武器
ダンジョンの有用性が認められて30余年。
世界中の国々がこぞって攻略を進めた結果、多くの情報やノウハウが蓄積、分析されていた。
今やダンジョン論なる学問も存在感を強め、体系化かつ専門化された統合学問としての地位を既に確立している。
発見よりものすごいスピードで踏破されていったダンジョンは公式発表として39層まで攻略されているが、ここ数年は完全に停滞しており、現在はレイドフィールドである40層をいかに攻略するか世界中が注目していた。
順調とも思われたダンジョン攻略が暗礁に乗り上げ、ここにきて様々な課題が浮き彫りになってきている。
中でも『人材不足』、要するに戦力不足は深刻だ。これは日本に限った話では無かった。
人類が生き残るにはダンジョンを進むしかなかった初期世代。
文字通り生きるか死ぬか。明日が拝めるかどうか。
そんな崖っぷちに立たされ、死に物狂いでダンジョンに食らいついて来た世代の冒険者が今でも最前線で闘い続けている。
この事実が持つ意味がわかるだろうか。
4、50代、下手すれば60代の、肉体的ピークをとっくに過ぎたおじいちゃんたちが未だ現役として戦わなければ攻略が出来ないということだ。世代交代がまるで上手くいっていない。
考えてみれば当然なのかもしれなかった。
彼らが必死に勝ち取ってきた資源で、何不自由なく暮らしてきた下の世代。
減衰した人類文明を立て直すための仕事は山ほどあり、心身に多大な負担を強いる冒険者稼業を選ぶ必然性は無かった。
死ぬのだ。
腹を裂かれ、ハラワタを喰いちぎられ、頭をかみ砕かれ、四肢を押し潰され。
何度も、何度も。
何度も死ぬのだ。
生き返るからと言って痛みが無くなってくれるわけではない。恐怖を感じなくなるわけでもない。
その都度、精神をすり減らし、魂を摩耗させ、結果として通常生活すら送ることが出来なくなり、廃人のようになってしまった人の数を数えればキリが無い。
華々しい側面だけではなく、無残に散っていった大多数の敗北者たちを目の当たりにしている現代の人々にとっては、冒険者とは憧れの職業であって、現実的に目指す職業ではない。
ダンジョン攻略の『熱』は、人々が気付かないほど緩やかなペースで失われていっている。何となくその事実を感じていても、自分には関係ないと見ないふりをするのが人間という悲しい生き物だ。
だからこそ、『冒険者育成』は極めて重要な課題として認識されていた。
世界中の国が最重要国家戦略として位置づけ、そしてそれはここ日本も同様である。俺みたいな何の取り得も無い普通の高校生が入学できるんだから間違いない。
補助金という名のニンジンをぶら下げられ乱立に乱立を重ねた冒険者学校も、最近ようやく規制がされるようになり、国立の大御所を覗いて今度は逆に私立各校が生き残りに必死だ。
何を隠そう、俺が在籍する私立落ヶ浦第二冒険者高専も、かつての人類並みに崖っぷちである。
風の噂によると2,3年の内に成果を出さなければ冒険者学校の看板を外さなけばならないらしい。
滑り止めの更に滑り止めに受験するような底辺高校なので当然と言えば当然の話。巷では校名を略して『落第者』なんて言われているものだから、ヤンキー溜まりにならないだけマシと思うしかない。
ちなみに『高専』と名乗っているが、冒険者学校のカリキュラムは4年である。
「チィ~ッス。ミナちゃん彼女出来た~?」
昼休み、人類の叡智である焼きそばパンに持ち込みのマヨネーズを垂らすという暴挙に及んでいたら、茶髪にピアスのチャラいイケメンが教室に入ってきて一瞬女子共がザワつく。
小学校からの悪友である田中真理男さんだ。俺は見慣れたイケメンに向かって盛大な舌打ちを飛ばした。
「入学2か月で出来たら苦労しないっつーの。そういうお前はどうなんだよ」
「この学校ってさぁ、毛の生えた年増ばっかじゃん?」
「この学校が特殊みたいな言い方はやめろ変態」
高校生の制服がたまらんという人がいる。大人な女性のタイトスカートにふっくらしてしまう人がいる。
そんな中、キラキラネーム過渡期の最期の生き残りであるこいつは、ランドセルを背負った子に起っきしてしまう生粋の変態である。
「まぁ冗談はそのくらいにしといて、と」
「お前の冗談は闇が深いから勘弁してほしい」
元々コイツは「冒険者として階層制覇者になって、権限で得たフィールドに『ロリータ神聖帝国』を建国するのが夢」という頭のおかしい妄言をのたまっていた狂人なのだが、とある人物の影響であっさりと志を曲げて今は錬金科を専攻している。
今の真理男さんの夢は、錬金術で『永遠のつるぺったん』を生み出す事で、「あくまで合法」と語った時の目は完全にイッていた。
ちなみに弟は『瑠威児』だったりする。将来的な家庭内暴力が心配だ。
「ミナちゃんのクラスは午後何やんの?」
「訓練用ガーデンで戦闘実習。もう何回もやってるけど全然勝てねー」
「まあミナちゃんは特殊だから」
「痛覚耐性が異常に高くたって他はもう酷いモンだっての」
冒険者には誰でもなれるが、それでも適正と言うモノがある。反射神経だったり動体視力だったり様々な要素を組み合わせて個人のパラメータを構成するわけだが、その中に『痛覚耐性』と言うモノがあった。
ダンジョンは死と隣り合わせである。切創、打撲、骨折、火傷、凍傷、壊死、その他もろもろ、小さいものから大きなものまで怪我は絶えないという。そんなところに注射器の痛みすら歯を食いしばる現代人が放り込まれて平気なはずが無く、ある程度痛みを許容できる人間じゃないとダンジョンは歩けない。
俺は他の要素は絵に書いた様な中の中だというのになぜか痛覚耐性だけが突出して高かった。それも検査官が機械の故障を疑うレベルで。
痛覚が鈍いというわけではないらしい。ただ我慢できるという話。気の持ちような気がしないわけではないが、普通はそんなに我慢できないらしかった。真理男さんが言うには、俺は『天賦のM』だそうだ。
「一応、他にも初めてレベルアップした時に変な能力に目覚めたりしたけど、使いどころもないし、どこで役に立つかも意味不明だな。下手したら一生出番が無いかもしれん」
冒険者の中にはごくたまに【スキル】と言われる能力に目覚める者がいるという。
他でもない俺がそうだったりするのだが、俺のは相手も弱体化する代わりに、自分も弱体化するという心底ワケのわからないスキルだ。正直、全然うれしくない。
限界突破してチート魔法が使えるとか、不可視の触手でエアパフパフとか、超紳士力でパンツの中身が見えるとか、そんな能力を授かりたかったです。
「つっても?、せっかく冒険者になるんだから、ハーレム目指さなきゃ損っしょ?」
「冒険者志望って言ってもほとんどみんな普通の女子だよ。ハーレムなんて幻想だ」
俺は頬杖をついて、嘆息しながら周りを見回す。そこら中で女子が年相応の話題に花を咲かせている。
「ねえ、昨日の『エンカウント』見た?」
「見た見た! あたし【剣帝】アリョーシャさんの超絶ファンでぇ! 超カッコよかったよねぇ! 特に最後の【デッド・オア・ライブ】! あたし興奮して昨日寝れなくてぇ!」
ほらな? と真理男さんを見上げると、ババアがはしゃぐんじゃねえと言わんばかりの冷笑を浮かべていた。
『エンカウント』は世界中で放送されている超人気戦闘番組だ。
娯楽用に解放された疑似ダンジョン、【ガーデン】において行われる、冒険者たちのガチンコバトルを立体映像で放送してとんでもない視聴率を叩き出していた。ルールはコンセプトごとに違うが、基本はアリアリの何でもありである。
完全非殺傷に調整されているため、殺害はもちろん流血も無いという完全お茶の間仕様。
訓練としては実戦的でないと揶揄されているが、それでも白刃が煌き、スキルが交差し魔法が乱舞する映像は衝撃的で、多くの人々の心をつかんで離さない。
その中でも、17歳の学生にしてダンジョン最前線で闘う【剣帝】アリョーシャは、その妖精のような容姿も相まってとんでもない人気を誇っていた。特に同性である女子の熱狂っぷりには凄まじく、ファンクラブの8割は女性だというのだから驚きだ。
本人があまりメディアに出たがらないらしく、テレビで目にする事はそれこそ『エンカウント』しかないのだが、そこらのアイドル冒険者など及びもつかないほどの知名度である。
「【剣帝】……何だっけ? どこがいいのかわかんねぇし」
「お前はいい加減に年上の名前を覚える努力をしろ」
「まあそう言うなよ。これでも錬金科の有名どころは押さえてんだぜ? 我が校が誇る天才錬金術師、浮世斑先輩とか…… ヤベっ 他出てこねえ」
そんなどうしようもない会話を続けていると予鈴が鳴った。
真理男さんは「それじゃッ!」とチャラいポーズを決めて自分の教室に戻り、クラスメイト達は自然と出来上がり始めたグループごとにワイワイやりながら転送室へと向かう。
「……ミナト」
クイッ クイッ と袖を引かれる。
振り向くといつも通り、何の感情も宿さない人形のような女の子。神城葵である。
常に虚空を「ぽけぇ~っ」と見つめる困ったちゃんに俺は言った。
「お前もいい加減ちゃんとしたヤツと組めよ……」
「……それはお互いさま」
戦闘実習はチームで行う。人数は上限が6人と決まっている以外に制約は無い。2人でもいいし、最悪1人でもいい。
もっとも素人に毛すら生えていない俺たちにとって、ソロでの戦闘は自殺行為だ。折角の実習の時間をボコられるだけに費やしたかったらそれでもいいが、将来、本番のダンジョンを攻略するならばチームプレイは必須である。
だから班分けくらい先生が勝手に決めるもんだとばかり思っていたら、チーム編成に教師は全くタッチしないのだ。相性のいい仲間を見つけたり、交渉したりするのも冒険者の技能の一つということらしい。
そんなこんなで初めての戦闘実習の時、軽くぼっち気質な俺は当然の如く組む相手が見つからず、どうしたもんかとウロウロしていたら、同じくぽつ~んと立ち尽くしていた葵と何となく組むことになり、以来、実習の度、当たり前のように葵は俺の袖を引くようになった。
「お前強いじゃん。いくらでも勧誘あんだろ……?」
「……別に、そんなのは無い」
パッと見た目は、前髪ぱっつんオカッパ頭のちんちくりんなのだが、なぜかコイツは強い。
病的なくらい白い肌。体格も小柄だし、腰なんて折れそうなほど細いくせに、身長と同じくらいの大きさのハンマーを振り回してモンスターを虐殺するのだ。
その姿を目撃したクラスメイト達から彼女が【撲殺天使】と呼ばれている事を俺は知っている。他のクラスからもおっかなびっくりではあるが、勧誘されている所を見たこともある。
「この前、声かけられてたじゃん」
「……ッ そのような事実は無い」
「まあいいや。いつものこった。おまえ、得物は?」
「……いつも通り武器庫にある。ミナトは?」
「俺もいつも通りだよ」
そう言って俺は腰のホルスターから魔導仕様のハンドガン『EP-R06』と、使い古されたコンバットナイフ『mf2060』を取り出した。
ナイフは自称探検家の親父から。魔導ガンは専業主婦であるお袋から入学祝にもらったものだ。
ちょっと頭の痛い親父はともかく、いつも菩薩様のような笑顔を浮かべる専業主婦に魔導ガンを渡された時の衝撃を想像していただきたい。
しかもお袋が使用方法を教えてくれる時、笑顔を浮かべたままマシンガン並みの連射を披露してくれたもんだからもう何と言うか…… 主婦の業務内容にそんな項目あったかしら……?
「……かっこいい」
「だろ? 鉄臭い感じが『武器です!』って感じだよな!」
「………………うん、そうだね」
なぜかちょっと不機嫌になった葵に引っ張られるようにして武器庫へと向かった。
ダンジョンへの武器の持ち込みは2つまでと決まっている。法律とか以前にそれ以上は持ち込めない様になっているのだ。
厳密な線引きは正直どうなっているのかわからず、ダンジョンの気分としか言いようが無かった。
まず武器に制約は無い。その人が武器だと認識するならば戦闘機すら持ち込めるのだからとんでもない仕様であることは間違いが無い。
しかし過去、軍人さん達は当然の如く装甲車やら戦車やらを持ち込んだのだが、すぐに悪手だと認識されるようになった。なぜならその他の物資を持ち込めないからだ。
大砲もガトリングもミサイルも、現代兵器は補充があって初めて戦略兵器としての価値が生まれる。なのにダンジョンは予備弾薬の持ち込みを認めない。ハンドガンのマガジンすら持ち込みが出来ないのだからどうしようもない。もちろんそれは燃料も同様である。
そうなるとダンジョン攻略に挑むために必要な兵装は自然と限られてくる。己が肉体に依存する原始武器が長期戦を生き抜くための主要兵装となり、それを使用する技術が必須となるのだ。
その点、魔導ガンは応用が利く。ナイフと組み合わせると取りまわしも良く、非力な俺には相性の良い組み合わせだ。
「そういえば葵、お前のサブウエポンって見たこと無いけど何なの?」
武器庫から愛用の巨大ハンマーを引きずり出してきた葵がボソリと一言。
「…………ハリセン」
「どこに持ってんだよ……?」
「……秘密」
大物だとは思っていたがこれほどとは。
俺は自身の小物っぷりを再確認しつつ、足早に小さな巨人を追いかけた。