名探偵 土毛知 小五郎の失敗
小説って言うよりも、一人芝居用の台本かな?
自己紹介させていただきます。わたくし、こちらの警部の友人であり、探偵をしております、土毛知 小五郎と申します。この数年は、食費を節約するためずっと寝ていました。三年寝太郎です。眠りの小五郎とも呼ばれています。また、とてもウザいと評判なのでウザ探偵とも呼ばれていました。
えー、本日お集まりいただいたのは他でもありません。先日起きた殺人事件、その犯人がここにお集まりの皆さまの中にいらっしゃるのです。
え? はい、あなた。殺人犯がこの場にいたら危険だから早く帰りたい? あ、お気持ちは分ります。わたしだって本当は早く帰りたいですヨ。ていうか来たくありませんでした。ええ、久しぶりの仕事で、リハビリ代わりの仕事だから無報酬なのです。ギャラはでません。交通費だけは個人的にいただきましたが。あと帰りがけに一杯奢ってもらうだけです。えっ、皆さまは何もでない? 交通費も? それはそれは、ご愁傷様です。えっ、いいから早く帰りたい? ですよねー。まあちょっとの間ご辛抱ください。ここには刑事さんが二人いますが、建物の外には警官隊が待機していますから。どうぞご安心ください。
はい、そこの方。えっ、集まった時に、何で毎回「お集まりいただいたのは他でもありません」と言うのかって? あ、そう言えばそうですねぇ。たしかにドラマでもアニメでもよく言ってますよね。えーと、決まり文句だからじゃないですか? あなた細かいですねぇ。そんなんじゃ嫌われますよ。
えっ? 何でさっさと逮捕しないで全員を集めたかですって? それはですね、えー、証拠と犯人の自白を得たいがためです。取調室の中で白を切られるよりは、この顔見知りの集団の中で犯人を論理的に追い詰めようと計画したわけです。えっ、嘘でしょう、って? 嘘じゃないです。ホントですヨ。えっ、別に注目を浴びたいだとか、恰好つけようなんて思ってませんヨ。えっ、犯人を晒しものにしたいんじゃないかって? みんなで犯人をいたぶろうとか思ってるって? 失礼なっ。そうゆう気持ちは、カレーに付いてる福神漬けと一緒です。とんかつに付いてるキャベツと同じです。えっ? 分からない? 世の中には分からない方が良いことだってあるんです。
そろそろ本題に入ってよろしいでしょうか? えっ、カツ丼? カツ丼は出ません。食べたかったら署に連行されるか、かつ屋に行ってください。え? かつ屋、好きじゃないの? あんなに安くて美味しいのに? はい、あっ、あなたはお好き、ええ、私もです。えっ? 今度いっしょに行きたいって? 一緒に行くようなお店じゃないでしょう。ねえ。行くなら一人で行ってください。えっ、奢ってくれるんですか? 本当ですかぁ? 嬉しいけど、怪しいなあ。何か裏でもあるんじゃないですか? ひょっとしてあなたが犯人? あっ、いやいやスミマセン、今のは冗談です。怒らないでください。ままっ、座って、座って。
そろそろ、いいですか? えっ? さっさと始めろって? 何言ってるんですかっ。早いとこ始めたかったのはこっちですヨ。それを散々変な質問をして。まったく。いいですかっ。始めますよ。
えっ? はい、あなたは、えー、Cさん。犯人を知っている? えっ、ちょっと、何で早く言わないんですか? 知ってるって、どういうことですか? 何で知ってるんですか? 言えない? 言えないって何ですか。うん…、よし、ではこうしましょう。私には犯人に心当たりがあります。私にだけ聞こえるように、誰が犯人か言ってくれませんか? ええ、そうです。私にだけです。ならいいでしょう? はい、どうぞ……。ああんっ。息は吹きかけないでください。私、耳が弱いんですヨ。お願いします。はいっ、ああんっ。だから鼻息も吹きかけないでください。私を感じさせてどうするんですか。はいっ、三度目の正直。ふんふん、ええ、ああ、あんっ、なるほど。そうですか。ありがとうございます。
皆さま、ここで重要なお知らせがあります。せっかくこの方が私にだけ教えてくれたのですが、もう言っちゃいます。あっ、待って、待ってください。怒らないでください。大丈夫、あなたには何の被害も出ないようにしますので、どうぞご安心ください。えっ、信用できない。たしかにね。内緒話をすぐにバラすような人間なんて信用できませんよね。はいっ。分かりました。もういいです。信用してくれなくていいですからっ。ちょっと静かに座っててください。
実は、わたしはAさんが犯人だと見当をつけていました。はい。Aさんです。あっ、Aさんすみません。ちょっとその重そうなガラスの灰皿を持たないでください。大丈夫。まだ決定ではありませんから。大丈夫ですっ。ええ、しかしですね、ここで新たな証言があり、Bさんが犯人である可能性も出てきました。はい、パチパチパチパチ。あっ、Bさん、泣かないでください。わたしじゃないですからねっ。そう、Bさんも犯人だって言ったのはこの人です。ええ、このひと、Cさんです。恨むんならCさんを恨んでください。ちょ、ちょっと、Cさん、そんな目で見ないでください。わたしだって、あー、はいっ、もう、いいですよっ。わたしを恨んでも結構ですっ。慣れてますからっ。
まあ、それは置いといて、ざっと検討しましたが、論理的にAさんBさんどちらも犯行が可能であり、物的証拠も二人が犯人である可能性を捨てきれません。そうです。二人です。ええ、一人じゃないの。二人です。どっちかって? ねえ。どっちにしましょうか?
はいっ、でもご安心ください。皆さんもっとも重要な証拠をお忘れじゃあないでしょうね。ええ、そう自供です。補強証拠はそろっていますので、あと自供があればもう事件は解決です。ね、簡単でしょう。そう、さっそく聞いてみましょう。Aさん、あなたが犯人ですね? うわっ、危ない。灰皿投げないでください。分かりました、分かりましたから、犯人じゃないんでしょっ。はいっ、わーかーりーまーしーたっ。落ち着いて。ままっ、座って座って。
ではBさん、あなたが犯人ですね。違う? 違うのね…。あっ、また泣いた。何ですっ。何で皆さんわたしを悪者みたいに見るんですかっ。わたし悪くありませんよ。泣かしてません。Bさん、違いますよね。えっ、わたしが? 酷い人? ええ、まあ、いいですよっ。そうゆうことにしておきますか。
とにかく二人の自発的な供述が得られませんでしたね…。どうしましょう? 多数決でも採りましょうか? えっ、そう、皆さんで挙手するんです。あ、いきますよ。では、Aさんが犯人だと思う人、手を挙げてー。はい、誰も手を挙げませんね。Bさんも挙げませんね。やっぱり自信がないんじゃないです? と言うことで犯人はBさんでいいですね。あ、また泣いちゃいました。すみません。良かったらこのハンカチ使ってください。ええ、どうぞ遠慮なく。ハンカチ、裏は昨日使ったので、表を使ってください。ええ、わたしもちょっと先走り過ぎました。申し訳ありません。一応、Bさんも聞いてみましょう。
もう一度、決を採りますよ。Bさんが犯人だと思う人、手を挙げてくださーい。えっ、何っ、誰も挙げないじゃないですか? どうゆうことです? AさんでもBさんでもないってことは……、あ、分かりましたよ。どちらか分からないってことですね。そうでしょっ。
ねぇ、では、AさんかBさん、どちらか分からないって人、手を挙げてくださーい。あれっ、やだなぁ、これも挙げないの? 何で? 何か皆さんそわそわしてるみたいだけど、どうかしたんですか? ははんっ、なるほどっ、手を挙げるのが恥ずかしいんですね。もうシャイなんだからっ。
いいでしょう、分かりました。では、AさんかBさん、どちらが犯人か分からないって人、手を挙げないで、下げてもらいましょうか? ええ、分からない人が手を下げるの。そう、分かる人は手を挙げて。そう、そうです。挙げないで、下げるの。いいですね。はいっ、どうぞっ!
うわっ、今度は皆さん手をお挙げになりましたね。あれっ、Bさんも。やっぱり恥ずかしかったんですね。人と同じ行動って安心ですよねっ。うん、弱くありません。それが普通です。気にしなくて結構です。
って言うか、皆さん犯人知ってるの!? どうゆうことです? ちょっと一人ずつ聞かせてくれません? ええ、順番にわたしに耳打ちしてください。では、はい、ふんふん、ええ、ああんっ、ふんふん、ええ、あはんっ。なるほど…。全員のご意見をお聞きしましたが、犯人が分かりました。ええ、ホントです。今度はばっちりです。
犯人はCさん。あなたですね……。ええ、あなたが今回の事件の黒幕です。AさんとBさんは実行犯として利用されたに過ぎません。恐ろしいですね、あなたには血も涙もないのですか? 実の弟を毒ガスで殺害するなんて……。隠し通せると思いましたか? 悪事は必ず露見するものなのです。って言うか、最初っから皆さんご存知でしたね。
さて、Cさん、あなたの企みもこれで終わりです。何か言い残すことはありますか? えっ、「連れて行け」? 何を? あっ、警部さん、何で私を捕まえるの? あれっ? 警官隊は何で証人の皆さんを拘束しているんですか? えっ、何処へ行くの? 警察? 違うの? ええっ! 処刑場!? ちょ、ちょっと待って…、警部さん、何でCさんに敬礼してるんですか?………。
土毛知 小五郎は知らなかった。数年前、この国が民主主義国家から、社会主義独裁国家に変わったことを。
おわり
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