10話 オークション会場での戦い(終局)
皆様のおかげで総合評価が100ptになりました。
これからもこの作品をよろしくお願いします。
夜は自分を蹴り飛ばした用心棒の男へ黒刀の切っ先を向け、鋭い目つきで射殺さんばかりに睨みつける。
「なんだ、お前? お前も犯罪者側か」
「そうだ。俺はルーカスさんの用心棒をやってるバラガンという。
お前なかなか強いな。だがその程度だと俺のほうが強い。諦めて帰ったらどうだ」
と表情一つ動かさずに無愛想な口調で夜を挑発する。
バラガンはボクサーのファイティングポーズのように腕を上げて両手の斧を構える。
先に動いたのはバラガンだ。
斧に刻まれた魔法陣が淡く輝くと、バラガンの身体に光が纏いつく。
それは、まるで夜が【身体強化】を使ったときに纏うオーラのようだった。
全身まで光を纏ったバラガンはそこから消えたかのようなスピードで動く。
夜は、勇者にしか仕えないはずの【身体強化】を使われたことに驚き、はっとするも、すぐに自身も強化して瞬時に動く。
二人は目まぐるしく動き回り、スピードがつくと互いに武器同士がぶつけ合う。
鍔迫り合いの状態で両者の力が拮抗した形に持ち込まれた。
夜は力で押し込もうとするが、腕一本では相手の強靭な腕力に対抗するのは難しかった。
押しても動かないことに「ちっ!」と舌打ちをしてからバックステップで距離をとる。
だが、夜がバラガンから距離をとった直後にバラガンは猛スピードで夜に肉迫する。
そして目にも止まらぬ速度で両手の斧を振り下ろし続ける。
夜は片手だがそれらに負けず劣らずの速度で迎え撃ち、ひっきりなしに金属音が鳴る。
激しい攻防が始まった。
――――
夜と対峙している用心棒の男をアスはステージ上から眺めている。
左腕を負傷しているとはいえ、【身体強化】で戦闘力を高めている夜と用心棒の男は真正面からぶつかり合っている。
ほぼ互角、いや僅かに夜が押されている状態に歯噛みしたアスはバラガンが振るう斧を観察するように目を細める。
(あの斧、相当な数の能力が付与をされているな。特に【不壊】と【身体能力上昇】が厄介だ。
まさかここまで付与の技術が進んでいるとは……)
そう思い、隣で夜の勝利を祈るように見ているイリーナへ尋ねる。
「最近の魔剣には【不壊】や【身体能力上昇】が付与されるようになったのか?」
「そうですね。前回の戦争で召喚された勇者
が広めた技術です。
かなり値が張りますが属性に加えてああいった、特殊な能力が付与されたものが出回るようになりました」
「そうか。やはり前回の戦争で召喚された勇者か」
「はい。かなり画期的だったと今でも伝えられています。
特に、勇者しか使えないと言われていた魔力操作や無詠唱での魔法の使用がそうでした。
それを魔法道具や魔剣でさらに相乗効果を得ることでさらに戦闘能力が強化されました。
最近の学校ではその2つを最初に習うことになっているらしいです」
「くっ……そうか」
とアスは声を重々しくする。
『魔力操作での【身体強化】が使える』それだけで一般人とは余裕を持って相対できる。そう考えた自分の浅はかさに、アスはさらに歯噛みした。
――――
用事棒の男は巨体に似合わず怒涛の連撃で振るわれる。
対して夜も素早い斬撃でそれに劣らない速度で払い捌く。
だが相手は両手の斧に対して夜は右腕1本の黒刀だ。
手数で負けているため、ギリギリで捌ききるのが困難になっていく。
じりじりと一歩ずつ後退していき、掠り傷だが手傷を負う頻度が増していく。
そして相手が振るった力が込められた斬撃をバックステップで下がって回避する。
夜は肩で息をしているが再び黒刀をバラガンの喉元に向けて中断に構える。
しかし、ほんの僅かだが夜の体勢がぐらりと揺らいだ。
左肩に空いた穴からとめどなく血が流れ続けているのが原因なのは言うまでもない。
(っくそ! ここらで決めに行かなければ出血多量で動けなくなるな。なんか既に視界がぼやけてきやがった)
夜は空気中から黒刀に魔力を収束。
さらに集中して集めた魔力に働きかける。
すると手に近い位置の刀身の付け根から切っ先へと徐々にバリバリと空気を裂くような音と共に紫電を纏っていく。
本来、雷は上空の大気中で冷やされた水蒸気が氷となってそれぞれがぶつかり合ったときに静電気が生じる。
それが帯電していき、雷雲中で雷となっていく。
夜はそれを応用し、魔力操作で集めた魔力どうし衝突させることで摩擦を生じさせた。
そして発生した静電気を魔力で紫電を発生させた。
バラガンは攻撃に備えて【身体強化】で回避しようとするがもう遅い。
夜は「はぁあ!」と残った力を乗せて勢いよくその切っ先をバラガンへと向け、紫電を放った。
そして光の速さで雷撃はそのままバラガンを打つ。
「ぐぅぁああああ!」
雷撃を全身に受け、悶える声をあげたバラガンはばたりとその場に倒れた。
夜はとどめをさそうとおぼつかない足取りでよろよろと用心棒の男へと向かった。
だが、黒刀を振り上げる直前に夜の意識は限界を迎えた。
――――
アスは夜が前方へ倒れる直前に、一瞬で移動し夜の体を支えた。
「よく戦い抜いたな」
と優しい表情をして夜の頭を撫でた。
アスは夜の負傷していない右腕を自分の首後ろに回し、支えながらイリーナのいるステージ側へ歩いた。
アスと気を失っている夜がステージ側へ辿り着くとイリーナは夜たちに駆け寄る。
ステージ上に仰向けに寝かされている夜の右腕からは未だに血が流れ続けたままだ。
しかし、この世界ではその傷は回復魔法1つで治すことができる。
アスは落ち着いた口調でイリーナに尋ねる。
「お前は回復魔法を使えるか?」
「すみませんが、私には回復魔法を使えません。その、人より魔力が少なくて……。お役に立てずにすみません」
「そうか。では早いところここをでて医療施設にでも連れて行こう」
アスはそう言って腰を上げる。
そのとき、ステージ側の通路からドタドタと複数人の足音が近づいてくる音を2人は耳にした。
靴音と共に金属音も混じって鳴っていることから甲冑を身に着けている者たちだと2人は察する。
甲冑の音に聞き覚えのあるイリーナはそこで安堵の表情を浮かべた。
すると、
「お嬢様ー! ご無事ですか!」
先頭を進んでいた甲冑の男はイリーナに真っ先に尋ねた。
今やって来た甲冑の男たちはメイデン公爵の騎士たちだ。
「はい、私は無事です。ですからこの方の治療をお願いします。
それと捕らえられている奴隷たちの保護と逃げ出した者たちを捕らえてください」
「「「はっ!」」」
と何人かの騎士たちは会場ないに散らばる。
イリーナの指示で現れた救護班の者は、ポーションがぎっしりと入った木製の箱を空ける。そして、その中で紅色の液体の入った瓶を取り出すと夜口元に運んで飲ませる。
すべて飲みきり、3秒ほど経つとカッと夜は目を見開くと勢いよく起き上がった。
「げふっげほ! っがは!」
そして、勢いよく咳き込む。
「何を、げほっげほ! 飲ませやがっt、げほ!」
「それは気付け薬です。あなたは意識を失っていましたので。
それと魔剣の傷は専門医に診てもらう必要があるので医療施設にこのまま運んでもらいます」
と咳き込む度に痛そうに左腕を押さえながら言う夜に、イリーナはポーションを飲ませた男に代わって説明する。
“医療施設に行く”と聞いた夜は「そんな大袈裟な傷はたいした事はない」と伝える。
「いいえ、連れていきます。これは命令です」
と言うイリーナの気迫に押され、観念したようにがっくりと項垂れる。
そして担架に乗せられて医療施設へと運ばれていく夜を、遠目で見ているアスはクスクス笑っていた。
こうしてイリーナの指示の元、事態は収束へ向かった。
逃げ出した貴族や冒険者たちのほとんどは、騎士たちに捕縛されることになり、不正に攫われ、奴隷にされかけた者たちを一時的に公爵家で保護することになった。
しかし、斧使いやアサシンの男は捕らえられることは無かった。
△▼△▼△
オークション会場へ騎士たちが突入した頃。
日が沈みきり、夜の闇に包まれた王都から離れた位置にある森の中を一台の馬車が猛スピードで駆け抜けている。
馬車の積荷台に乗っているのは数人の奴隷だ。ルーカスは価値の高いものだけを選び、その他は商店に置いていったのだ。
「クソッ! とんでもねえヤツを持ち込みやがって!
おかげでこっちは大損だ!」
と馬車を操るための鞭を八つ当たりするように思い切り振るいながら悪態をつく。
しばらく進んでいると、ルーカスの行く手を
阻むように1人の影が現れた。
その影が見えた途端、ルーカスは馬車に急ブレーキをかけさせる。
そしてランタンを点け、辺りを照らしたルーカスはドスの聞いた声で道を塞いだ相手を威圧するよう言う。
「おいガキ! そんなところに突っ立ってないで道を開けろ!」
ルーカスの言う通り、道を塞ぐように立っていたのは17歳くらいの少年だ。
その少年はルーカスの表情を見据えると「ふっ」と嘲笑を送り、馬鹿にしたような口調で、
「どうしたんだよ、そんな馬車を飛ばして。必死だなぁ。俺が助けてやろうか?」
と少年は口元を三日月形に歪ませる。
少年に道を開ける気はないと判断したルーカスは、少年を殺してしまおうと腰に下げた一振りの剣を抜いた。
ルーカスは奴隷商人になる前は、Aランク冒険者でかなり剣の腕が立つことで有名だった。
ルーカスは【身体強化】をし、跳躍して少年に剣を振るおうと迫る。
ルーカスが跳躍した直後――
少年は腰からある武器を取り出してそれを向ける。
この世界にあるはずが無い現代兵器、機関銃のMP7を模った銃だ。
当然ルーカスはその武器を知るはずも無く、構わず少年に迫る。
少年も【身体強化】をし、動体視力をあげる。そしてルーカスの頭に照準を合わせると、口元をにやりと歪ませる。
そして引き金を引いた。
【身体強化】は身体だけでなく、手に持っている武器も強化される。
よって銃口から発射される弾は魔力を纏ったものでも関係なく、あらゆるものを打ち抜く強力な魔弾となる。
よって音速を裕に超えた速度で発射された魔弾は強化されたルーカスの頭を、関係ないかのように消し飛ばした。
地面に落下した「ふぅ」と安堵の声を漏らし、銃で自身の肩を軽くトントンと叩く。
少年は地面に落ちたルーカスの亡骸を眺めていると、
「しっかり使いこなせるようになってるじゃない、キリト」
とどこからともなく現れた可愛らしい金髪の少女がその少年――キリト・サオトメに話しかける。
この少女の背中には、白鳥のような純白の翼が生えていることから、ただの少女ではないとわかる。
彼女は戦女神の【権能】を司る神、ヴァルゴと呼ばれる神だ。
キリトはMP7を腰のホルスターへとしまい、馬車の方へと向かって歩く。
「俺なんてまだまだですよ。【権能開放】が未だに使えませんし。
それに、俺はもっと強くならないとだめなんです」
と意思の篭った口調で言う。
ヴァルゴは「そうだねー」とキリトの成長を喜んでいるような弾んだ声で言う。
キリトはそれに頷き、奴隷たちを解放すべく馬車へ向かった。
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