

 あはは、と笑って誤魔化そうとした大地も、不満気な紅葉の様子からこれはそう簡単に解決しないとわかる。少しずつじりじりとすり足で距離を取り、じゃあまた後で、なんて言って俺たちを置いてクラスへ逃げ去った。

 残された僕らはとりあえず挨拶をする。ついでに帰りの約束をして、各々の教室へと向かった。


 入学案内によればHRまであと5分だった。すでに教室には生徒が揃っているように見えた。知り合いや、近くの席と交流をしている様子がちらちらと見受けられる。緑も周囲の生徒と軽い挨拶を交わした。

 チャイムが鳴る。生徒が席に着いて待っていると、30代くらいの短髪黒髪の男性教師が段ボールを抱えてやってきた。

「起立、礼、おはよう」

 テンポ良く挨拶をした教師は、金城、と名乗った。

「じゃあ入学式まで少し時間もあるし、君らも自己紹介してくれ」

 そうして1年4組の自己紹介が始まった。もうこの歳にもなれば珍妙なことを言う輩もいない。雰囲気は良く、かつ無難にことは終わった。

 中央後ろに席を構える緑は一息ついた。これから始まる高校生活を癖の強いやつと一緒のクラスにならなくて良かったと安堵する。事前に聞いていた2人とは違うクラスだった。調査対象と、ひょっとしたらこれからチームになるかもしれない2人。仕事の割り当ては学校外だったから幸いだった。騒がしいのは放課後だけでいい。せめて高校の中くらいは静かに好きに過ごしたい。これが緑の妥協した高校生活の目標だった。

 


 入学式は滞りなく進行していった。流石進学校というだけあって、てきぱきと事故もなく、スケジュールと大きな誤差もない。ただ校長の歓迎の挨拶は管轄が別にあったらしい。

 校長の長い話はまとめると以下のようだった。中学校までに学んで身につけた基礎をおろそかにすることなく、高校では自分に合った技術を身につけて、ここの生徒であることに誇りを持つように。国を守る一員になるのだから、責任と務めを果たすように、と。中学の卒業式の続きみたいだと緑は思った。

 続く来賓と、生徒会長の言葉をぼんやりと流す。欠伸が出始め、頭の中を昼食のことで一杯にしていると、新入生代表が壇上に上がっていくところが見える。目の端にそれを捕らえたとき、緑は彼女から目が離せなかった。いつも会っている鯨先生や紅葉とは違う。育ちの良さや意志の強さが姿勢に、視線に現れているようだった。もちろん彼女のことは事前に聞いて知っていたが、いざ目の前にするとその迫力に気圧されてしまいそうだった。この難関高校で入試トップの成績を勝ち取った、1年生の代表。

「漣結梨、か」

 それが彼女の名前だった。

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