異変
「あの………トーゴ様」
「はい!今日はどうされました?また腰に魔弾ぶち込まれてしまいましたか?では早速魔弾特化の薬術を…」
「いえ……そうじゃなくて……。先日、トーゴ様は西のグウィン帝国に行って、ヴェルクタス魔王に…勇者の聖剣によるダメージを和らげる薬術を施しましたよね?」
「え………は、はい…しましたけど」
「あの後魔王、全身の穴から血吹き出して死んだらしいです」
その一言から、俺の人生はえげつない程に歪み始めたのだった。
◆◇◆
簡潔にこれまでの顛末を説明させて欲しい。
俺…藤沢藤吾18歳は、人間が住む普通の世界で高校生として生活をしていた。
だがしかし、突如目の前に現れた魔法陣に飲み込まれ…この異世界へと召喚されたという稀に良くある展開である。問題はここからだ。
「トーゴ様はこの世の救世主だ!!」
「トーゴ様の薬術があれば、どんな不治でも吹き飛んでしまうわ!!」
「トーゴ様!!トーゴ様万歳!!!!」
……俺は召喚された当時、”薬術”というステータスが以上に発達していた。突然の召喚に混乱の限りを尽くしながらも、その力でオークやゴブリン、エルフや…果ては魔王まで、分け隔てなく治療しまくり…何とか今の今まで食いつないで来れたというわけだ。
気づけば、俺の名前はこの世界中に轟き…”最強の薬術師”とまで言われるようになった。だが…
「フジサワ・トーゴ…魔王ヴェルクタス毒殺の罪人。見つけた者には賞金として780万ベガ……?」
今の俺は、少なくとも故ヴェルクタス魔王が治めていた”グウィン帝国”において……最も処するべき”反逆者”として名を轟かせていた。この国の住人ですらないのに。
打ち付けるような豪雨の中、禍々しい居住地の中に建てられた木製の粗悪な掲示板の前で、自分の顔が貼られた手配書を見て……俺はただただ唖然としていた。
「はるばるグウィンまで戻ってきて……まさか自分の指名手配を拝む事になるとは……」
フード付きの白衣を身に纏い、今自分が置かれている状況を整理する。
……一週間前、俺は突然現れた勇者の襲撃を受けたというこの国の魔王、ヴェルクタスの依頼を受けてやってきた。何とか勇者を追い払った彼だが、聖剣での斬撃によって体内に侵入した勇者のエネルギーは、魔王の身体を激しく蝕み続けていた。そこで”罹部相殺”という薬術を、術の効能を高めるリザードの血液に施し、彼に飲ませた。
「普通なら一日足らずで聖剣のエネルギーと術が相殺して……施術前の三倍増しくらいに元気になるハズだったが……」
その後、魔王は一日足らずで全身から血を吹き出して死んだ。グウィンから遠く離れた、俺が住むラウオルフィア国の拠点にて、患者であるゴブリンのドムさんにその事実を聞かされ確認の為再びやってきたが……どうやら紛れもない真実だったらしい。
「なんでだ…!?今まで患者に悪影響及ぼす薬術なんて使ったことないし、第一そんな術一個も知らないぞ…!?」
次の瞬間、後方から重い足音が聞こえた。
「…………見つけたぞ………反逆者トーゴ……!!」
咄嗟に振り返ると…そこには、2メートルはあろうかという巨大な体躯を持った紫色の魔人が三人…とてつもない怒りを込めた表情を浮かべて立っていた。
「貴様が……ヴィルクタス様を殺したんだな……?貴様が……貴様が……!!」
「骨の欠片も残らぬ程に砕き尽くしてやる……」
「ま………まままままままま待って下さいよ!!!そそそんな…ここここ殺す…つもりでは……!!」
じりじりと迫ってくる魔人。彼らは”アーテデビル”と言われる種族だ。岩をも片手で軽々と砕く腕力と、主人への高い忠誠心から…配下に置く王がわんさかといる、その界隈ではかなり人気の種族である。
毎秒120往復ほどの超振動を繰り出す両膝を必死で抑えながら……故意に行ったことではないと弁明しようとする俺。だがとてもこの状況では……聞く耳を持ってはくれないようだ。
逃げる間もなく、彼らは俺のすぐ眼前まで来てしまった。
そして………三人同時に拳を振り上げ……叫んだ。
「「「死ねえええぇぇぇええ!!!この反逆者があああああああぁぁぁぁああ!!!!」」」
「わああぁぁぁああああああぁぁぁああああああ!!!!」
咄嗟に、振り注ぐ雨の広範囲へと相手の精神的興奮を抑制させる薬術”罹部鎮静”をかける。
だが…こんな微弱なもので怒りに身を任せた脳筋魔人が収まるわけがない…!!!
腹を括り、固く目を瞑る。
その直後、空を切り裂くように振り下ろされた拳の音が……耳朶に触れた。