14話 VS、タウロスの勇者
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夜たちの馬車は、タウロス王国の国兵十数名に囲まれている状況にある。
この危機を何とか乗り越えようと、夜は咄嗟に思いついた策をイリーナに伝える。
「イリーナ、ジネヴラを連れて馬車に非難するんだ」
「ヨル様は?」
「俺は……あの兵たちをなんとかする。だから合図したら馬車を飛ばして全速力で戦線から離脱するんだ」
夜はイリーナたちが馬車へ乗り込むのを回りの兵を警戒し、声を低くして言う。
アスは顕現状態を解除し、夜の精神に入る。
そのとき、夜の正面に兵たちの代表と思われる黒髪の少年が堂々と先頭に立つ。
夜は細身の体躯だが、長年格闘技に専念しているだけあってかなり筋肉がある。
そんな夜よりも、目の前の少年は筋肉で一回りほど大きい体格を持っている。
その少年が回りの兵たちに「お前ら、手ぇ出すんじゃねえぞ」と声を張り上げて控えるように言う。
兵たちが一通り落ち着いたのを確かめると、その少年は話し出す。
「俺は《タウロス王国》の勇者、牛若猛だ。勇者を乗せた馬車がここを通るって聞いたんでな。
見たところ、お前が勇者か」
「いいや、人ち――」
「嘘だな、タウロスは言ってんだよ。お前に勇者と似た力を感じるってな!」
猛は堂々と言い放つと、両手に紅色のガントレットが現れる。
「髪の色が違うだろ。俺はほら紫だし」
「はっ、何言ってんだ。髪の色なんて魔法道具でいくらでも変えれるだろ白々しい!」
夜は自身の髪を軽く引っ張って見せるがそれが猛の神経を逆撫でする結果となってしまった。
猛が【身体強化】で紅色のオーラを纏うと、それに対して夜も【身体強化】をして攻撃に備えている。
その瞬間、猛は一気に夜の正面に肉迫し、顔面目掛けて右ストレートを放つ。
だが猛の拳は夜を捉えることは無かった。
夜は体勢を僅かに右側にずらして攻撃を躱し、がら空きになっている猛の顎にアッパーを叩き込む。
それによって猛はくぐもった声をあげ、空に放物線を描いて地面に叩きつけられる。
だが、さすが勇者だけあって一度地面に転がっただけで、即座に体勢を立て直した。
猛はぐらりと立ち上がると、「ペッ」と血が僅かに混じった唾を吐き出す。
そして夜を睨みつけながら少々悔しそうに言う。
「ちっ、やられた。お前、名前は」
「天裂夜」
「まじか! お前があの……」
「俺のこと知ってるのか。光栄だな」
「去年の新聞に載ってたろーが!」
「そうだったのか。新聞読まないから知らなかった」
夜の言葉には嬉しそうな感情など見えず、淡々としている。
そのことに猛はあしらわれていると思い、再び【身体強化】をして夜に攻撃を仕掛ける。
猛はその場から一瞬で夜の眼前に迫る。
そして「うらぁあ!」と相手を威圧するような大声を上げながら、重量がこもったストレートを夜に放つ。
夜はそれを見切り、さっきと同様に右側にずれ、猛の顔を目掛けて右フックを放つ。
だが、猛の左腕のガントレットに阻まれることになる。
それと同時に夜が放った左ストレートが、猛の腕の隙間を潜り抜けて顔面にクリーンヒット。
猛は「ぐっ」苦悶の声を上げ、数歩後退したが再び夜との間合いを詰める。
だが、猛が夜の間合いに入ったところで夜は回し蹴りを食らわせる。
猛は両腕をクロスさせて咄嗟に防いだが、衝撃までは受けきれず、数メートル吹っ飛ばされることになる。
夜は瞬時に脚を強化して、猛を追撃しようと一気に地面を蹴る。
一瞬で猛の頭上に移動した夜は、右足に体重を乗せ、踏みつけるような蹴りを叩き込む。
だが夜の攻撃は、猛が後ろに跳んだことで躱され、勢い余って地面に衝突する。
地面は、夜の靴底が着いたところから抉れていき、そこにクレーターができる。
衝撃を殺しきれずに体勢が前のめりになっていく夜に、猛は好機を逃さんとばかりに渾身のストレートを放つ。
――体勢が不十分だと思われる夜に強力な一撃が迫る。
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――夜は目を大きく見開き、驚いたような表情を見せる。
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――その表情を見た猛は勝利を確信した猛は「もらったぁ!!」と声を口元に笑いを浮かべる。
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――夜の眼前に拳が迫り、夜の顔面にあと僅かで届きそうになる瞬間、「フッ」と口元に三日月形の笑みを作った。
――猛の拳が夜の顔面を捉えたと思われたが、空を切るような鋭い音と共に夜の姿がぶれてその場から消えた。
それによって拳が空を切ることになる。
その瞬間――
猛の右腕が付け根辺りから宙を舞い、夜は猛の後方に背を向けた状態で現れる。
夜は体勢を低くし、左手には鞘、右手には黒刀が握られており、振り上げたように右腕を伸ばしている。
猛のガントレットが装着された腕が鈍い金属音と地面に落ちる。
一同は何が起きたのかは頭で理解できず、静寂が訪れる。
その間、夜は血振りをしてから納刀する。
その静寂を破ったのは猛だ。
「う゛っあ゛あ゛あ゛ぁぁぁっぁぁあぁぁぁぁああぁあああ!! う゛でがぁあぁぁああ!!!」
猛は左手で右手を押さえ、切り口から溢れ出る鮮血を撒き散らしながら地面を転がり絶叫する。
タウロス王国の兵たちは自国の勇者の下へ慌てながら必死な形相で駆けつける。
そこで夜は声を張り上げてイリーナに合図する。
「今だ! 進めーーーー!!」
「はいっ!」
イリーナは馬に鞭打ち、馬は一鳴きすると全速力で走り出し戦場から離れていく。
夜は強化した脚力で馬車に追いつこうと走りだす。
「ヴァルゴの勇者を逃がすなー! 追えー」
と兵士の誰かが言うと、何人かが【身体強化】を使って馬車を追いかける。
夜は後方の追いかけて来る兵たちを一瞥し、「一般兵も使えるのかよ」と面白くなさ気に呟きさらに自身の速度を上げる。
そして、追っ手を振り切るためにあることを思いつく。
夜は馬車に追いつくと、ハイジャンプで屋根の上に乗る。
夜は腰のアイテムポーチから、盗賊のリーダーから回収した火の魔剣を取り出すと、魔力を込め始める。
すると、だんだん魔剣の刀身が赤熱化していき、やがて刻まれた魔方陣から時々炎を噴き出すようになる。
魔力を込められる限界値のようだ。
夜は口元を三日月形に歪める。
そして、魔剣の柄を逆手に持つと屋根の端から助走をつけて飛び出し、その勢いを乗せて槍投げのように魔剣を投擲する。
魔剣が向かった先には未だにうずくまっている猛だ。
魔剣が標的に辿り着いた瞬間――
耳を劈くような爆音と共に、猛がいた場所を中心にしてドーム状に爆炎が広がっていく。
遠くからは兵士たちの絶叫する声や助けを求める声が聞こえる。
この地獄絵図のような光景を、夜は馬車の屋根で爆風に晒されながらも見ていると、後方に顕現状態を解除したアスが現れる。
「ヨルもなかなか趣味の悪いことを考えついたな」
「ああ、これで勇者を殺れていれば、魔剣の元は取れるどころかお釣りがでるな」
やがて炎が晴れていき、夜が「ふー」と一息つく横で、アスは険しい顔をしながら爆心地を凝視している。
「どうしたんだ? アス」
「惜しかったなヨル。勇者は生きている。タウロスが間一髪救ったようだ」
「は? 嘘だろ。あの状況でまだ生きてるのか……」
「そう簡単にうまくはいかないってことだ」
驚愕の声を上げると同時にがっくりと項垂れる。
アスは口元に微笑みを浮かべ、優しい目をして夜の頭を撫でる。
「まあ、そんな落ち込むな。あの戦いは見事だったぞ。特に最後の腕を切り落とすまでの流れが良かった。惚れ惚れするような戦いぶりだったぞ」
夜は褒められた嬉しさについ頬が緩んでしまっているため、その表情を見られないように俯いたままいる。
はじめのうち、アスは褒めるように優しく撫でていたが、なかなか顔をあげない夜の内心を察してか口元をニタニタさせながら撫で続ける。
夜は羞恥に耐えられなくなり、
「えーい。いつまで撫でているんだ。やめろ」
と羞恥に耐えられなくなった夜は顔を強引にあげる。
「あの、いつまでそこにいるのですか?」
イリーナが発したとは思えない、底冷えするような声が夜たちの耳に入る。
アスが荷台へ飛び移ると、夜は屋根から運転席へ静かに降りて、隣に座るイリーナの表情を伺い声をかける。
「あの、イリーナさん?」
「なんですかヨル様? 急に敬語で話されて。私は別になんともありせまんよ?」
イリーナの表情は眉を吊り上げ、見るからに不機嫌そうに正面を見ている。
「えっと……やっぱり怒ってるんじゃ……」
「別に、ヨル様がアス様に撫でてもらって嬉しそうに照れていたことになんて、これっぽっちも怒っていませんから」
後半になっていくにつれてだんだん語気が強くなっていき、夜は話しかえるのを躊躇う様になる。
そこへジネヴラの明るい声が入り込む。
「修羅場。修羅場ですね。アスさん」
「ああ。こういうときにヨルがどれほどの男か真価を問うことができる。しっかりと見届けなければ。……ブフッ」
「おぉ~。ジネヴラ楽しみです」
「頼むから、ちょっと黙っててくれ」
夜が後ろを見ながらそう言うと、突然横から2つの手が伸び夜の顔を両側から挟まれるように持たれ、強引にイリーナのほうを向くように首を回される。
イリーナが手綱を離したことで馬車が蛇行しかけ、夜が慌てて手綱を拾う。
「ヨル様。今は私が話している途中なので、ちゃんと私を見てください」
「……はい……」
後ろではアスとジネヴラが、
「ああ、だめだな」
「そもそも、なんで怒られているかがわかってないです」
と言いたい放題だ。
イリーナは「はぁー」と深く溜息をつくと
「もういいですよ」
とあきれたように言った。
△▼△▼△
それからしばらく平野を進み、日が沈み始める時間帯になった。
「今日はこの辺で休みましょう」
イリーナはそう言うと、馬車を止める。
そして昼間のように魔法で馬の水を準備する。
ジネヴラはアスに向けて斧を構えていることから修行をしていることがわかる。
夜はイリーナが水を魔法で作りだす動作を目を離さずに見ている。
「やっぱ魔法って便利だな」
「そうですね。水を持ち歩く必要もないですからね。
あ、時間も丁度いいですし、食事にしましょう。馬車から調理器具一式持ってきてくれませんか」
「わかった」
夜は立ち上がり、調理器具が入った麻袋を持ってくる。
イリーナはそこから鍋と、あるものを取り出す。
「これ、ガスコンロじゃないか?」
「はい。よくわかりましたね。これは【ファイア】が付与されている魔石と呼ばれるものを使って火を起こすのです」
「なるほどな、こっちではそういうのがあるんだな」
夜は一人、納得しているとイリーナは不思議そうな顔をする。
そしてあることを尋ねる。
「ヨル様の出身はどちらなのですか?」
夜はイリーナの質問に答えるのに少々躊躇いを見せ、それを見たイリーナは慌てた両手を胸の前で振って慌てたように言う。
「無理に答えなくてもいいですよ。ただちょっと気になっただけなので」
「いや、いい機会だからこの際話したほうがよさそうだ。
アス、ジネヴラ、ちょっと話があるから来てくれ」
少し離れたところにいる二人に呼びかけると、ジネヴラがトテトテーと駆けてきて夜の隣に座る。それに続いてアスもやってくる。
夜は元々この世界にとっては異世界と呼ばれるところからきたこと。
前の世界で死に、勇者を倒す目的があること。その勇者を倒すためにアスと契約をして勇者と同じような力を得たことを伝える。
「どおりでヨル様が強いわけですよ。これで納得がいきました。話してくださってありがとうございます」
「俺も聞いてくれたことに感謝している。ずっと隠し事しているようなモヤモヤした気分だったんだ。それが晴れてよかった」
イリーナは聞き終えると納得したような表情を浮かべている。
「よかったではないか、ヨル。これで我も毎日相談を受けずにすんだ」
「おい、余計なこと言うなよ」
「本当のことではないか。毎日毎日、「いつごろ俺たちの事情を話せばいいだろうか」と深刻そうな顔して我に言ってきていたではないか」
「私はヨル様が異世界の人だとしても、態度を変えたりはしませんのに」
アスは夜をからかうように言っているが、夜の悩み事が解消したことに、心から喜んでいる。
その証拠にアスの特徴的な、鋭い切れ長の目を綻ばせた優しい表情になっている。
夜はふと、ジネヴラが先ほどからおとなしいことに気がつき隣を見て苦笑いを浮かべる。
夜の話はジネヴラにとって少々難しかったのかコクコクと船をこいでいた。
(俺はいい仲間と出会ったな。これからもこの二人を護れるほど強くなろう)
と心の中で誓った。
その後、夕食を食べ忘れていたことに気づきジネヴラを起こして急いで平らげた。
△▼△▼△
事態は夜たちが寝ている深夜に起こった。
魔力で馬車の外に索敵を巡らせていた夜は、外の気配を感じて飛び起きた。
急に夜が飛び起きたことに驚き、イリーナも眼を覚ます。
「外に強い魔力を感じる。いつでも馬車を出せるように準備してくれ」
「わかりました」
イリーナに指示した夜は馬車から下りると、気配がするほうの上空を見上げ、目を細める。
その2枚1対の蝙蝠のような羽を広げ、月明かりを遮っている人影が、そこに足場があるかのように立っている。
夜と目が合うとその人影は「ふっ」と不敵な笑みを作ると、ゆっくり地面に着地する。
夜は刀の柄に手を掛け、降りた人影に対してさらに警戒を強める。
美女がいた。それもアスやイリーナに匹敵するほど美女だ。
深紅の髪を背中まで流し、血の気のあるような赤い瞳は冷静に夜を見据えている。
さらに、立ち振る舞いからは大人びた印象を与える。
160cm後半の高い背丈に赤のラインが入ったゴスロリ服が、スレンダーだが全体的にバランスの取れた体躯をさらに際立たせている。
人間と違うところは、背中の翼の他に頭に2本の角が生え、耳が尖っているところだ。
魔人族の美女が凛とした声で言い放つ。
「夜分遅くに申し訳ない。
ワタシはオリビア魔王国、外交官を勤めるマグヌスという者だ。
早速で悪いがお前たちはワタシと魔王様のところへ来てもらう」
読んでくださりありがとうございます。
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