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絶頂

 とうとう戦争か

 テレビの前、当時は極めて貴重品だったという酒とスルメで最期の晩餐とばかりに一杯やる祖父が、幼い親父の前でそう呟いたそうだ。

 いずれも俺の生まれる前の話だ。今の環境を考えると想像も出来ないが、とにかく当時はそんな状況だったらしい。

 野を焼き森を切り開き川をせき止め、地中を掘りつくし、この世の春を謳歌して繁栄を極めた人類は、この星を埋め尽くす勢いで増え続け、そしてとうとう飽和した。


 資源の枯渇。食料不足。

 大の大人が血眼になって水を買い漁り、空気に税金が課せられたというのだから末期も末期。

 カネがあれば何でも買えるなんて甘ったれた時代などとっくの昔に過ぎ去り、力が全てを支配する世紀末に足を半歩踏み入れ、『水がある』、たったそれだけで宣戦布告が叩き売り状態で飛び交っていた、そんな人類総ヒャッハー時代


 毎日家政婦さんに頼んでんのかというほどピカピカに磨かれ、サルでも起動できるくらいプロテクトゆるゆるに設定された核のボタンが、まるで出来の悪い早押しクイズのように連打されていた時の話。

 そう、人類絶滅時計が24時10分なんて言われ始めて多くの人が『もう人類絶滅しとるやんけ!』と突っ込みを入れてしばらくたった頃、突如としてそれは現れたのだという。


「えー 我々人類の生存が えー こうして維持されているのは えー 全てぇ コレのおかげと言っても えー 過言ではなく~」


 教壇に立つ初老の教師が、ノスタルジックな黒板にチョークで書きなぐる。

 その穏やかな風貌に似合わぬ豪快な書きっぷりに生徒たちが『おおッ』とどよめいた。入学初日、校長先生によるオリエンテーションでの出来事である。


 そもそも黒板なんて非効率的な機材はとっくのとうに絶滅し、今やパソコンでの通信が教育の主流だというのに、『教育は黒板とチョークじゃッ!!』というこのおじいちゃん校長の譲れぬ信念で、移動式の一台だけが骨董品のように黒光りしている。

 噂によると本当は全てのクラスに設置したかったらしいが、教師陣の猛烈な反対に遭って涙を呑んだらしい。キィコキィコいいながら休み時間を黒板と共に移動する校長の姿はもはやこの学校の風物詩である。

 

「えー キミたちは えー 言うなればこの星の希望でありー えー 来月にも君たちは えー 足を踏み入れる事になるでしょう。 えー そう! 人類の希望、『ダンジョン』に!」


 おじいちゃん先生がカッと目を見開き、黒板に書かれた『ダンジョン』の文字をカッとチョークで叩いた。力み過ぎたのか、チョークがボキリと折れる。

 再度『おおぉッ』とどよめきが上がった。

 半分はこれから足を踏み入れるであろう未知の領域への期待から。

 そして半分はおじいちゃん先生の心筋梗塞を心配する声だ。


「先生! 『ダンジョン』の正体って一体何なんですか!?」


 一人の生徒が目をキラキラさせながら手を上げる。

 どうやら発作を起こしたわけではなかったらしい先生が満面の笑みを浮かべてうんうんと頷いた。


「えー わかりません」

「……へ?」

「えー そうです。何にもわかっとりません」


 政府もマスコミも、外国の偉い人もみんな『ダンジョン』は正体不明と言っているおかげで、想像力豊かな少年たちは物凄い妄想を膨らましたりしているが、実際のところ本当にワケがわからず、学者たちもとっくに匙を投げているという。


 魔法なのか、神の所業なのか、未来人の超技術? それとも宇宙人のスーパーミラクルテクノロジー?

 それは現代の技術では到底再現不可能な超遺物。

 太平洋のド真ん中から宇宙空間を突き破ってそそり立つ白亜の塔。

 それが唯一にして全てを物語る。


 1990年代に一世を風靡したアンゴルモアのオッサンはダンジョンの出現を預言していたのだ、と主張し、不死鳥の如く数十年ぶりにお茶の間に復活を果たした自称ノストラ何とか研究者さんがいらっしゃったりもするが、結局のところ『わからない』が唯一の答えである。


 研究はされている。世界各地で。もちろん日本でもそれは同じ。が、解明はされていない。もっと言うと何一つ。

 ただ確実な事がある。誰に聞くまでも無くはっきりとわかっている事実。

 

「しかし えー ダンジョンが富をもたらすということだけは えー 間違いありません」


 富とはもちろんお金の事ではない。

 ほんの四半世紀ほど前、全世界でお金という名の紙切れがトイレットペーパーとして使用されていたことを俺たちは知っているし、特に日本では諭吉さんという偉い人が夏の暑い日に扇子として活躍していたのは有名な話。

 作物を作る人が政治家より偉かったし、二番目に偉い人は作物をつくるための燃料を調達する人だった。都心の庭付き一軒家なんて、地方の田んぼ一反より価値が無かったし、高層ビルなんてものを有り難がるのは一部の筋トレマニアと自殺希望者だけだった。

 そして現代、核で灰燼に帰した東京に住みたいと言えば、みんな口を揃えて『勝手にすれば?』と太鼓判をくれる。もう少しでモヒカン肩パットが地上を席巻するところまで行ってしまったのだ。


 今更ながら、よく人類社会は持ち直したなと先人の忍耐に尊敬の念すら覚えた。お金が価値代用証券として復活した現代で育った俺は、世紀末時代の空気感は想像する事しか出来ない。

 と、話が逸れてしまったが、ダンジョンは富をもたらすのである。

 それを証明したのはもちろん世界唯一の大国、アメリカ様だ。


 時代背景的に軍隊を出す事なんてイケイケゴリゴリだった彼らは、それはもうバーゲンみたいにミサイルを撃ちまくった。

 それら全てが不可視のバリアに阻まれたのを確認すると、次はもちろん合衆国海兵隊様の御登場である。

 まるで行きつけの飲み屋に車を乗りつける位のテンションで塔に乗り付けた彼らは、ダンジョンの意味不明なルールを物ともせず、パワー&ジャスティスで第一階層を突破した。

 そして全世界に解放されたダンジョンへのゲート。

 そんなことは露と知らず、そのまま第二階層を突破した彼らに与えられたのは、亜空間へのアクセス権限とそこに広がる広大な土地。汚染されていない肥沃な大地と、綺麗な清水。

 

 人類は狂喜した。


 この訳のわからない塔を進めば、階層ごとにとてつもない資源が手に入る。

 そしてアメリカ様は思った。この莫大な資源は人類のために大国であるアメリカが管理するべきだ、ビバU・S・A。


 そしてゲートを通らず、物理的にダンジョンに乗り込んだ彼らは第5階層で見事に全滅した。

 人間が人間であるまま、現代技術の武器で挑む限界領域が第5層という、今では教科書に出てくるような基礎知識は、実に海兵隊数千の犠牲の上になりたった血なまぐさい経験則から導き出されたものだった。


「えー ダンジョンには様々な えー ルールがあり、有名なのは えー 一緒に行動できるのは えー 6人までということ」


 ダンジョンには様々なルールが存在する。

 一緒に行動できる最大数が6人だとか、持ち込める武器は一人二つまでとか、一度踏破した階層はゲートを通じて直接行けるとか。

 何で? と聞かれたらそういうシステムだからとしか答えようがない、ワケのわからないルールがいくつもある。物理法則とかもう全く関係無く、ただそういうルールだからと説明するしかない。

 そして、数あるルールの中でも特に極まったものが二つあった。

 その一つは……


「えー ゲートを通ってダンジョンに行く限り えー 死んでも生き返ります」


 この時点で色々とアレな事に大抵の人は気付く。

 ダンジョンがこの世の理から大きく外れた異常地であるという事に。

 ていうか死んでも生き返るって何だよ。知ってはいても改めてきちんとした大人の口から聞くと正直引くわ。

 これから冒険者になろうとする俺たちにとっては救済策みたいなシステムだが、宗教によっては絶対に許すことの出来ないものであったりもするらしい。現に冒険者たちを悪魔の手先とし、これに加担する国も神に背いたうんたらかんたらとか言って無差別テロをやらかす阿呆共がごまんと存在している。


「先生、生き返るっていうのは、その…… 大丈夫なんでしょうか……?」


 不安げに手を上げた女生徒が消え入りそうな声でおずおずと聞く。

 ふわっとした髪の毛と、クリッとした大きな目が可愛い、小柄な女の子。どこか小動物を思わせる癒し系の容姿だが、ダイナミックに盛り上がった胸だけが凶悪な猛獣染みている。

 一言で表現するならば、いつでもどこでも需要が尽きないロリきょぬー様である。


「ここからの質問には私が答えましょう」


 おじいちゃん先生の横に立っていたビジネススーツを完璧に着こなした女性――俺たちの担任となる真方クリスティナ先生が口を開いた。

 猛禽類を思わせる鋭い眼光、高く尖った鼻梁の上には、真っ赤な淵のメガネが鎮座し、そのメガネをクイっと人差し指で押し上げる仕草がサマになっていて女性陣から熱いため息が上がる。東欧の血が入っているらしく、彫刻のような美に男子生徒たちは若干怯んでいた。

 『美しすぎる秘書』。そんな頭のよろしくない表現が脳裏を掠める。


「死んでも生き返る、この事実に間違いはありません。ゲームのように所持金が無くなるとか、装備が散逸するとか、そういったペナルティもありません。ただ、そのアタックで得た素材や経験値の全てが消失します」

「あの…… その他にその…… 精神的な影響とか……」

「『死』そのものによる影響は無い、とは言い切れません。とある研究によると『死』を重ねる事で魂が摩耗し、感情が薄れていく傾向にあるという論文も発表されています。一方で、その原因は『死』そのものではなく、それに至るまでの苦痛や恐怖であるという説もあり、この点について明確な答えは出ていません。先生も何度か死んだことがありますが、何度経験しても慣れる事は出来ませんでした。血液の流れが止まり、呼吸が停止し、底の無い暗闇に堕ちていくあの感覚は…… 口で説明できるものではありません」

「あ、あ、あ、ありがとう、ござい、ます……」


 

 その壮絶な体験に気圧される形で、シンっと教室が静まり返った。

 当然だ。死んだことも無い高校生が死の恐怖を推測する事など出来るはずが無い。

 ここまで来ると死んでも生き返るという超システムが果たして良い事なのかどうかわからなくなってしまうのも仕方がないと思う。

 誰が作ったのかもわからないが、ろくでもないことだけは間違いなかった。

 そして、文明的な生活を維持するためには、たとえ死んでもダンジョンを踏破し続けなければならない社会もまたろくでもないのかもしれない。

 だが、そのために命を賭け、莫大な報酬を稼ぐのが冒険者である。人類の希望を背中に引っ提げて戦い、名誉を勝ち取るのが冒険者なのだ。


 ここは私立落ヶ浦第二冒険者高等専門学校冒険科。

 富、名誉、社会貢献。

 己が目的は数あれど、冒険者を志し、ダンジョンに潜る事を夢見るという一点についてはみな同じ。

 クラスメイト達が富と名誉、そして未知への期待に鼻息を荒くする中、俺だけが別の期待に胸を熱くさせていた。

 そう、俺が冒険者を志した最大の理由、それが――― 


「先生、ダンジョン内のモンスターを斃すとレベルアップするって本当ですか?」


 レベルアップ。

 ダンジョンの無い時代ならば一体お前は何を言っているんだと、頭のおかしい奴認定間違い無しのアレな発言だが……



「はい。法則について明確なルールは解明されていませんが、個人差があるものの間違いなくレベルアップします。ステータスが可視化されたり頭の中でファンファーレが鳴り響くわけではありませんよ?」


 本当にレベルアップするんだからしょうがない。

 俺はその為だけに冒険者を志した。いや、正確に言うならば、俺自身がレベルアップすることすら目的ではない。

 

「それだったら、どうやってレベルアップしたことを知るんですか?」

「良い質問です。あなたたちもこれから経験することでしょう。男性は、全身を発狂するほどの苦痛に襲われるといいます。中には別の人格を形成してしまう人もいて、その凄まじさが伺えます」

「じゃあ女性はどうなるんですか?」


 俺は手で顔を覆って、外からは見えない様に邪悪な笑みを浮かべた。

 俺は知っている。

 どんな屈強な女冒険者も、傲慢で可愛げのないインテリ冒険者も、テレビや雑誌で引っ張りだこのアイドル冒険者もみんな、そう、みんなレベルアップを経験している。そして誰一人としてレベルアップの事を語りたがらない。その事について触れてはいけないというのが暗黙のルールだったりする。


 だが知っているぞ。

 平等だ。平等にソレは訪れる。

 荒野を駆け、迷宮を抜け、モンスターを殺した先に訪れるレベルアップの瞬間。

 隣の席の女の子も、小動物ちっくなロリきょぬーちゃんも、エロかっこいいクリスティナ先生も。

 俺の口角が更に凶悪につり上がった時、クリスティナ先生がメガネを押し上げると、幾分頬を赤らめながら言い放った。



絶頂(イキ)ます」

「「「…………え?」」」

おや?

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