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訪問者

自分も一人暮らしをしてみたい。

 これは、俺が一人暮らしであることを告白した際、大抵の同世代男子が必ずといっていいほど口にする言葉だ。

 口煩く説教される事も無いだろうとか、好きに友達を呼べるだろうとか、女の子を連れ込み放題だろうとか、そんな事ばかり想像するようだが、一度でも経験してみたらいい。ひと月も暮らせば、「やっぱり実家の方が……」というのが圧倒的多数になるはずだ。

 炊事、掃除、洗濯。家を維持するために必要な作業は山ほどあり、いつでも他人が訪れて恥ずかしくないよう家を維持するという事は想像以上に大変だ。

 

 そもそも親父がダンジョン都市に滞在する際に利用する2LDKのマンションに俺が暮らしているのは、親父の訳アリの知り合いがこの街を訪れた際、いつでも気軽に滞在できるよう管理する意味合いもあった。

 なんでこんな長々と俺が自分の住宅状況を語ったかというと…… 


「どうしてこうなった……」


 俺は我が家の居間で正座しながら頭を掻き毟っていた。

 いつも通り学校へ行き、いつも通り授業を受け、いつも通りのコンビニに寄って帰ってきたいつも通りの日だったはずなのに、何がどうなってこうなった。


「おお……一人暮らしの学生の部屋でありますか。部屋が狭いのはアニメ的表現では無かったのでありますねっ!?」


 日の光はおろか、蛍光灯の光すら反射する輝かんばかりの銀髪。透ける様な白い肌。猫のようなアーモンド型の目、スラブ系にしては彫の浅い輪郭、ぷっくりとめくれ上がった肉感的かつ攻撃的な唇。

 戦闘装備とは違ってやけにイモ臭い恰好をしているが見間違いようも無い。

 同世代の学生ならば知らぬ者はいない。齢17にしてダンジョン最前線に手が届く1流冒険者であり、『エンカウント』新人王トーナメント覇者、憧れのティーンネイジャー世界ランキングトップにしてポーランド・ウクライナ連邦の至宝。

 アリョーシャ・エメリアノヴァその人が、居間のちゃぶ台挟んだ正面で番茶を片手にはしゃいでいるでござる。

 

「オヤジのヤツ、何考えてやがる……」


 俺だって年頃の男の子だ。可愛い女の子を見てムラムラっとしちゃう敏感なお年頃である。

 同世代の女の子。しかもそこらのアイドルよりもよっぽど知名度が高く、『東欧の妖精』なんて肩書もある超絶美少女を泊めてやれとか無茶にもほどがあるだろう。

 何かの間違いだと思いたいけど、アリョーシャさんが持っている紹介状は間違いなく親父のしたためたものだ。どうすんのよマジで。そして親父、天下の【剣帝】と知り合いとか何者だよ。

 自分で言うのもなんだけど、俺のマグナムは丁寧の梱包されているというのにちょっとした刺激で暴発しちゃう不良品ですよ? 納品しちゃえって事?


 まあいい。俺のマグナムの整備不良は今に始まった話では無い。問題はなぜ彼女が日本語をペラペラ喋っているのかと、そしてなぜ語尾がちょっとアレなのか、だ。


「に、日本語上手ッスね、アリョーシャさん……」

「独学で学んだであります! アニメとゲームが我が聖書であります! ちなみに我が国歌は―――」

「わかりましたッ! わかりましたんでその先は色々とやめてください!」


 世界的スクープをさらりと言われたような気がする。

 なんて言ったら良いのでしょう。重度のヲタ臭がプンプンします。


「とにかく、本当にここに滞在するつもりなの? 俺も住んでるんだけど平気なの?」

「日本的ルームシェアは『ダン×(ダン)』で確認済みであります。ちなみにこの作品はダンジョン攻略青春モノであるにも関わらず、同じパーティーの同居人との熱々ホームドラマにも定評があるのであります。特に第18話のケンのセリフには胸が熱くな――――」


 目をキラキラさせながら作品説明に入ったアリョーシャさん。

 俺は右手を額に当て、左手で彼女を遮った。


「まったくどうでもいい情報をありがとう。そうじゃなくて俺が言いたいのは、数日間とは言え男と同じ屋根の下に暮らすのは平気なのかって事だよ」

「む、私が協力者の家族に襲い掛かるような性に奔放な…… ええと、う~んと……何でしたっけ」

「……ビッチ」

「そうそれッ! ビッチ! 性に奔放なビッチに見えるでありますかッ!? 本来『Bitch』はそういう意味ではないのでやっぱり日本語は難しいでありますッ!」

「いや…… 多分日本人が間違ってンだろそれ…… そうじゃなくて、逆だよ逆! 襲うのは男の方だろ。男の俺と同じ家に滞在して不安じゃないのかって聞いたんだよ」


 アリョーシャは、まるで何を言っているのかわからないといった風に首を傾げる。


「あなたが? 私を襲う? 私はトップラインでレベル27の冒険者(ブレイバー)でありますよ? 一般人に押し倒せると思うでありますか?」


 冒険者は総じて人間を辞めている。

 ダンジョン内のシステムであるレベルアップのせいで今やオリンピックなど誰も見向きもしなくなった。や、既存のスポーツ全てを駆逐してしまったと言ってもいい。

 100m走なんてそこらの駆け出し冒険者が重装備で走って10秒切るのだからそれも当然の話。見ている側だって白けてしまう。

 肉体を駆使したスポーツも格闘技も冒険者のせいでその在り様事態を変容させ、冒険者の身体能力とエンターティメント性にルールを上手くマッチさせた競技だけが現代スポーツとして生き残っている。

 総合戦闘競技『エンカウント』はその最たる例だ。


 その人間辞めた冒険者が集まるエンカウントでもトップクラスのアリョーシャは文字通り化け物。

 だから先ほどのアリョーシャのセリフを意訳するとこうなる「たかだか人間が化け物に勝てると思っているのか?」 と。


「俺も駆け出しとはいえ冒険者だ。学生なのはアンタも一緒だろ」 


 いつもより低めの声でボソリと呟く。

 事実であるかどうかは関係ない。お前は弱い。脅威などこれっぽっちも感じない。そう言われて何も感じないのであればそいつは男ではない。

 今は同じステージに立つことすら出来ない木っ端冒険者だとしても、少しの意地も見せずにヘラヘラしていられるほど大人じゃないんだ。


「え!! れ、レベルはどのくらいでありますか!?」


 少しだけ焦ったアリョーシャが、じりっとちゃぶ台から一歩後退した。

 レベル差を考えたら俺も一般人とほとんど変わらないが、一瞬だけでも彼女を焦らせたのならば今はそれでよしとしよう。


「レベル5だよ。ぷぷッ 焦っちゃって」

「く、くぎゅうぅ~~ であります!」


 くぎゅう~ って何だよ。それもアニメなのか?


「ていうかバックパッカーでもあるまいし、普通にホテルに泊まればいいんじゃないの? 長者番付にも載ったりする人でしょ?」

「今回は極秘でニッポンに来たであります。ホテルに泊まってマスコミにバレるわけにはいかないであります」

「あ、だからそんなイモっぽい格好して変装してるんだ?」

「―――えッ??」


 え、マジで!? みたいな顔で固まるアリョーシャさん。


「せ、精一杯オシャレしてきたのに…… イモ……」

「え、マジで!?」


 くるぶしまでありそうな白のロングスカートは中途半端にヒラヒラし、赤白ストライプのロンTの上に羽織ったカーディガンは田舎のばあちゃんちの絨毯みたいな色をしている。後ろ向きに被った赤いキャップには何を思ったのか堂々と『C』の文字が踊り、あえて狙ってのティアドロップ型であろう伊達メガネは強烈なババ臭さを醸し出している。

 

 こうしてみてみると、俺よく一目でアリョーシャだとわかったなと自画自賛したくなった。人の多いダンジョン都市で真昼間からうろついていて気付かれないのだから相当である。

 来春の大学デビューを目論む田舎の子が街を偵察に来ましたといった風貌。


「ぼ、帽子でありますか!? じゃったら予備の帽子があるっちゃッ」


 そう言って田舎の中学生が部活の遠征に行くとき使いそうな無駄に大きいバッグからゴソゴソと取り出したのは黒の帽子。半ば予想していた感がある正面の刺繍は勿論「G]だ。


「いや、その帽子も大概だから」

「にゃ! 待ってにゃ капелюх これにゃらきっと!」


 バッグからチラリと青地が見えた時点で俺は確信した。正面の刺繍は絶対に「D」だ。


「いや帽子関係ないから。あと日本語おかしくなってるから」 

 

 妖精のような容姿に銀を基調とした幻想的な戦闘衣装を纏い、芸術品かとため息が出るくらい美麗な刺突剣を引っ提げた彼女は美しいの一言である。障壁を前提として剥き出しになった手足を晒し、縦横無尽にフィールドを飛び回るその姿に見惚れる人間は数知れず。

 トップランカーになり、【剣帝】などという厳つい二つ名もあるが、エンカウントで戦乙女(ヴァルキリー)と言えば彼女の事だ。

 そんな彼女が――――


「か、カーデガンでしゅね!? ちゃんと紫色のやつもあるんだから!」


 必死になって次から次へと取り出す姿に憐憫を禁じ得ない。 

 誰もが憧れる天空の使徒のファッションセンスはどうやら絶望的なようだった。

 テンパり過ぎてTシャツまで脱ごうとした彼女を焦って止める。

 涙目になって言い訳を繰り返す彼女から強者の威厳は微塵も感じられなかった。


「ま、まあ上手に変装出来てるって事でいいじゃない?」

「マネージャーと同じことをっ 『精一杯オシャレしたら変装になるよ』っていつも私を馬鹿にしてっ 今度こそって思ったのにっ」

「もう語尾とか無茶苦茶だね」


 出会った初日でキャラ崩壊とかどうなってんだこの人。

 ウクライナ語かロシア語かわからない言語でブツブツ呟く彼女を宥めると、俺はため息をつきながら彼女を客間に案内した。



「そういえば極秘って言ってたけど俺とか親父は知ってていいの?」

「ニッポン政府からの要請でもありますから、協力者ということで問題ないよ」


 政府の協力者って……

 オヤジはオヤジでどうなってんだよ。


「ミナトも協力者なんだからナイショにしてね」

「わかったよ。家を貸すだけで協力者ってのもアレだけどさ」

「それだけじゃないよ、うふふふぅ~」

「なんだよ?」

「何でもないよ。とにかくよろしくねミナト」

「ていうか俺の名前知ってんのな? まあここに来るんだから当然か。まあよろしく。部屋は好きに使ってよ」


 やけに含んだセリフが気になるが、あまり気にしない事にする。

 一流冒険者の任務、それも国家が絡むような事に俺が出来る事なんて何もない。知る必要もないし気にするだけ時間の無駄だ。

 あのアリョーシャと数日とはいえ同居することで感じていたドキドキは見事に吹き飛んだし、後はいつも通りに飯と住居を提供するだけだ。どうせ資金はオヤジの財布から出る。

 俺は再度深くため息をつくと、晩飯を作るためキッチンへと向かった。

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