16話 戦いの真実
今回は回想部分があります。
わかりにくい部分があれば、活動報告の欄でコメントください。
夜は自分の身体の違和感で目を覚ます。
ふかふかのベッドで寝ていることを不思議に思い、寝起きの回らない頭で昨晩のできごとを思い出す。
(確か……マグヌスと成り行きで戦うことになった。そしたら、魔王が現れて城に招待されてそのまま寝ることになったんだ)
だんだん意識が鮮明になっていき、違和感の原因は腹部の圧迫感だとわかった。
そこへ目を向けると、真紅の煌びやかなドレスをに身を包んだオリビア魔王がこちらを凝視している。
そんなオリビアに夜はジト目を向けて、淡々とした口調で言う。
「なんで魔王様が俺の腹に跨ってるんだ? 全く状況が飲み込めないんだが……」
するとオリビアは口元に妖艶な笑みを作り、聞いていて落ち着くような澄んだ声音で話す。
「やっと、お目覚めになりましたね。あなたは一度床に入るとしばらく目を覚まさない方なのですね」
(前にも似たような台詞を聞いたことがある)
夜は朝から刺激的な光景から意識を逸らそうと別なことを考える。
だが鼻腔をくすぐる女性の匂いに、強制的に意識を向けることになる。
「とりあえず、そこをどいてくれないか。朝から見るものにしてはいささか刺激的過ぎる」
「ふふっ。明後日の方を向いて、一体誰に申しているのですか?」
夜の反応を楽しむオリビアはいたずら気にクスクスと笑い、夜の首元のチョーカー形の魔法道具の中心に指を置く。
すると、夜の髪と目の色が日本人の特徴の黒に戻る。
「あなたが身に着けているそれは、髪と眼の色を変える魔法道具ですね。もしかしたらと思っていましたけれど、まさか本当でしたのね」
「言っておくが、俺は勇者じゃない」
「ええ、わかっています。あなたからは12の神よりも格上の力を感じます。この世界を治める『全能神ゼウス』をも凌駕する力が」
――ざわっ
「ゼウス」聞いた途端、夜は体内の魔力が無意識に殺気立つのを感じた。
それを見たオリビアは「やっと反応を見せましたね」と意味深な笑みを浮かべる。
何かを知っていると直感した夜はオリビアの両肩に手を置き、真剣な表情で落ち着いた口調で尋ねる。
このとき、オリビアの指が魔法道具から離れたため、夜の髪と眼の色が紫に戻る。
「ゼウスって何者なんだ? 名前しか聞いたことがない俺がなぜこんなにも殺気立っている」
「それはあなたに力を与えた神の私怨が原因です」
「どういう意味だ?」
「そもそも、あなたは何故十二の国で『勇者』同士の戦いをしているか知っていますか?」
夜は「いいや」と首を横に振る。
「戦いに勝利した国にゼウス本人の【権能】が宿った望んだものがすべて手に入る魔法道具が与えられます。
これで大抵な人は望みを叶えたり、富や名声、権力を手に入れたりします」
「そんなものがあるのか……」
(そこまでしてアスがしたいことって何なんだ? そもそもなぜゼウスはそんな景品まで用意してまで戦わせている?)
夜は頭の中で思案する。
だが、突如室内に響く子気味のいいノック音で思考は中断することになる。
「ヨル様ー、朝ですよー。いつまで寝て……って、何をしているのですか……」
弾んだような調子のいいイリーナの声と共にドアが開かれる。
だが、夜とオリビアの状態を目にしたことで一気に冷ややかな声音に変わっていく。
「おや? お楽しみの真っ最中だったようだ。気が回らなくて済まなかったな」
続いて言うアスの口調は面白がっているように聞こえる。
夜とオリビアの体勢はこうだ。
上体を起こした夜がオリビアの両肩を掴み、オリビアは夜の膝の上に座っているだけだ。
だがアスとイリーナから見ると、夜とオリビアの下半身がドレスで隠されている。
だから二人のように、危ない絵図に見えてしまい、勘違いをしてしまった。
それを瞬時に悟ったオリビアは「そういうことですか」と呟くと、何事もなかったかのようにイリーナたちの前に立つ。
「おはよう、皆さん。昨日はよく眠れましたか?」
「はい、オリビア様。おかげさまでゆっくりと休めることができました」
イリーナは片眉をヒクつかせながらも平然を装って言うと、まだベッドに腰掛けたままの夜に目を向ける。
「後でお話がありますので、時間を空けておいてください、ヨル様。では、私は朝食を摂りに先に食堂へ行きます」
とイリーナは冷ややかな声音で言い残すと、スムーズな足取りで部屋から出ていく。
「俺が悪いってことはなんとなくわかる。でも理不尽だ」
イリーナが出て行った後、夜そう呟くとがっくりと項垂れる。それからイリーナたちを追うように早足で食堂へ向かった。
△▼△▼△
夜たちが食堂に着くとジネヴラが入ってすぐの席に腰かけ、上質なパンで頬を膨らましている。
夜が入ってくるとそれをゴクリと飲み込むと、弾んだ声でにっこりと挨拶する。
「あ、おはようです。ヨルさん」
「おはよう、ジネヴラ」
夜は挨拶を返すと、ジネヴラは自分の左隣の席を引いて、座るように促す。
夜がそこへ腰掛けると、続いてアス、イリーナの順に座っていく。
「全員揃ったようですね」
オリビアは夜たちの対面の席に座り、マグヌスが後ろへつく。
そして、メイドたちが追加のパンを運ぶと空になった大皿と交換する。
夜は大皿に並べられた複数のパンの中から一つとり、ちぎって口に入れる。
「では、本題に入るとしましょう。マグヌス、例の物を」
マグヌスは自身の手元に直径三十センチほどの魔法陣を展開させると、刀身の中腹辺りで折れた剣が現れる。
腹には緋色の魔法陣が刻まれている。
かつて、盗賊のリーダーから奪った剣に夜は見覚えがある。
だから「あ……」と自然に声を漏らしてしまう。
イリーナとジネヴラはわからないといった風に首を傾げている。
夜の反応にオリビアはアタリだと確信して口元に僅かに微笑を作る。
「これは『魔剣フレイム』です。付与は【炎属性】と【魔力変換:炎】だけですね」
「あの? その魔剣がどうかしましたか?」
話についていけないイリーナは尋ねると、オリビアには頷くとそのまま説明をする。
「この魔剣が落ちていたすぐ近くに勇者が満身創痍で倒れていました。わたくしは興味を持って魔力の痕跡を追ってみると、勇者を瀕死状態まで持っていったのはヨルさんだとわかりました」
「なるほどな。確かにタウロスの勇者、タケル・ウシワカを倒したのは俺だ。
さっきから気になっているんだが、オリビアは魔法道具に付与されているものがわかるのか?」
ひとつ目のパンを飲み込んだ夜は二つ目に手を伸ばしながら言う。
「はい。わたくしは魔力の流れなどを見極めることができる魔眼を持っています。確かめてみますか」
「そうだな、ではヨルの刀に付与されているものをすべて言ってみよ」
アスは自身の【権能】で作った黒刀が簡単に看破されないと自信を持った表情を作る。
オリビアは眉を寄せて黒刀を凝視すると、ぽつり、ぽつりと言い出す。
「ヨルさんの刀には……まず【不壊】が付与されています。それから、すごいですね【魔力操作の無効化】これは魔族にとっては厄介なものです」
「見事だ。お前の眼は本当のようだな」
アスは感心するように頷き、オリビアの後ろで控えるマグヌスは「当然です」と言いたげな表情をする。
「本題に入ります。ヨル・テンザキさん、わたくしたち、魔族と同盟を結びませんか?」
一同は唖然とした表情をする。
その中で一人、夜は落ち着いた雰囲気で尋ねる。
「なぜ俺なんだ? 他にも強いやつならいるはずだ」
「さきほど、各国で勇者同士争っている目的の話をしましたよね?」
夜は「ああ」と頷く。そしてふと隣を見ると、アスの表情はいつもよりも強張っている。
「実はそれには、もうひとつの理由があります。これが、勇者を召喚する根本的な理由です」
オリビアは口を湿らせるために冷めた紅茶を一口飲む。
「この勇者同士の戦いはある一人の神のためにあるものです」
「一人の神?」
オリビアは頷き、説明を続ける。
「各国で崇められている十二の神の上位に君臨する存在――」
「……ゼウスぅ」
アスが重々しく口を開き、膝に置かれている手は皮膚に爪が食い込むほど固く握られる。
周りには殺気立った魔力が放出され、その影響で室内が震撼している。
イリーナとジネヴラが苦しそうにテーブルに突っ伏し、マグヌスとオリビアは額に冷や汗が滲んでいる。
「落ち着け、アス!」
夜はイリーナたちの様子に慌ててアスの肩に手を置く。
アスは「はっ」と俯いていた顔を上げ、殺気を納めて悪びれるように「済まない。取り乱した」と俯く。
「頭を上げてください、アスクレピオスさん。わたくしたちは大丈夫です」
(アスがここまで怒りを見せるとはな……)
夜は未だ俯いたままのアスを気にかけながら、先ほどの続きを促す。
「なあ、オリビア。ゼウスのための戦いってどういうことだ?」
「これはやく二千年前にわたくしが幼少期の頃にある人間から聞いた話です」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今、二千年前って言わなかったか?」
夜は手を前に出してオリビアの話を中断させる。
「魔族は神の子孫と言われています。だからそれなりに長寿なんですよ」
「長寿とかそんなレベルじゃないだろ! じゃあアス、お前は何s――」
「ヨル。それ以上口にするなら相応の覚悟を持ってから言うことだ」
「なんでもないです」
夜はアスの威圧感の篭った鋭い視線を向けられ、踏み込んではいけないことだと察する。
マグヌスは「何だ彼んだで、中々話が進まないな」と呟く。
オリビアは咳払いをすると、話を再開する。
このときアスは、目を瞑り覚悟を決めたような表情をしていた。
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昔、とある下界の村で暮らしていた下級神は人間の娘と婚約していた。
その娘は神々しいまでの美貌の持ち主でそのうえ人当たりがいいと評判だった。
彼はそんな娘の婚約者であることを喜ばしく感じ、その娘も同じ気持ちだった。
だが、幸福なことは長くは続かないものだ。
雷雲が空を覆うような嵐の夜のことだ。
偶然、彼は夜遅くに村の外へ出なければならない仕事がはいっていた。
その娘が留守番中にそれは起こった。
天から一筋の雷がその家の直ぐ近くに落ちた。
それにより、家の周囲がまばゆいほどの蒼い光に包まれた。
その光が止むと――家の中には誰もいなくなっていた。
夜が明けた頃、仕事を終えて帰宅した彼は玄関の扉を開けて絶句した。
婚約者が四肢を隠さず、身体を薄い布だけを纏ってぐったりと倒れていたからだ。
彼は手に持った荷物を放り捨ててその娘の身体をゆすった。
娘の柔らかく温かみのあった肌は、氷のように冷たく硬くなっていた。
そこに横たわっている娘の表情はまるで眠っているかのような優しい表情だった。
――婚約者が死んでいた。
彼がそれを理解するまで、かなり時間がかかった。
いや、頭では理解していた。だが、あまりの惨劇に“死んだ”という事実を受け入れずにはいられなかった。
さらに“死んだ”と認めなければならない事態が起こった。
下級神は背後に突然現れた気配に目を向けた。
そこにいたのが『ゼウス』だ。
雷光をその身に纏った姿はまさしく、神々の頂に君臨する存在だと再認識せざるを得ない。
この世の終わりのような彼にゼウスは口元を三日月型に歪ませながらこう言った。
「その女は中々によかったぞ。貴様ごとき下級神にもったいないくらいだ。
だが残念なことに、直ぐに死んでしまった。まあいい、次のものを見つければよいか。はっはっはっはっは」
足元から徐々に浮かびあがると、高笑いしながら天へ昇っていった。
ゼウスの言葉に彼は驚愕すると共に憎しみを覚えた。
歯をギリリと噛み、手は皮膚に爪が食い込むほど硬く握られていた。
下級神は最愛の人を殺されたことに、ゼウスへの復讐心が芽生えたのと同時に、彼女ともう一度会いたいと願った。
そして彼は直ぐに行動に移す。
【死の権能】を司る蛇神に、契約を持ちかけた。
新たな【権能】を創りだすと共にゼウスを屠り、神々の頂点に君臨しないかと。
蛇神は承諾し、契約する条件を提示した。
一つ目は、【権能】を創りだすことに成功した暁には、彼女に合わせた後に【権能】を貰い受けること。
二つ目は、ゼウスを葬る役は譲ること。
三つ目は、万が一に失敗した場合は貴様の私怨を受け継いで、必ずゼウスに復讐すること。
このの三つだ。
彼らは千年という長い年月をかけて新たに【生の権能】を生み出すことに成功した。
この【権能】ゼウスでも不可能とされていた、死人の蘇生も可能になった。
下界で死人を復活させて回り、【権能】の創生に成功したと確信した二人は、ついに彼の婚約者を蘇生させる儀式を行った。
娘が死んでからかなりの年月が過ぎていた。
そのため、肉体の再構築や肉体と魂の融合にかなり時間がかかった。
順調に彼女のほぼ魂と融合させ終え、最終段階の生を吹き込むところだ。
【生の権能】で創り出した白銀色の刀を、彼女の心臓部に突き立てると儀式の完了だ。
彼はその刀を受け取り、刀を振りかぶった。
それと同時に、あたりは蒼白い光に包まれた。
彼とその蛇神はあまりの眩しさに目を隠してしまった。
やがて光が納まり、二人は目を開けると目を疑うような光景があった。
再構築したはずの肉体が跡形もなく消え去り、それと融合するはずだった魂は粒子となって空気中に蒸発していった。
この光景に彼は地面に両手両膝を付け、がくりと項垂れた。
蛇神は愕然と立ち尽くしている。
儀式は失敗に終わった。最後の最後に落とされた、一筋の雷によって。
落雷を起こした張本人は、二人の真上の上空で高嗤いをしていた。
それはもう、表情を醜悪に歪ませながらさも可笑しいと嗤う。
「これだ! 余はこれが見たかった! 本懐を遂げる一歩手前で、ことごとく打ち砕かれたときのその、絶望に突き落とされたかのような表情が!」
嗤いを一層強くし、狂ったようにさらに言葉を続ける。
「千年! 悠久の時を生きてきたが、これほど待ち遠しい千年はなかった! だが、貴様等のそれは待つに値した。はっはっはっはっは」
二人の耳にはゼウスが言っていることが耳に入ってこなかった。
「いいものを見れたことだ、余はこれにて帰るとしよう」
ゼウスは踵を返し、天に昇ろうとした。
「ゼぇウスぅぅううううう!!!」
正気に戻った蛇神が怒りの篭った叫びを上げ、黒い刀を右手に出現させると、刀身に魔力を集めてそれをゼウスに放つ。
魔力が収束して集まってできた黒紫色の大蛇のごとく斬撃が、うねるような動きで空中に螺旋を描きながらゼウスへ向かう。
だが、ゼウスに届かない。
ゼウスは「ふん」と鼻で笑うと、蛇神の真上に出現させ、雷雲から一直線に雷光が落ちる。
「ぐぁあああああああ!!」
あまりに強力な一撃だったため、直撃を食らった蛇神は致命傷を負い、下界から消滅する。
残った下級神はその余波で絶命した。
辺りの地面は抉れていき、そこには巨大隕石が落下したようなクレーターが残されていた。
蛇神はかろうじて生き残り、『神界』へ帰ることができた。
だが、ゼウスから受けた傷の影響で【権能】が使えなくなった。
力を完全に取り戻す必要があった。
蛇神は自身の【死の権能】に、新たに創造した【生の権能】を融合させることで【生と死の権能】を司る神となった。
【権能】を再び使えるように回復している間、死者の魂を複数融合させることでより強い魂を生成し、生を与える。
彼らは後々、『英雄』と呼ばれた者たちだ。
『英雄』は蛇神からゼウスを殺すよう命を受けて生まれ、地上ゼウスをひきずり降ろそうと戦果や武勲を挙げる。
その頃、ゼウス側も『英雄』に対して手を打っていた。
国に崇められる十二柱の神たちに、各国に一人ずつ異界から『勇者』を召喚し、力を与えて『英雄』を討ち取らせるように命じた。
そして、討ち取った者には褒美としてどのような願望でも等しく叶える魔法道具を授けると。
召喚された『勇者』たちによって、蛇神が派遣した『英雄』は次々と屠られることとなり、次第に数を減らしていった。
あるものは【蠍蝎】の『勇者』毒殺され、あるものは【人馬】の『勇者』に矢で射殺されていき、とうとう最後の一人『英雄』も討ち取られた。
だが、『英雄』を討ち取っても魔法道具を手にすることができるのは一人。
それに対して『勇者』は十二人。
それからは、各国の勇者同士の戦いとなった。
『勇者』は己の願望を叶えたいがために、最後の一人になるまで戦い続けた。
そして勝ち残った者はゼウスの魔法道具を手にした。
ゼウスは初めからこうなることを知っていた。
たかだか魔法道具のために、己のすべてを犠牲にしてまでも殺し合う、愚かしい人間たちの姿を見て楽しんでいた。
正義を掲げ、敵を屠り続ける者を見ては――
貴様が切り伏せてきた者たちと、願望を叶えるために虐殺の限りを尽くす貴様とは大差ない愚かしい偽善者だと嗤う。
力が無く、倒れていく者たちを見ては――
力ない貴様等には当然の末路だと嗤う。
戦争で大切な“もの”をなくした者たちには――
憎しみに塗れ、復讐心をもてと囁く。
人間たちに憎悪と恐怖を植え付けたまま、始まりの『英雄』と『勇者』の戦争が終えた。
蛇神は再び何度も『英雄』を地上に送ったが、一度目の惨劇を繰り返すだけで何も変わらなかった。
「力が回復し次第、我が直接殺しに行ってやる! 待っていろ、ゼウス!」
蛇神はそう誓いながら、魂の生成を続けた。
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オリビアの話が終え、食堂内は重々しい空気に包まれる。
「その話からするとアスがその蛇神ってことでいいんだな」
「……そうだ」
夜が尋ねたアスは重々しく答える。
「その話は、直接アスの口から聞きたかった」
「言えるわけがない。
『英雄』を派遣するたびに敗北した。
『勇者』共の戦争で多くの生命が死んだ。
あまりに悲惨過ぎて、途中でやめたくもなったが、契約によって刻みこまれた復讐心が我にそうさせてくれない。
だから……続けるしかないのだ……」
普段は余裕のあるような笑みを浮かべているようなアスが、今は苦痛に耐え、懺悔するように涙を流す。
「この話を聞いてもヨルさんは、戦い続けますか?」
「当然だ」
ただひたすらに涙を流すアスを尻目に、オリビアは夜に問いかけるが、何の迷いも無く即答だった。
「なぜだ! ヨルはオリビアの言った話を聞いていなかったのか? 我は、我の力が及ばない所為で多くの人を死に追いやったのだ」
アスは夜の肩を揺さぶりながら、捲くし立てるように言う。
アスが普段見せないような一面に、夜は彼女のことをとても儚げに見えた。
ここで何かしてあげなければ、アスが壊れてしまいそうだ。
夜は自身の両手をアスの頬を包むように優しく手を添えると、アスは「え?」と涙を溜めた双眸を向ける。
夜はその双眸をじっと見て優しい口調で言う。
「なあ、アス。俺は死ぬ直前に“死にたくない”と願ったんだ。
俺が死んだ瞬間にも、俺と同じく死にたくないと願いながらも失われていった生命はあったはずだ。
その中で俺はアスに救われた。
この世界に転生してからアスに救ってもらった恩を返したいと考えていたんだ。
なんだよアス。そんなに苦しんでいたんなら一人で抱え込まないで言ってくれればいいじゃないか」
アスの心に夜の言葉は響いた。
「今まで、よく一人で頑張ったな。これからは俺がついてる。俺は死なない
それに、俺たちなら最強になれる。俺はアスを信じる。だからアスも俺を信じて欲しい」
「ヨル~//!!」
アスは夜の胸に飛び込み、一頻りに涙を流す。今まで溜めていたものを吐き出すかのように声を上げて。
夜はアスの頭を宥めるように優しく撫でている。
こうして夜は魔王と同盟を結ぶことを承諾し、オリビアと握手を交わした。
何の前触れもなく、それは起きた。
夜たちがいる食堂の天井が爆音を立てながら吹き飛んだ。
「ありえません。【反射】が付与された城壁を破るなんて……」
オリビアが驚愕し、声を震わせて言う。
それと同時に食堂内に土煙の塊が落ちると、そこから何かが飛び出し、夜へ直撃する。
夜は後方の壁を突き破り、廊下まで飛ばされ、「ヨル様!」とイリーナは夜を心配する声を上げる。
廊下では、瓦礫に背中が埋もれた状態の夜が黒刀を構えて涼しい表情をしている。
夜は咄嗟に黒刀の腹を盾代わりにして攻撃を防ぎ、背中の衝撃は【身体強化】で魔力を纏って抑えていた。
「よお、右腕の礼をしに来てやったぜ、天裂夜!」
だんだんと土煙が晴れていくのと同時に、夜に不意打ちをした者――牛若猛が口元にニヒルな笑いを浮かべて仁王立ちしていた。
読んでくださりありがとうございます。
誤字、脱字や気になるところがございましたら気軽にご指摘ください。