エピソード0
これは彼の幼少期、世界の良いところも悪いところも知らない純真無垢でいた頃の話。
とある屋敷の一室。そこには似たような年齢の子供達がいた。
集まった子供達は、みんなばらばらの国籍を有していた。髪の色、肌の色、服装と、各地からやってきたのであろう、バラバラだった。見た目に共通していることといえば、片方の耳につけた灰色のイヤホンだけ。あとは、親に連れられてここにやってきたということ。子供達はそれぞれの言葉で「用事が終わるまで他の子供達と遊んでおいて」と伝えられ、親はその場を離れていた。
子供の数は13人。それだけいれば、いろんな行動が見てとれた。知らない相手に興味津々、近くの子へ話しかける。親元を離れ寂しくて一人で泣きそうになっている。抱えていた本を開いて壁を背に読書をする。どこから取り出したのか大きな枕に抱きついて眠る。
数十分くらいは各々身勝手な行動をしていた。しかし誰が始めたのか、次第に子供達の輪が広がっていく。お互いにコミュニケーションをとっても数人程度だったのが、5人、8人、10人と数を増やし、やがてそこにいる13人全員の大きな輪になった。
「みんなでゲームをしよう」
誰が言ったかは分からない。別に誰でも良かった。この意見に反対する子はどこにもいなかった。
男の子が扉の近くで待機していた執事見習いらしい少年に声をかける。広い遊べる場所がないかどうかを尋ねた。少年はどんな遊びをするのかを逆に問い返した。場合によっては外に連れ出した方が良いと考えたからだった。
集まった子供達は相談をする。そうして「旗取りゲーム」に決まった。子供達全員に共通認識として第一にあるものがこれだった。兄や姉から聞かされる、彼ら子供達にとってはまだ遊びとしか認識していないそれが、最も楽しく遊べそうだったのだ。執事見習いの少年はそれを聞くと少し待つように伝え部屋を出ていった。
しばらく経って、少年が先輩執事を連れて帰ってくる。先輩執事は改めて子供達から話を聞き、少し悩んだ様子を見せる。しかし、何かを決心したようにそれ専用の部屋へ案内した。彼らがまだゲームとして認識しているそれを行う部屋へ。
部屋に入った子供達は初めて見るその機械に歓喜した。中庭かどこか広い場所を与えられると思っていたのだ。それに、それを使って「ゲーム」をするのはまだずっと先のことだと聞かされていたからだった。
目を輝かせている子供達に先輩執事はこの機械についてのレクチャー始めた。これで遊ぶ場所はいわゆる仮想空間だと。自分の身体感覚そのままに動くことができること。触覚や痛覚も現実に近しいものが得られること。幼いながら優秀な子供達へ丁寧に説明する。途中途中で質問を挟みながらも彼らははやる気持ちを抑えられず、ちらちらと機械を見ながらも彼の話を聞いた。
そうして先輩執事は一通り話した後、子供達に2つのチームに分かれるように言った。当然彼らは出会ったばかりなのだから、特に仲良し同士ということもなく適当に6人と7人の2つにばらけた。13人だったために人数差ができてしまうが、それも仕方が無い。だがそれもすぐ解決した。6人側にいた女の子が見習いの少年に声をかける。一緒に遊ばないか、と。少年は先輩執事を見上げる。先輩は笑って、構わないよ、と言った。そしてうまく数が揃った彼らは機械に潜って遊び始めた。
子供達は目一杯楽しんだ。いつもなら公園や空き地で地元の友人とそれっぽく遊んでいただけだった。それが話に聞いていたゲームのような場所でできている。まるで夢のようだった。
そんな彼らの様子を先輩執事は穏やかな表情で、それでいて複雑な気持ちを持って見ていた。
それもそのはず、子供達が遊びだと思っているそれは、各国で軍事訓練として使われる対人戦闘シミュレーション空間だった。かつて先輩執事が彼らくらいの頃には本当にゲームとして使われていたその技術も、今は戦争のためのものに成り代わってしまっていた。目の前で子供達が自由に駆け回り遊ぶように使われることは、もうほとんど無かった。
先輩執事は子供達の親の会議時間を気にしつつ、ゲームのサポートを全力で行った。せめて今日だけはこの技術を思う存分楽しんで欲しい。これへの認識が戦争の象徴になる前の今だけは。
この争いの時代はいつ終わるのだろうか。先輩執事は思う。少なくとも今はまだ続いている。だから子供達の親は集まっていた。彼はもちろんそのことを知っていた。だからいずれ子供達も親のことを知るときが来るのかもしれない。そのとき親の手伝いを始める子も少なくないだろう。子供達にその気が無くても、親にはその考えがあるらしいことは子供達の動きが証明していた。
そろそろ話し合いが終わる頃になった。先輩執事は次のゲームで最後だと告げる。集まった子供達と後輩の見習い少年は少し不満そうな声で答えるもその言葉に従った。最後だからと全力で楽しもうとする彼らの表情はまぶしかった。
こうして夢のようなひとときは終わった。子供達は親に連れられて屋敷から各々の国へと帰っていく。先輩執事は彼らを屋敷の2階の窓から後輩の見習い少年と見送った。
いつか、と先輩執事は願った。いつか子供達が今のように楽しく遊べる時代が来て欲しい。彼らがまた遊んでいる様子を見たい。何十年も前の、あの頃のように平和な世界がやってきて欲しかった。自分たちが何にも縛られず生きていたように、彼らにもそうあって欲しい。
そう考えたところで先輩執事は笑ってしまう。仮に平和な世界が戻ってきたとしても、もうこの歳では生きてはいない。子供達が中学校にあがるときまでだって怪しい。そのことに気がついて隣に立つ少年を見やる。少年は次々に屋敷から離れる車を目で追っていた。そうして最後になった車を名残惜しそうにずっと追っていく。
先輩執事は、ぽんと少年の頭に手を置いて髪をくしゃくしゃにしてなでてやった。少年はちょっと不満げな目で先輩を見つつも、恥ずかしそうで、どこか嬉しそうにほほえんだ。先輩はそんな後輩に今日のことを忘れないようにか、強く頭をなで、後輩がうとましく痛がって手を振り払うまで続けられた。少年が、子供達が、楽しく過ごした今日を忘れないことを願って。