3話 盗賊戦2
「さあ、俺を楽しませろ、魔剣使い!」
夜は煽る様に啖呵を切り、リーダーとの間合いを一気に詰めるべく地面を蹴る。
夜とリーダーとの距離が7m、6mと詰まっていき、5m辺りまで詰まっていく。
リーダーが正眼に構えた魔剣を上段へ振り上げる。
「っふあぁぁっ!」
掛け声と共に虚空を切るような勢いで魔剣を夜目掛けて振り下ろした。
魔剣の刀身は1.2mほどしかない。
それに対してリーダーと夜との間合いは5m弱も開いている。
普通なら刃が届くわけがない。
だがリーダーが魔剣を振り下ろした瞬間、切り裂いた虚空がメラメラとした緋色の炎を纏った三日月型の斬撃へと変わり夜の眼前へ迫る。
「! 危っぶねっ!」
夜は急ブレーキをかけ、左側に跳び背中から転がって魔剣から放たれた飛ぶ斬撃をギリギリでよけることができた。
夜の後方では焼け焦げた草原どころか縦に抉れた地面だけが残っていることから威力がかなりのものだとわかる。
夜は背中から転がったことでうつぶせの状態になっていたが、すぐさま起き上がり膝立ちで左手に持っている剣を後ろへ振りかぶる
「はっ!」
と、掛け声と共にリーダーの動きを牽制すべく剣を投擲する。
ブウォンっと風を切る音と共に投げられた剣は回転しながらリーダーの首元を狙う。
しかし、リーダーが横薙ぎに振るった剣によって阻まれる。
その間に夜は立ち上がり、黒刀を正眼の構えながらバックステップで後ろに下がり距離を取った。
「おいおい。あんなのありかよ。まるで月○天衝だな。まあ使われてんのが【炎】だから少し違うが」
『ああ。あれは【飛ぶ斬撃】といってな属性が付与されている魔剣には通常装備だ。魔力を込めるときに短時間の【溜め】が必要になるからそこを狙うといい』
「なるほどな」
『後、ヨルが先ほど投げた剣が魔剣と衝突した瞬間、あの魔剣は赤熱化していた。おそらく切断時には高熱を帯びることで防御不能の剣になるのだろう。魔剣には気をつけろと言っただろう』
「異世界行っていきなり魔剣使いと戦わせるお前が、今頃何言ってんだよ……」
『だが、月牙○衝などと言えているあたり、まだヨルには余裕がありそうな。――来るぞ!』
「わかってる」
と再び放たれた【飛ぶ斬撃】を右側に走って避けて回避する。
今回は先ほどと違い、不意打ちでもなければ距離が離れているため余裕で避けることができた。
夜は黒刀を鞘にしまい、アスが提案したような【飛ぶ斬撃】を放った後の【溜め】の時間を狙ってその瞬間にすぐ動けるように備える。
だがリーダーは夜が納刀したことで、最初に部下が殺された抜刀術を警戒する。
「オレが大振りした瞬間に近づいて斬るつもりだなぁ。だがそうはさせねぇ」
夜の狙いを察したリーダーは火力重視に多く魔力を込める斬撃から手数重視の少量で込められるものへと変え、それを連続で放った。
今回の斬撃は込めた魔力が少量のため先ほどのよりは一回りサイズダウンしている。
夜は連続で放たれる【飛ぶ斬撃】を走り回って回避していく。
やがて夜はリーダーを中心に円を描くようにリーダーのグルグルと周りを走りながら魔剣から連続して放たれる【飛ぶ斬撃】を回避するようになっていた。
実際、夜はリーダーの周囲をただグルグルと走り回っているだけでなく、円の半径を徐々にじりじりと詰めている。
リーダーは初めは夜目掛けてやたらめったら斬撃を放っていた。だんだんとパターン化した動きに慣れ、先読みしながら回避するすぐ先へ斬撃を飛ばすようになる。
直接夜を攻撃しに行かないのは抜刀術の餌食になるのを警戒しているからだろう。
夜も斬撃が飛んで来る方向が変わったのを察知するが、相手は的確に動きを読んでいるから回避もギリギリのタイミングになる。その証拠に身体の至る所にかすり傷が増えている。
そこで夜は仕掛ける。
夜は疲労を装いスピードをわざと落とす。
そこへリーダーの【飛ぶ斬撃】の集中砲火に見舞われることになり、夜がいる場所へ斬撃が密集する。
夜は斬撃の方へ向き、集中したような鋭い目つきで斬撃を見極めようとする。
初撃を次の動作へ移れるように最小限の動きで躱す。
2,3撃目は当たる直前に数歩後ろへ下がって回避。
それらの斬撃は密集して迫っていたことにより回避した夜に当たる寸前で斬撃同士がぶつかり空中で爆ぜる。
その爆発の影響で夜の周囲には砂塵が混じった爆風が発生し、リーダーからは夜の姿が見えなくなる。
しかし、今の爆発で命中したと誤認したリーダーは止めだと言わんばかりに魔力を多く込めた斬撃を放とうと魔力を込めて斬撃を放つ。
そして斬撃が着弾したところから、空気が張り裂けるような爆音がなり、より大きな砂塵を撒き散らす。
その光景を見たリーダーは、夜を打ち倒したことを確信したように歓喜の高笑いあげている。
「よしっ! やったか! はは、やったぞ。オレはついにやった。お前らぁ、仇は取ったからな安心しろよぉ。ははっははははっはははははっ―」
右手から剣を落とし、左手でガッツポーズを作っていいた両手を空に掲げて喜ぶリーダーはあまりにも油断していた。
だから砂塵のトンネルを怒涛の速さで潜り抜ける夜の姿をギリギリまで気づくことができなかった。
「やったぞぉーはっはっは「…………ぁあああ!」――はぁ?」
――――ザシュッ……ボトッドサッ……
リーダーの最後に見た光景は自分の首へ迫る黒く輝くの刃だった。
―――――
「これは……オーバーキルだったな」
俺は盗賊のリーダーだった両手を伸ばしたまま倒れた胴体と、少し離れた位置に転がる切り離された頭を眺め、表情を歪めながら言う。
首の切り口からは赤黒い血が流れ、緑の草原を血の色で染めていく。
さらに周囲に充満したむせ返るような血の臭いか、人を殺したことへ罪悪感からか、何も食べていないのにも関わらず胃から込み上げて来るものがある。
戦ってるときは平気だったんだがな……。
今は言葉も発しなけらば動きもしない屍を見ていると、さっきまで生きていた物を自分の手にかけたことにより胸中に複雑な感情がせめぎ合い、より罪悪感が湧き出てくる。
そうか、これが”殺し”か。
「いやー、しっかしギリギリだったなあヨル。『さあ、俺を楽しませろ、魔剣使い!』なんてカッコいい(笑)台詞を言えるほど強化していないお前とあの魔剣使いの実力はそう大差なかったということだな」
俺は初めて人を殺し、感傷に浸っていると雰囲気に合わない明るく弾んだアスの声が響いた。
頭の中から出なく正面から聞こえたので見ると、そこに【神界】で見たような着物姿のアスがいる。
「なんだよ……。強化してからここに送り込んだんじゃなかったのか。あのスッと俺の身体に馴染んだあの黒いオーラはなんだったんだ?」
「あれはただの演出だぞ。だが我が強化しようと思えばいつでもできるがな」
「演出……」
なんかガクッときた。
「まあ、この際それはいい。実際俺は生きてるからな。でも、聞きたいことはある」
俺は右手に持った黒刀を鍔付近から切っ先にかけて眺めながら真剣な声音で言うとアスは「なんだ?」と促す。
「この刀、ただの刀じゃないだろ?」
「ほう。何故そう思う?」
「俺は最後に放たれた斬撃を少しでも軌道を逸らそうと炎の塊にこいつを振るった。
今思えば何でそうしたのかは謎だ。とにかく身体が勝手に動いた感覚だった。
その結果、方向が逸れるどころかあの炎を斬ることができた。普通の刀はそんなことはできない。それに、今確認したところ、目立った刃こぼれも曲がりもない。どうなってるんだ?」
俺は納刀し、真剣な声音で尋ねるとアスは急に「ふっ」と口元に笑みを浮かべた。
「ふっ、確かにヨルの言うとおりその刀はただの刀ではない。我の【権能】を込めた特別な刀だ。当然、刃毀れで切れ味が落ちることもなければ経年劣化で折れることもない」
「…………」
アスが自慢するような得意げな表情で黒刀の特性を説明しているのを俺は静かに聞く。
「ついでに言うと最後の炎の斬撃を斬ったときは流石にまずいと思ってヨルの身体能力を強化して……えっと、お前の動作を少し操作した。
だからヨル、そのぉ、そんな警戒するような目で見ないでくれ。こいつはお前に害を及ぼさない。我が保証する」
アスが言い淀んだ辺りで俺は目つきを険しくし、警戒するようにアスと鞘に納まった黒刀を見つめるとアスは慌てて弁明する。
「……わかった。アスを信じる。さっき俺が危ないと思ったから強化してくれたんだろう。何だかんだ言っても俺の身を案じてくれているということは伝わった」
少し悩んだ後に俺がそう言うとアスは「そ、そうか」と得意げな表情をによによと歪ませていた。
「それとな……」
「ん? なんだ」
「こいつらをどう処理したらいいんだ?」
俺は苦々しく表情を歪め、周囲に散らばる盗賊達の屍骸を一瞥しながらアスに尋ねる。
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