8話 オークション会場での戦い①
たくさんの評価やブックマークをありがとうございます。おかげ様で楽しく執筆ができています。
引き続き、『黒刀使いの勇者殺し(ブレイヴスレイヤー)をよろしくお願いします。
今回は戦闘描写が多めで会話が少ないです。
戦闘描写は難しいです。
時は夜がオークション会場のステージに現れる数十分前に遡る。
袋詰めにされている夜は人攫いの兄弟に奴隷店の地下のオークション会場のステージ裏まで直行で運ばれた。
そこでは司会の男の従者たちが、商品となる者に首輪や枷を着ける作業、落札者の登録など忙しそうに動いている。
今回の目玉商品となる龍人族の幼女がステージに運ばれていき、夜の番が回って来る。
従者が3人ほど、夜が入っている麻袋を取り囲む。3人のうち2人は麻袋の両脇に立っている。
それぞれの手には、手かせや首輪といった高速具が握られている。
真ん中に立った従者が麻袋の紐を解き、商品に暴れられる前に拘束するといった手筈だ。
そして、今回も真ん中の従者が麻袋の紐を解き、それと同時に両脇に立った拘束具を持った従者たちが夜を取り押さえようと動き出す。
だが、夜を拘束することはかなわなかった。
夜は両手にナイフ2本を逆手に持ち、袋を開けるのを待ち構えていた。
そして袋が開けられた途端、従者たちが動き出す前に夜はナイフを両脇の従者たちそれぞれの首筋に突き刺し、袋を開けた者に対しては右足で腹を蹴り飛ばす。
首筋にナイフを突き刺された従者たちは、声を挙げることなく一瞬で絶命する。
さすがの夜も、拉致されたうえ身売りされそうになった事や、理不尽に他人の人権を奪う行為にかなり怒りを覚えている。
その関係者を1人残らず根絶やしにしようと考えていた。
だから、それからのステージ裏での光景は阿鼻叫喚の地獄絵図のようだった。
従者たちだけを狙って、紫髪紫目の一人の少年が、命乞いも聞こえていないかのように、無慈悲に、容赦無く黒刀を振るい、生命を次々と奪っていく。
更に逃げ惑う者や、黒刀では届かない距離にいる者には正確に急所を狙って投擲ナイフで確実に致命傷を与える。
夜が従者とそうでない者を見分けることができるのは、単純に従者たちは共通な高そうな制服を着用しているからだ。
夜の手によって十数名という従者が屠られるのは、そこまで時間が掛からなかった。
室内中にむせ返るような血の臭いを充満させ、床には数十の屍が転がった小部屋には、夜の他に、袋詰めにされた公爵令嬢しか生きている者はいなかった。
「ふぅ、こんなもんか……。後は――」
と夜は血振りで刀に付着した血を払い落とすと、部屋の隅に置かれている公爵令嬢が入った麻袋へ目を向ける。
夜は麻袋の口を左手に持ち、黒刀で切り落とす。
すると床に転がった袋の中から「きゃっ」と怯えきった声の後、口あいた麻袋から1人の少女が恐る恐るといった様子で這い出し、禍々しく光る黒刀を持った夜を怯えた様子で見上げている。
その少女の特徴は、綺麗で少し癖のある金髪をショートカットに、澄んだ藍色の双眸。
少し幼さが残るが大人びた顔つきは、かわいいよりも綺麗な方に分類される美少女だ。
血が染み込んでいるが高級そうなドレスを身に着けていることから、この娘が件の公爵令嬢だと夜は判断し、膝を折って少女と目線を合わせる。
最初に口を開いたのは夜だった。
「えっと、自分はヨル・テンザキと申します。あなたが人攫いの被害に遭った公爵様の娘に違いありませんか?」
夜は警戒されないように、なるべく丁寧な言葉で話す。
夜が名乗ると、公爵令嬢は敵ではないと判断し、少し警戒心を解いて落ち着いた風に言う。
だが、内心はかなりの恐怖心に埋め尽くされている。
そのこともあって夜に対して返答が遅れる。
「……あっはい、そうです。
申し遅れました。私はメイデン公爵が娘、イリーナ・メイデンと申します。
事態が事態なので敬語は要りませんし、私のことはイリーナと呼んでください」
「わかった。――敵が来た。少しそこで待っていてくれ」
索敵を張り巡らせていた夜は敵がこの部屋に近づくのを感知し、イリーナに指示をする。
夜は黒刀を握り直し敵が入って来る方のドアへ目を向けた。
それと同時に2人の男が勢いよくドアを蹴破る。
「おい! なんの騒ぎだ! ――なっ!」
2人組みの男たちとは夜たちを攫った兄弟だ。
かなりガタイのいい体つの弟が野太いドスの効いた声を荒げて現れるが、あまりの惨状に言葉が続かない。
部屋中に転がる複数の屍と、ほとんど床全体に行き渡った血の水溜りに愕然と立ち尽くしている。
人攫い(兄)は状況を瞬時に判断し、短剣が入った懐へ手を伸ばす。
しかし、短剣を取り出す前に俊敏な足運びで間合いをほぼ一瞬で詰めた夜は、人攫い(兄)の心臓を黒刀で一突きにする。
人攫い(兄)は口からごぼごぼと赤黒い血を吐き出しながら後方へ倒れていく。
夜はそれを一瞥し、刀から手を離すと右隣に立っている人攫い(弟)の胸ぐらを掴んむ。
自分の左足を前に出し、その足を中心に右足で半円を描くように移動させながら引き寄せて体勢を崩す。
それと同時に左腕は相手の下顎の骨、右手は頭に乗せる様に掴む。
そして、瞬時に相手の顎が左上を向かせるように思い切り捻り回した。
ぐきりと湿った音を鳴らし、白目を向いてぐったりと脱力した人攫い(弟)は重力に従って膝から崩れ落ちる。
イリーナは夜が一瞬のうちに2人の人間を屠ったことに「すごい……」と感嘆の声を漏らす。
夜は既に息絶えている人攫い(兄)から黒刀を引き抜くと、イリーナへ目を向け、
「全員片付けた。俺の後ろを離れないで付いて来てください」
と淡々とした口調で告げ、人攫いの兄弟が入って来た方とは反対の通路を進む。
イリーナはそれに「はい」と返し、先に進んだ夜に追いつくように早足で後を追う。
夜たちがある程度通路を進むと、突き当たりの右側から薄明るい光が漏れていることに気づく。
「向こうに進むと何かありそうだな」
「あの明かりの具合からすると、ステージの照明かもしれませんね」
「なるほどな」
と夜とイリーナの2人は薄明かりの下へ向かう。
しかし、前方から道を塞ぐように歩く3人の従者たちに遭遇する。
その従者たちは驚愕の表情を浮かべ、真ん中の一人が夜たちに指をさして左右の従者に命令する。
「なっ! なんでお前たちがここにいる! 捕らえろ!」
3人は腰から剣を抜き、夜へ切り掛かろうと迫る。
今、夜たちが進んでいる通路は、大人3人が並んで歩けるほどの広い横幅だが、天井は2mと低く造られている。
そのため、刃渡り80cm近くある夜の黒刀はこの空間で振るうには向いていない。
対して3人の剣は刃渡りが45cmと、この狭い空間でも十分に振るえるためかなり有利だ。
だが、今回は相手が悪かった。夜はそんな不利な状況を気にするまでもないと言わんばかりに難なく戦う。
夜は右足を一歩分後ろに下げ、半身に構える。そして黒刀の刃の部分を上にし、切っ先を相手の喉下に向け、柄を自分の頭の右横に持つ構え。――霞の構えを取る。
先頭を走って来る従者が、夜の間合いに入った瞬間――
夜は後ろに引いていた右足と刀を持つ両手を瞬時に突き出し、相手の喉下を狙った高速の突きが繰り出される。
だが、夜の『突き』は的確に急所を狙ったためか、それを予測した従者が咄嗟に突きの軌道上に剣を当てることで防がれることになった。
夜はそのことに「ちっ」と軽く舌打ちをし、突きの勢いのまま刃を立てて鍔迫り合いにもっていく。
夜と従者の距離が近づいたところで、夜は相手の股間に思い切り膝蹴りを食らわせる。
男の最大の弱点を攻撃されたことで、相手はあまりの激痛に表情を歪め声にならない悲鳴を上げながら膝から崩れ落ち、鍔迫り合いの状態を保てなくなる。
夜は、蹲りながら足元で悶絶している相手の首裏から喉にかけて無慈悲にも黒刀を突き刺す。
続いて剣を両手に持って迫る2人目の従者が横薙ぎに剣を振るわれるのを見切ると、突き刺した黒刀を引き抜きながらバックステップで後方へ下がる。
それと同時に黒刀を納刀。
従者と夜の距離がある程度離れたところで、夜は右足を前に出し半身に構える。
それと同時に左手の親指で鍔を押し上げ鯉口を切り、即座に抜いて斬り付けるよう右手を柄に添える。
従者は離れた間合いを詰めようと、夜から見て右横に剣を構えながら迫る。
そして、従者が夜の間合い足を踏み入れた瞬間――
夜は体勢を低くして相手の剣の下を掻い潜り、従者の後方へと抜けた。
そして夜の右手に握られた、いつの間にか抜刀された黒刀の刃には鮮血が滴っている。
対して従者の方は夜に向けて振るった剣が空を切っていた。
夜が通り抜けた方の脇腹には深く斬られ、流れる血がじわじわと衣服の布を侵食していく。
夜は従者の横を通り抜ける寸前に、一瞬の間に抜刀された黒刀が脇腹を斬り裂いたのだ。
深手を負った2人目の従者が力尽き、呻き声を上げながら前方へ倒れる。
それを一瞥した夜は先ほどまで真ん中で、従者たちに指示を出していた男に鋭い目つきで睨み、殺気をとばしながら一歩ずつ歩みを進める。
すると、その従者は
「お前! なんて卑怯な戦い方だ! それに、これ以上近づくな!」
と、震えた声で往生際悪く喚き散らす。
その様子に夜は深く溜息をつき、冷ややかにかつ威圧感のある口調で言い放つ。
「何を甘ったれたことを言っているんだ、お前は。これはルールのある試合じゃない。互いの命を賭けた殺し合いだ! そんなものに卑怯もクソもない!」
語尾を強く言った夜に肩をびくりと震わせ、3人目は完全に怯む。
そして恐怖心のあまり、「キヤアァァァァア!!」と奇声を発しながら滅多矢鱈に夜に剣を振り回す。
が、それが夜に通じる筈も無く「ふん」と鼻であしらわれながら剣を弾き飛ばされる。
「うわぁ! やめろ! 来るな!」
そして武器をなくした男は怯み、尻餅をついてしまうが、必死に手足を動かしてじりじりと後退する。
更に一歩一歩自分に近づいて来る夜に喚き散らす。
とうとう夜は男をステージ上の幕に隠れた辺りまで追い詰め、黒刀を相手の右肩から左脇腹に振り下ろし、一気に斬り裂いた。
斬られた男はその勢いで転がり、ステージ上を自身の鮮血で汚した。
夜はステージに進むと、オークションの司会を行っている男が客を落ち着かせようと必死にアナウンスしているところを後ろから首を刎ねて命を奪う。
これが、天裂夜がステージ上に現れた経緯だ。
夜がステージ上に現れると、観客席に構えていた貴族の用心棒や、凄腕の冒険者たちがそれぞれの武器を構える。
中には魔剣の部類に入る武器を持つ者や、自身の周りに魔法を発動させるために必要な魔法陣を展開させている者たちもいる。
さらに、夜が入って来た方と反対側からステージ上がって来るそれぞれ武装した従者たちがぞろぞろと湧いたように現れる。
夜は周りを見回しても敵、敵という状況に全身の血が騒ぎ、口元を狂気的に歪めて舌なめずりをする。
多勢に無勢のはずなのにも関わらず、まるで楽しんでいるかのように見える夜を隠れてみているイリーナは、目を大きく見開き驚愕の表情を浮かべる。
「何を考えているのですか!? あの人正気!? 訳がわかりません!?」
それと共に、夜に万が一のことがあったときのことを思い浮かべてしまい、不安という感情が胸中を渦巻く。
その時、イリーナを安心させるように彼女の肩に誰かの手が優しく置かれる。
イリーナはびくりと体を震わせその方を見る。
そこには、いつの間にか現れていたのかアスが人を安心させるような笑みで彼女の肩に手を置いている。
そして、彼女を安心させるような優しい口調で告げる。
「ヨルは大丈夫だ。あいつが本気をだせば、やつらなんぞ足元にも及ばないだろう。第一、お前がヨルの勝利を信じなくてどうする」
イリーナはアスの言葉に頷き、夜の戦いを見届けることに決意する。
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