紅に染まる
「赤は嫌い。」
彼女はそう言った。
赤。
信号機。炎。血。
危険を主張する色。
「赤は醜いわ。」
彼女は眉間に皺を寄せ、憎々しげに言い放った。
そして、自分の掌を見た。
血の通った、己の手をじっと見つめた。
「だから、人間が嫌いなのかい?」
僕は訊ねた。
彼女は視線を掌から僕に移し、にっこりと笑った。
「だって、醜いと思わない?」
僕は答えに困った。
僕には、彼女の言う『醜さ』が理解できなかった。
何も言えずに黙っていると、彼女は悲しげな顔をした。
「わからない?」
わからないさ。
だって、人間が醜いと言ってしまうと。
君のことも醜いと言ってしまうようなものじゃあないか。
「僕は君が好きだ。」
答えになっていない。それでも、言わずにはいられなかった。
彼女は、今にも泣き出しそうな顔をし、僕に背を向け歩き出した。
待ってくれ。
僕は追いかける。
このまま彼女が、とても遠くへ行ってしまうようで、僕は不安になった。
「でもね。」
僕に背を向けたまま彼女は話す。
「紅は好きよ。」
さく、さく、と落ち葉を踏みながら、彼女は言った。
「紅は美しいわ。」
彼女は立ち止まり、上を向いた。
頭上には、一面に広がる紅、紅、紅。
その隙間からは、透き通るような青い空が覗いてた。
「きれいだね。」
空に広がる紅も。
はらはらと宙を舞う紅も。
地面いっぱいに広がる紅も。
そして、その中に立つ君も。
「私は、この紅になりたかった。」
僕の言葉を無視して、彼女は言う。
遠い目をして、紅を見つめる。
僕は彼女に近づく。
「ねぇ」
彼女が振り向く。
「お願い」
僕は彼女の正面に立つ。
「私を」
両手を上げる。
「あの色の中に」
首に手をかける。
「ありがとう。」
彼女は笑った。
地面に横たわった彼女の上に、紅が落ちる。
はらり、はらり。
白い彼女を、紅が彩る。
紅い彼女と、赤い僕。
僕は、彼女が羨ましくなった。