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任務

「アーニャさんはどうして日本に来たの!?」

「魔法戦士って遠距離支援タイプ? それとも迫撃特化!?」

「っていうか股下何cmなんですか? 何食べたらそんなになるの!?」

「同学年でレベル8ってすごくね!?」


 HRの後、案の定アリョーシャ、もといアーニャはクラスメイト達に囲まれ質問攻めに遭っている。

 冒険者高専に転校生というだけでも珍しいのに外人さん、しかも超絶美少女ときたもんだから遠慮が無い。



「日本語上手! ていうか語尾が面白いし!」

「す、スリーサイズをわたくしめにご教授いただきたく、グェヘヘヘ」

「せ、性癖が気になるお!」


 不埒な質問にも笑顔で応対するアーニャは流石だ。年上の余裕といったところだろうか。

 後半のセクハラをした男子2人は速攻で女子にボコられ、ゴミみたいに窓から放り投げられていた。冒険者の学校な肉体的制裁に躊躇いが無い。


「っつーかさあ、どういうことよミナちゃん?」

「当たり前のように冒険科にいるお前がどういうことだよ」

 

 俺のお隣の席は満員電車もかくやというほどの人だかり。その反対隣の席に座り、俺に耳打ちしてくるのは当然の如く真理男さんである。

 ちなみに、斜め前の席では千田君が当然のように「あ、アーニャさんのアーニャさんが僕にアーニャンニャン……」とか訳のわからない妄言を呟いていた。彼の妄想に国境は無い。

 

「オレは半分ここのクラスメイトみたいなもんじゃね。それより何で転校生と知り合いなのよ」

「まあ知らんよ。いつもの親父のアレだ」

「ああ納得。ミナちゃんの親父さん相変わらずアレな」


 こんなやり取りで意味が通じるくらい、俺の親父は昔からアレである。

 ある日突然、モンスターを持って帰ってきてお巡りさんに怒られたり、世界各国のトップランカー達が集う温泉旅行に参加して散々飲み倒し、野郎どもを率いて女風呂攻略に挑んだ挙句、温泉街を戦場に変えた実績を持っている。

 ちなみに、その後はガチ切れしたお袋がとんでもなくおっかなかったらしい。今考えると本当にろくでもない父親である。


「……ミナト、この後の戦闘実習、組むよね?」


 何故か不機嫌そうに話しかけてきたのは俺のバディである葵だ。

 

「ああ、お願いするよ。ていうか葵、何でお前イライラしてんの?」

「……してない」


 口数が少なく、表情にも起伏が少ない葵だが、なぜか彼女は感情表現が豊かな女の子だ。

 表情に変化が無いので、感情が顔に出るわけではないのだが、それでも機嫌の良し悪しくらいはすぐにわかる。

 すると、人に囲まれた隣の席から葵に気付いたアーニャが突然、素っ頓狂な声を上げた。


「か、かわゆいでござるッ! ミナト! このかわゆい子は誰っ!? お人形さんみたいでござるッ!」

「ご、ござる……? ああ、コイツは神城葵。1年の中ではトップクラスの実力者で俺のバディでござるよ……」

「バディ!? バディなの!? いいなぁ! 私も戦闘実習でパーティに入れて欲しいでござるぅッ!!」

「……お断りします」


 一刀両断で切って捨てた葵。

 ござる的なやり取りを完全に無視した形の固辞である。

 予想外の拒絶にあたふたするアーニャに向かって、葵が冷たく言い放つ。


「……ウチのパーティーに入るには強さが必要」

「え? 俺そんなに強くないけど」

「……ミナトは黙って」


 葵がコホンと咳払い。

 仕切り直しとばかりに再度口を開いた。


「……ウチのパーティーはいずれ階層権限を手に入れる予定」

「え? 俺初耳なんだけど?」

「……だからミナトは黙って」


 階層権限。

 葵の口から飛び出したその途方も無い言葉に、俺はポカンと口を開けた。

 現在、人類が手にした階層権限はたった34個。

 それは、ダンジョンの階層を踏破するたびに齎される人類資源の源泉であり、地球文明最後の拠り所。

 階層権限とはつまるところ、階層が管轄する亜空間にアクセスするための権限だ。

 詳細に関しては機密事項とされ、ごく限られた一部の人たちにしか開示されておらず、俺たちみたいな一般人が知り得るのは以下の3点のみ。


1、階層権限はその階層を最初に踏破した者、パーティに与えられる。

2、階層権限者が最初に亜空間にアクセスする際、キャパシティに応じた設定を施すことができる。

3、階層権限は一定条件下で譲渡することが出来る。


 勘が良い人でなくてもわかるはずだ。

 権限を手に入れるためには、未踏破の階層を、世界中の誰よりも早く攻略しなければならないという事である。

 今こうして俺たちが学生をしている間にも最前線で闘う、文字通りの化け物達を押しのけ、誰も見た事の無い未知の領域に足を踏み入れる必要があるという事だ。口で言うのは簡単だが、とても現実的な話だとは言い難い。

 ヒトなど指先一つでいとも簡単に殺戮できる超人たちが、全力でかかってもなお膝を屈する魔回廊を制覇するなど、少なくとも一介の学生に過ぎない俺にとっては雲の上の話。実績も何もない俺たちが口にするには大きすぎる野望である。何をバカげたことをと笑われて終わりだ。

 

 しかし何の偶然か、この場にはそれを口にすることが許される人物がいた。

 そう。雲上人の一人であるアーニャは、葵の啖呵に不敵な笑みを浮かべて口元を釣り上げた。 


「私、強いでござるよ?」





――――――――――――――――――――――ー




 

 結論から言うと、やはりアーニャ、アリョーシャ・エメリアノヴァは強かった。

 売り言葉に買い言葉。テストと称してパーティーを組んだ俺たちは本日の戦闘実習に挑んだのだが、ダンジョン最前線で戦うトップランカーの実力と言うモノを嫌というほど見せつけられた。


 オークの一団との戦闘。

 単なる冒険者学校の一生徒に過ぎない俺たちはまずエンカウントを避けるべき相手だが、岩陰に隠れる俺の静止に聞く耳持たず、なぜかバーサーカーと化した葵さんが巨大ハンマーを振りかぶってオークの集団に襲い掛かった。

 そして頭を抱える俺をそっちのけに、アーニャさんは葵の暴走に当たり前のようについていく。ただただ機械的にレイピアオークを串刺しにしていく彼女の姿は、まるで熟練の手さばきで串を仕込む焼き鳥屋の主人のようだ。

 酷い光景だった。あっちで餅つき。こっちで焼き鳥である。 

 葵は1年生とは思えない、とんでもないペースでオークをオーク煎餅に変えていったが、アーニャはそれ以上のスピードで仕込みを行っていた。


「……8枚」

「いえーい。私は14本でござる」


 返り血で凄い事になった女子二人が向かい合う。アーニャがニッコリと笑い、葵が幾分険の籠る視線をアーニャに向けている。

 そもそも単位がおかしい。ここは開店前の飲食店じゃないんだぞ。

 葵も大概だが、アーニャの強さは更に数段階上のものだ。

 しかし、それでも彼女本来のレベル27の強さではない。巨人のどてっ腹に大穴を開け、ワイバーンですら一撃で屠る『デッド・オア・アライブ』の破壊力には程遠い。

 勿論、冒険者学校に転校してきた留学生という設定もあるのだから流石に本気を出すはずが無いのだが、それにしても力を出し惜しみしているような不自然さも無かった。ちなみに、ヘンテコな語尾にもいい加減耐性がついてきた。

 俺は隙を見計らって彼女に耳打ちする。


「おい、どうなってんですか。アンタの力はこんなもんじゃ無いハズなのに違和感が無いんですけど?」


 するとアーニャは視線を自身の右腕に向けて呟いた。


「この腕輪でレベル制限をかけてるでござる。今の私はレベル10以上の力を出せないのでござる」

「そりゃ任務に関係あるんですか……?」 

「……機密でござる」

「つーかそれヤバい装備じゃねーか。『息吹』に何があんだよ」

「……き、機密でござるぅッ!!」

 

 素っ頓狂な声を上げたアーニャに訝しげな視線を向ける葵。

 幾分イライラしているように見えるのは、撃滅数で彼女が一歩遅れているからだろうか。

 ともあれ、機密扱いらしいがアーニャのリアクションから息吹絡みで何かが起きているということだけはわかる。


「誰かさんが言うには俺は協力者らしいぞ?」 

「帰ったら障りだけ教えるでござるよ……」


 二人でコソコソやり取りをしていると、突然、底冷えのする声を浴びせられる


「……そこ、離れて」


 葵さんである。

 完全なる無表情に明らかな怒気が滲んでいて正直ちょっとちびった。


「あ、葵さん、どうしたん……?」

「……ミナトは黙って。私はその女に言ってる」


 するとアーニャさんはアーニャさんでなぜかニマニマしながら言う。


「うふふ。嫌だって言ったら?」

「……別に。煎餅になってもらうだけ」


 葵がゆっくりとハンマーを振りかぶる。アーニャがニヤニヤを崩さないままレイピアの鯉口を切った。

 

「お、おい、お前らまさか……」

「……直接決着をつける」

「おうふッ こういう展開に憧れていたでござるっ」

 

 二人は腰をわずかに落とす。互いに後ろ足に重心をかける突撃体制。

 葵の目が吊り上がり、アーニャの顔がへにょりと歪んだ。


「……いざ」

「青春バトルゥッ!」


 そして唐突に始まったガチンコバトルに、俺は頭を抱えて叫んだ。


「お前らホント何やってんのッ!?」





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