異常
「う~ん……」
木々を縫うようにして目的地に向かう途中、鬱蒼と茂る林が切れ、開けた丘へと飛び出す直前、突然立ち止まった尼子屋につられて俺は足を止めた。
すぐに木の陰に隠れ、息を殺して周囲の様子を伺う。
同じように物陰に隠れようとした葵が、木の陰ではなく何故だか俺の背中に張り付いた。
やけに鼻をスンスン言わせてるけどそんなに俺、汗臭かった?
フラッグは既に3つを確保し、今は集合地点へと向かうため湿地帯の原生林を進んでいる。
試験自体はそれほど難しいものではなかった。
フラッグが置かれていた場所が特別難所だったということもなければ、強いモンスターが徘徊しているという事も無く、油断さえしなければいつも通りの戦闘をこなし、フラッグを回収して目的地に向かうだけの内容だ。
試験といっても入学して1学期の中間試験なのでこんなもんと言えばこんなもんなのだろう。
地図の通りならば林を抜け、丘を越えた向こうの泉のほとりにゴールがあった。
制限時間2時間を残して、すでにノルマであるフラグ3本の回収は済ませているので焦る必要はない。
試験内容がモンスター討伐自体ではない以上、今、求められるのは蛮勇ではないく堅実性だ。
「どうした尼子屋。敵襲か? 何か気になることが?」
「……私はミナトの匂いが気になる」
「ちょ、やめて葵さんッ 匂いは気付いても口にしないのが日本人的思いやりよッ」
軽く振りほどこうとするも、葵はがっしりと俺の背中を掴んで離さない。
何なのコレ。本当は嗅がれたくないのにスンスンされてちょっと興奮。何か変なのに目覚めそう。葵さんホントやめて。
助けを求めるように尼子屋に視線を向けたが、彼は目の前に広がる平原を睨みつけながら腕組みをして考え込んでいる。
「尼子屋、マジでなんかあったのか?」
「なんかあったってわけじゃないけど、やっぱりおかしい……」
「何がだ? 全然順調に攻略できてるんじゃね?」
「まあ、そうなんだけどね…… 」
冒険者は最終的に腕力がモノを言う商売だ。
いつも一緒に潜っている葵がとんでもない戦闘力を有している事は知っていたが、尼子屋と行動をするのは今回が初めてである。
尼子屋はいつもドリルグループのパシリ扱いでヘラヘラしている足手まといという印象しかなかった。
レベルという概念のの前では何の関係もないと理解しつつも、小柄で背の細い尼子屋が命の飛び交う戦場を生き抜くことが出来るようには思えなかったのだ。
しかし、一緒に行動を共にするとその認識は間違いである事を思い知らされる。
彼は優秀な斥候職だった。
戦闘以外はまるでダメ子と、全体的なダメ男という脳筋パーティでここ数か月やってきたせいか、俺たちはフィールドでの立ち回りがお粗末だ。
いざとなったら破壊天使葵様のゴリ押しという戦術もクソも無い探索をしてきた俺たちにとって、常に周囲に気を配り、地形を考慮し、先制を獲得する尼子屋の存在は驚きだった。
正直、俺は今まで斥候職をナメていた。
レベルがあったり魔法があったりと、半世紀前に比べると酷くゲーム寄りになってしまった現実世界だが、それでもやっぱりゲームとは違う。俺のクラスでもやたら「タンク」や「アタッカー」やらの役割を戦闘に持ち込もうとする奴がいたが、今ではタンクのタの字も出てきやしない。ゲーム的役割分担はあくまでゲームだから成り立つものだという事を散々に思い知らされているからだ。
狭い洞窟ならいざ知らず、広いフィールドでは隊列もクソも無いし、当たり前のように「ヘイト」なんて概念も無い。もちろん、多少のポジション割りはあるし、合理的な位置取りだってあるだろう。
しかし、後ろのほうで詠唱をしていれば安全かと言われたら首を傾げざるを得ない。
回り込んでくる敵もいれば前線を抜けてくる敵もいる。遠距離攻撃をされたと思ったら、背後から新たな敵が現れる事だって当然の如く起こり得る。
軍隊同士の部隊運用概念のほうがよっぽど有用で、冒険者学校にも現役自衛軍の軍人さんによる戦術講義がカリキュラムとして組み込まれているほどである。
一人では戦えない特化型の需要は少なく、満遍なく立ち回れる汎用型が上に上がっていける事は、ダンジョン最前線で戦う有名どころを見る限り明らかだ。だからこそ俺は火力が弱い斥候職に偏見があった。
だが、こうして一緒に行動してみると 尼子屋のお膳立てにより、毎回毎回、有利な体勢から一方的なタイミングで戦闘を開始できるのだ。
ほとんど戦闘に参加してこない斥候職一人が加入するだけで、こんなに戦闘が楽になるとは思ってもみなかった。実際、戦闘中に何度あくびを噛み殺したからもわからない。
この先、本番のダンジョンでは素人には見分けすらつかない罠や、力押しだけではどうにもならない強力なモンスターが出てくることを考えると、尼子屋のような特性を持つ存在が不可欠になってくるだろう。
あの高慢ちきなドリルお嬢様が、尼子屋のパーティ離脱に難色を示していた理由が今ならわかる。どうせなら正式に俺たちのパーティーに加入してくれないだろうか。アリョーシャのパンツくらいならば何とかパチって渡せると思うのだが……
「でも…… 何か変だと思わない? 僕たち、今日はここに来るまでクラスメイト以外、ほとんど見てないよ」
そう言われたらそんな気がする。
いつもなら社会科見学の学生さんとか、調査の学者さんがゼミ生を連れて回っていたり、気まぐれで本職の冒険者が遊びに来ていたりを見かけるはずなのだが、そういえば今日はそんな人たちはいなかったような気がした。
「そういえば俺もそんな気が…… しないでもないかも。葵はどうよ?」
「……私は気付いていた。言わなかっただけ」
うそこけ。思いっきり目がバタフライしてんぞ。
不必要なところで強がる意味がわからないが、突っ込むと地雷が待っていそうだったので追及はしない。葵さんは ぬぼ~ っとして見えても非常に負けず嫌いである。
「つってもこのガーデンてばちょっとした島くらいの面積があるだろ? そういうこともあるんじゃないか?」
「……お昼だったのでみんなご飯を……」
「ここでのんびりメシ食ってるヤツなんていねーよ」
「……う、でも」
「まあそうなんだけど、それでも丘に上がればチラホラ人がいたのに今日はほとんどいない。気付いているかな? さっきからモンスターも見かけなくなった。何か嫌な予感がするんだ……」
なんとなく怪しい、という勘だけでオークの待ち伏せを回避するような奴だ。尼子屋の「予感」を笑って流せるほど俺たちは強くない。
もうゴールは目の前だというのに、俺たちは油断なく周囲を警戒しながらゆっくりと丘を登る。
すると、ズンッ という音と共に地面が軽く振動した。
「な、なんだ……? なんの音だ」
「しッ 静かにッ この振動は、足音……?」
「ウソだろッ ここは訓練用ダンジョンだぞ!? 地響き起こすようなモンスターなんて―――」
―――――ザザッ ザザザザッ
突然、神経を逆撫でる擦過音が鳴り響く。この前も実習中に聞いた音だ。
しかし、風に紛れて微かに聞こえた前回と違って、今回は誰の耳にも明らかなようにはっきりと聞こえた。
「何、だ……? あれは……?」
思わず空を見上げると、雲一つない青空に、モザイクのような亀裂が奔っていた。
ゾワリと肌が泡立つ。なんだあれは。あんなもの見たことがない。一体何が起きている。この前は音だけだった。こんな目に見える異常現象は無かった。
何故だか理由はわからない。
見たことのもない光景もそうだが、それ以上に何か良くないことが起きるという確信だけが強烈な焦燥となって背中を掻き立てる。
「このノイズは…… この前の実習中も……ッ」
「……何かが、来る……?」
「すごく嫌な予感がする、ミナト君、とにかく集合場所に急ごう! 先生たちと合流しなきゃ!」
俺たちは一瞬だけ顔を見合わせると、全速力で駆けだした。
丘を駆け上り、転げ落ちるように坂を下る。周囲の警戒など後回しに、とにかくゴール地点へと急いだ。
途中、再び空を見上げると、半世紀前のテレビ画面みたいな砂嵐が更に風景を侵食していて、得体の知れない恐怖を感じる。
全速力で走りながら、俺は隣を行く尼子屋に話しかけた。
「尼子屋、アレは何だかわかるか? 伊吹では普通のモンなのか?」
「知らないよ。聞いたことも無いし。だけど異常事態だって事だけはわかるよ」
「他の連中はどうしてるかな」
「わからないよ。でも訓練中に異常が起きた時は、何をしててもすぐ集合場所に向かうように教えられてるから、みんなすぐに集まってくると思う」
「緊急離脱すべきと思うか……?」
「一応試験中だし、システムエラーなら万が一があるかもしれない、とにかく先生の指示を仰ごう」
集合場所には、戦闘のエキスパートである、もも先生もいる。一刻も早く先生たちと合流して安全を確保しなければ。
進む先には林が広がっている。安全策のためにこの林を迂回してゴール地点へと向かおうと話していたのだが、そんな余裕は無いと本能が叫ぶ。
誰に確認するでもなく、俺たちは強化を維持しつつトップスピードのまま、最後の森林に侵入し道なき道を駆け抜けた。本来ならば考えられない無用心な行為だが、そんな事を言っている場合ではない。ここを抜けたらゴール地点まではもう目と鼻の先だ。
そしてようやく林の終わりが見え、木々の隙間から草原へと身を躍らせた。その瞬間。
「何者だッ!」
「ひゃッ! 曲者でござるか!」
勢いよく林から飛び出た瞬間、すぐ目の前に迫っていたのは人の集団だ。
焦っていたし、ほとんど視界0からの飛び出しだったので全然気づかなかった。
必死に衝突しそうになったのをどうにか体勢を崩すことで身をかわす。そのままの勢いでゴロゴロと地面を転がり、距離を開けて集団と向き直る。
「警戒しろ、対象を守れ!」
「貴様ら、何故ここにいる!」
そいつらはどう見てもこの場にはそぐわない恰好をした集団だった。
スーツ姿の禿げ上がった白人を囲むように立つ、これまたスーツ姿の屈強な男たち。耳にはヘッドセット、目元にはサングラス。なんとなく思い描くボディーガードそのままの姿だ。
訓練用ガーデンにそんな動きにくい恰好で訓練しにくるアホはいない。
禿げ上がった男を囲み、林から飛び出してきた俺たちに対し警戒を露わにするボディーガード達を見る限り訓練ではないのだろう。
「今日はゲートが封鎖されているはずだ。貴様らは何者だ!?」
ワケのわかんない事を喚いているが、足止めをくっている場合ではない。偉い人がこんなところで何をしていようと正直知ったこっちゃないし、俺たちには関係ない。
それに物騒なモンを腰にぶら下げているのが見えたので、これ以上、連中を刺激する前に離れるほうがいい。
「あ、すいません、俺たち急いでるんで!」
なので、一言謝ってさっさとこの場を離れようとしたとき、集団から少しだけ離れた一人の人物が視界を霞めた。
思い返すと、先ほどのセリフの中にどこかで聞いたことがあるようなヘンテコ語尾が混じっていたような気がする。
ある種の予感に勘弁してくれよと心の中で吐き捨てた。
するとその人物。見覚えが在り過ぎる少女が正体を隠した状態の姿で―――要するにセンス壊滅なイモっぽい恰好で目を見開いた。
「ミナト! こんなところで何してるでござるか!?」
「そりゃこっちのセリフだバカヤロウ!」
【剣帝】アリョーシャ・エメリアノヴァ もとい、イモ女 アーニャ・ノヴェが、俺たちから集団を守るように立っていたのだ。




