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転校生

「みなさん、席につきなさい。HRをはじめますよ」


 俺たちの担任であるクリスティナ先生がクイッとメガネを押し上げて言う。

 タイトスカートからスラリと伸びる足はもちろん黒のストッキング。ダークブラウンのスーツと真っ新なカッターシャツを押し上げる胸はまさにミサイルだ。

 絹糸のような金髪を後ろで縛り、厚ぼったい唇をすぼめる様は、男の子ビデオで男の子に男の教育を施す淫乱女教師を彷彿とさせる。本当にごちそうさまです。


「おいミナちゃん聞いた? 転校生が来るらしいぜ? 矢代のヤツが職員室で見たって。オレ聞いてビックリしたわ」

「俺はお前がウチのHRに参加してる事にビックリしてる」


 当たり前のように田嶋さんの席に陣取り、俺に耳打ちしてくる男はもちろん真理男さんである。


「こんな時期の転校生だ。オレは訳アリと見たね! 飛び級した天使がランドセル背負って――― 痛ッ ちょ、や、やめっ 関節増えちゃうって! やめッ」


 ゴキリという嫌な音を手で感じながら俺は周囲を見渡した。芋虫のように床をのたうち回っている汚物がいるがそれは気にしない事にする。

 教室全体がいつもよりザワついていた。

 不安、期待、好奇心。そんな感情が綯い交ぜになった雰囲気は転校生を迎える教室独特のものだ。

 そんな浮ついた空気の中、クリスティナ先生が口を開く。


「静かにしなさい。HRを始めますよ」


 先生の静止の声が教室のザワめきに呑まれた。

 男の子かな、イケメンだったらいいな。

 あほか、転校生っていえば美少女って相場が決まってんでしょ

 いやいやここは闇の組織に属する不思議系美少年が現れめくるめく恋の序章を――――




「―――――制圧、しますよ?」




 一瞬で教室が静まり返る。

 私語など一切無かったかのように、全員が背筋を正して正面を向いていた。

 心臓の鼓動すら聞こえてきそうな沈黙に、先生が歩くヒールの音がやけに恐ろしく響き渡った。



「冒険者は何より統率が重要です。クラスを率いる先生の命令はいかなる状況でも優先するようにしなさい。たとえ粗末な棒きれ握ってセンズリこいてる最中でも先生が『笑え』と言ったら笑いなさい。いいですね?」


 先生の超ドS発言に俺たち男子は股間をキュッとさせながら叫ぶ。



「「「「ハイッ クリスティナ先生っ!」」」」



 すると、先生はカツカツヒールを鳴らしながら、満足げに目を細めて言った。



「よろしい。男子は復唱しなさい。生きてて申し訳ありませんでした」



「「「生きてて申し訳ありませんでしたッ!」」」



「お母さんには内緒にしてください」



「「「お母さんには内緒にしてくださいッ!」」」




 なぜオナヌーがバレた前提の復唱をさせられているのか考えたら負けだ。

 床に転がっていたはずの真理男さんが正座で復唱している。

 

 冒険者は『武』の象徴である。空手の達人やボクシングのチャンピオンも、冒険者ルーキーの女の子にすら敵わない。

 そんな武の象徴たる冒険者の卵を導き指導する立場にある教師が弱いはずが無いのだ。

 実戦指導もカリキュラムとして組み込まれている冒険者高専の教師陣は、座学教師から家庭科教師に至るまで相当程度の戦闘能力を持っている。

 特に戦闘実習担当のもも先生をはじめとする戦術指南の教師や、数十人からの生徒が集まる担任教師は、単体で俺たち全員を速やかに制圧できる程度の技術を有しているという。


 どの学校にもいるはずだ。

 思春期特有の全能感でもって根拠無く粋がり、そんな俺かっこいいだろうとアウトロー気取る生徒が。

 そしてご想像の通り、強さが重要な指針となる冒険者の学校には性質上、そういった連中がわんさか集まってくる傾向がある。

 担任教師の最初の仕事は、そんな勘違いヤンキー共の鼻っ柱を武力で以て完膚なきまで叩き折ることだ。そして悔しさをバネに4年間の内に強くなり、お礼参りにやってきた生徒を更に圧倒的返り討ちにするだけの武力が教師には求められる。 

 今にも大人ビデオに出演しそうなくらい細い腕と足をしているクリスティナ先生もそれは同様だ。俺たちはその『暴』の凄まじさをこの目で見ている。

 チラリと教室後方に目を向けると、教科書通りに初日に暴れ、そしてボッコボコにされた横田が真っ青になって震えていた。


 そしてそんなエロかっこ良い先生でしょっちゅうけしからん妄想をしているのは内緒だ。先生のレベルアップに遭遇したい。


 そんな事をつらつら考えていると、しーんと静まり返った教室で、やけに「ハァッ ハァッ」と荒い息遣いが聞こえたのでそちらを見たら、千田君が興奮も露わに前かがみになっていた。

 どうやら、先生に粗末な棒を粗末にされている自分を想像してにっちもさっちもいかなくなったらしい。ある意味冒険者である。



「ところで……」



 カツッ カツッ と鳴っていたヒールの音が止む。

 そして先生は凍てつく視線を床で正座する真理男さんに向けた。千田くんが「ああんッ」と喘いでブルリと震えた。


「田中真理男君、あなたはなぜこの教室にいるのですか?」

「はいッ 転校生を一目見ようと忍び込みましたッ!」

「錬金科に戻りなさい」


 先生の食い気味の返答に対し、縋りつくように反論を試みる真理男さん。


「で、でも今戻ったらエライ事になるんスけどッ!」

「3度は言わない。戻りなさい。今すぐ」


 ピシャリと言い放った先生。

 真理男さんはすごすごと教室を出ていった。少しすると、錬金科の方からガラッとドアを開く音が聞こえる。



――――田中真理男ッ! 私のHRをサボろうとは良い心がけだッ!! 私の剛直でその可愛らしいケツに思い知らせてもよいのだぞッ んんッ!?



 真理男さんの断末魔が校内に響き渡った気がしたが俺には関係ないので気にしない事にした。ちなみに錬金科の担任は男の子が大好きな男性教諭だ。

 またしても荒い息遣いが聞こえたのでそちらを見たら、千田君が「ま、万里生君が……剛直に……ッ」と呟きながら内股をすり合わせていた。あんた何でもイケるタイプなのね。



「聞いている者もいると思いますが、このクラスに新しいお友達が来ることになりました」



 『新しいお友達』って小学校かよ……

 先ほどまでシンとしていた教室が再び騒然となる。


「それではアーニャさん、入ってきてください」


 えッ? 外人さん!? みたいな興奮で最高潮の教室のドアが開き、落高の制服を着た女生徒が入ってくる。そしてその瞬間、教室は再び水が打ったように静まり返った。

 誰かが茫然と呟く。


「き、綺麗……」

「なんだよアレ…… CGだろ……?」

「反則でしょ……」

「誰かに似てるような……」


 

 教室で起こるはずの無いそよ風に揺られ残滓を放つのは、蛍光灯の光すら反射する亜麻色のロングヘア―。

 エメラルドグリーンのアーモンド型の瞳が、まるでゲームの世界から抜け出してきたような完璧な輪郭の上で悪戯っぽく光り、コーカソイド特有の抜けるような白い肌と、ぷっくりと膨らんだほのかに桜色の唇が対照的なコントラストを描く。

 巨乳というほどではないが出るところはキッチリと出た胸、しかしそれよりプリンッと突き出た尻に目が行ってしまうのは、日本人には無いものだからだろうか。

 背はせいぜい165cm程度であろうが、顔が小さいせいかやけに高く見える。何から何まで完璧に美しい少女が微かに微笑み佇んでいた。


 ゴクリと唾をのみ込む音が聞こえる。

 誰もが見惚れ、その美しさに呑まれている中、俺は一人冷や汗をかいていた。


「なんで、アンタがここに……」


 彼女が俺を見つけて笑顔で手を振っているからではない。それを察知した野郎共の殺気を一身に受けているからでも無ければ、なぜか凄まじいプレッシャーを放ってくる葵さんにビビったからでもない。

 そう、俺は彼女を知っている。銀の髪も灰色の瞳も別物になってしまっているが、確かに俺は彼女を知っていた。


「ポーランド・ウクライナ連邦から交流生として来たアーニャ・ノヴェさんです。アーニャさん、ご挨拶をお願いします」


 彼女はニコリと笑うと、謡うように流暢過ぎる日本語を披露する。


「ワルシャワ自治区、冒険者訓練所から来ましたアーニャ15歳なのです。ニッポン語はアニメで覚えたのです。レベルは多分8、レイピアがメインウエポンの魔法戦士なのです。よくアリョーシャに似てるって言われるのだ」


 俺はあんぐりと口を開けた。

 アリョーシャに似てるじゃない。アリョーシャ・エメリアノヴァ本人だ。

 キャラ付けのためか、あのあざとく定まらないヘンテコな語尾はもう間違いない。

 何をトチ狂ったのか世界の剣帝様が日本の3流校に乗り込んで来やがった。しかも大人気なく歳をサバ読みして2コ下の学年にだ。


「好きなアニメは『ダン × 男』(ダンダン)なのです!」


 今朝、彼女は俺より早く家を出たのだが、まさか俺と同じ学校に向かっているとは思わなかった。

 昨日、やけに含んだ物言いをすると思ったらこういう事だったのか。ていうか本当に何しに来たんだよ。政府絡みの依頼じゃなかったのか。なんでこんなしがない冒険者学校なんかに来てるんだこの人は。



「はい、ではアーニャさんの席は……ちょうど良かったですね。一之瀬君の隣に座ってください」

「ハイなのです!」

「い、いや、俺の隣は田嶋さんで……」


 抗弁しようとすると、先生がそれを制するように俺を見た。俺は少し困惑しながら口を噤む。

 先生も彼女の素性を知っている……?

 もしかしてアリョーシャの言っていた任務というのは学校絡みのものなのか。 


「アーニャさんと一之瀬君は互いに御両親が知己で、以前から交流があるそうです。一之瀬君は日本に不慣れな彼女をサポートするように」


 オオッ とクラスメイト達が驚いているが、初めて聞いた設定に俺が一番驚いている。

 アリョーシャ、いや、今はアーニャか。彼女は跳ねる様な足取りで隣の席に座ると、俺に向かってニッコリ笑った。


「ミナト、よろしくね」

「あ、ああ……」


 女子連中の好奇の視線と、野郎どもの羨望と嫉妬を煮詰めた視線が俺に突き刺さる。呪いで人は殺せないが、状態異常は現実に存在するから勘弁してほしい。

 ていうか葵さん、お願いですからそのジェスチャーはやめて。もぐら叩きはそんな据わった目でする遊びじゃないから。

 この人は確かに妖精みたいな容姿をしてるけど、普段は田舎の中学生より残念なイモっ子なんだからねッ

 俺は盛大なため息をつくと、思わず両手で顔を覆った。



「イモ子なのに……」

「イモ子じゃないっちゃ!!」

だっちゃ

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