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ゲート封鎖

「は~い! みなさ~ん! 今日は待ちに待った中間実技試験ですよぉ~! 先生ワクワクして昨日は眠れませんでしたっ!」

  

 ハイテンションではしゃぎまわるのは我らが冒険家戦闘実習担当のもも先生だ。

 背丈も容姿も小学生低学年な先生の目元にはうっすら隈が残り、本当に寝不足であろうことがうかがえる。

 対する俺たちはどこまで行っても学生である。同じ隈、同じ寝不足でもそれは緊張や不安から来るものだ。

 大きな目を輝かせるもも先生とは正反対に、俺たちの目はどんよりと濁っている。


「待ちに待ったワケないじゃん……」


 誰かがボソリとつぶやく。それはここにいるクラスメートほぼ全員の代弁なのだが、はしゃぎまわっていたもも先生はピタリと足を止めると、プルプル震えながらその大きな瞳に大粒の涙を貯め始めた。

 

「ふ、ふぇっ せ、先生、先生はみんなの活躍が、ふぐッ たのッ 楽しみでッ!」


 両こぶしをプルプル震わせて えぐっ えぐっ と嗚咽を漏らし始めたもも先生。

 焦りに焦ったクラスメイト達が必死のフォローを開始する。


「うそうそうそ! ももちゃん先生、今のウソだから!」

「お、俺も楽しみで眠れなかったぜー」

「ほ、ほら、ももちゃん先生! 飴ちゃんあるよ! 飴ちゃん舐めて元気だそう!」

「ふぁい……」


 受け取った飴を口の中で転がすその姿は迷子の子供にしか見えない。

 しかも彼女の戦闘装束も相まって背徳感が凄まじい。

 もも先生は魔法戦士だ。しかしその装備は魔法戦士というより、魔法少女である。

 フリフリのミニスカート、大きめのリボンに、ハートのクリスタルのネックレス。マジカルステッキにしか見えないエーテル刀の柄。

 少し毛色が違う点はやたらヒラヒラのブラウスだ。必要以上に胸元が開いており、彼女曰く、『大人の女の色気を閉じ込めきれないの』とのことだが、俺には高校生のお姉さまに憧れる小学生にしか見えなかった。悲しきはつるぺったんである。


「お、おおふッ も、ももタソせんせッ キュートでプリチーな御身足で拙者のステッキをマジカルステッキに……っ」


 息を荒げて前かがみになっている千田君は病気なので放っておこう。

 

「モモ先生、それくらいにして早くはじめましょう。時間が勿体ないです」


 おおッ と男子生徒たちが色めき立つ。

 彼らの視線の先、キリッ と赤ぶち眼鏡を押し上げるのは俺たちの担任、クリスティナ先生だ。

 いつもはデキる秘書然とした服装で、チラリズムとエロチズムを体現する彼女が、今は怪しい光沢を放つ黒のボンテージに身を包んでいる。そしてその右手に持つのは大型猛獣すら調教出来そうなほど太くて厳ついムチである。

 この街に越してきて散々冒険者たちの尖ったファッションセンスを目の当たりにしてきたが、これほどストレートに尖った戦闘装束も中々あるまい。時と場所を間違えなくても普通に痴女である。


「静かにしなさい。実習中ですよ」


 どよめき収まらない男子群に、まるで虫でも見るような目を向けた先生はその太くて固いやつで地面を打った。轟と土煙が立ち上り、地面が軽く振動した。ちなみに千田君が「ウッ」と呻いて股間を抑えた。コメントは差し控えたい。

 とにかく、今の一撃だけで素人に毛が生えただけの俺たちにするその力量が伺える。冒険者学校の教師陣はみな押しなべて強い。見た目などなんの判断基準にもなりはしない。腰など折れそうなほど細く華奢なクリスティナ先生でもこれだ。

 では見た目小学生のもも先生はというと、実はクリスティナ先生より強いらしい。飴玉持った知らないおじさんに着いて行ってしまいそうな身なりをしているというのに。レベルという概念の無茶苦茶加減を思い知らされる。二人とも、レベルアップ時を是非とも拝見したい。


「はい、プリントで配った通り、試験の内容は3人以上6人以下のパーティーで、制限時間内に10地点にあるフラグをどれか3つ回収して集合場所に戻ってくる事ですぅ~」


 試験の内容自体はわりと簡単だ。

 プリントに星印で描かれたポイントに行き、制限時間内に3つフラグを取って持って帰ってくる。

 1持ちうる情報を駆使し各々が戦略を練って、より安全に、より効率的に移動し帰投する。『ゲット オン ザ フィールド』と呼ばれる一種の競技だ。

 ダンジョンは探索するだけではなく、生存して帰ってくる事が何より重要という、冒険者の基礎中の基礎を試す試験である。

 地点にフラグ1本というわけでもないので、他チームの妨害は想定しなくて良いだろう。そもそも本番ダンジョンでは他パーティーと出くわす事が稀なのだから、冒険者を育てる冒険者学校の試験としては妥当な科目なのだ。

 どちらかというと、フットワークの軽い俺たちにとっては相性の良い内容。

 しかし、俺は思わず舌打ちをした。なんとなく葵に目をやると、若干困った雰囲気の葵と目が合った。

 互いに重大な問題に気付いたのだ。


「おい葵、どうするよ?」

「……これは、困った」


 そう、相性の良い試験内容にもかかわらず何が問題かというと……


「……3人以上のパーティー……終わった」

「終わってないよ葵さん! そんな虚ろな目をしちゃだめよっ!」


 そう、かねてからわかっていた事だが、最近パーティを組んでいたアーニャが今日はいないのだ。

 表向きは体調不良になっているが、先生方の反応を見る限りでは連絡がされていたのだろう。元々任務として潜入してきた高位ランカーだ。試験を受けなくても何一つ問題はない

 そして試験という大一番で安全策を取りたいクラスメートたちはいつもの布陣で挑みたい。俺たちはいつも同じメンツでしか組んでいないせいで3人目を確保出来ないのだ。


「……ぼっちには過酷過ぎる試験」

「俺たち別にぼっちじゃないから! そうだよねみんな!?」


 すると、まわりのクラスメート達のほとんどは既にチームで固まっていて、気まずそうに眼を逸らした。

 え、うそ? 何この空気?

 まさかの千田君がモジモジしながら俺たちに視線を向けてくるが、彼だけは勘弁していただきたい。

 俺は思わずクリスティナ先生に聞いた。


「せ、先生! もし3人パーティ組めなかったら……?」

「もちろん失格です。戦わずして失格した者は私の太くて固いのでお仕置きします」


 ゾワっと背筋を悪寒が駆け上る。太くて固いのって何ですか。

 

「あ、あっ せ、先生の太くて固いのがボクの…… ボクのォォォ~~~ッ!!」


 自身を掻き抱きながら股間を突き出す千田君。

 女子達がまるでゴミでも見るような視線を、小刻みに痙攣する千田君に浴びせていた。それすらも彼にとってはスパイスなのだから終わってる。

 と、そんな事を考えている場合ではない。俺たちはこのままでは失格になってしまう。

 二人してウンウン唸りながら、微妙ににじり寄ってくる変態を撃退していると、突然声をかけられた。


「い、一之瀬君、僕でよかったらパーティに入れてくれないかなっ?」


 そう言ってきたのは、例のドリルお嬢様チームから抜け出してきた尼子屋だ。

 彼は少しだけ緊張した笑顔を浮かべながら俺たちに言う。



「尼子屋、いいのか? お前いつものメンツは――――」

「僕はいつものチームで足手まといだし、いなくても問題ないから」

「ちょ、ちょっとお待ちなさい! あなたはウチのパシリ(アッシー)でしょう!? ただで済むとおもっているの!? 勝手なマネは許さなくてよっ!」


 劉備を逆立てながら近づいてきたのは当然のようにドリルさんだった。取り巻きの女共も「そうよそうよ!」とドリルを援護する。

 いつもの尼子屋の扱いを見ている限りでは彼の足抜けなんていつ起きてもおかしくなかった。誰だってパシリに使われて楽しいわけがない。ドリル共の憤りだって、自分達の所有物を勝手に取るなとかそういった種類のものだ。

 面倒くさいことに巻き込まれるのはゴメンだが、何もせずに試験を落とされるのはもっとゴメンだった。


「おいドリル、メンバーを繋ぎ止めておけないのはリーダーの責任だ。尼子屋に言いがかりつけるのはやめろ。大人げないぞ」

「んなっ! 彼はわたくしのパーティのメンバーですのよ! 大人げないのはあなたですわ!」

「本人が嫌がってんだから見逃してやってくれよ」

「なっ! りょうへ―――― アッシーは嫌がってなんか……っ そ、そうですわよね?」


 なぜか不安顔で尻すぼみになっていくドリル。まるでご主人様のご機嫌をうかがう子犬のような姿を見て違和感を覚える。


「僕はこの前、一之瀬君に助けてもらったし、どこかで恩が返したかったんだ。みんないつものメンバーで固まちゃってて、このままだと3人目が見つからないだろうし……」

「ごめん、正直助かるよ尼子屋」


 ドリルより更におどおどしながらも俺たちとパーティーを組む決断をしてくれた尼子屋に、俺は軽く頭を下げた。

 何か言いたそうに一歩踏み出したドリルだったが、クリスティナ先生がもう話は終わりだとばかりに手を叩く。


「さあ、こうしている間にも時間が無くなっていきます。そろそろ開始しますよ。制限時間は午後15時まで。それでは、はじめ!」




 


―――――――――――――――――――――――






 今日、ダンジョン調整管理官、菅野祥子は出張先からの登校だった。

 運悪く人身事故にカチ遭って相当な時間の足止めを食らったが、遅延証明書ももらったし学校のほうにも連絡を入れてある。

 上司の佐藤は新婚旅行で不在なので本来ならば好ましくない事態だが、誰だって不可抗力には逆らえない。ルールやマニュアルでもこういった場合は迅速に連絡する事が定められている事から、想定されうる事態でもあるのだろう。

 そもそも菅野が務める学校は管理官2人体制だが、1人体制を余儀なくされている組織もあるのだ。事故も病欠も冠婚葬祭も許さないというのならばそれは人間の働く環境ではない。


「おはようございまーす! すみません、電車止まっちゃって。あ、はいこれ遅延証明です~」

「おはようございます。聞いてますよ、大変でしたねぇ。今日もよろしくおねがいします」

「こちらこそおねがいしまっす~」


 証明書自体は見せただけで提出はしない。

 そもそもの組織構造を言うならば、菅野の所属はダンジョン管理局であって学校ではないからだ。

 労務上の指示・監督権も学校側には無く、管理官はあくまで独立の立ち位置でそれぞれの組織に駐在している。よって証明書の提出先は学校ではなく、ダンジョン管理局である。

 菅野はデスクに着くとすぐにPCを立ち上げメールの確認を始めた。時計を確認すると10時20分。1時間半も足止めを食らっていた計算だ。

 

 差出人別に分けられた受信フォルダを、重要度が高いと思われる差出人のメールから確認し、必要なものには返事を返していく。そしてその作業が一段落した後、メッセンジャー機能を立ち上げた。軒並みオンラインになっている同期のIDを見て、今日もみんな働いてるね~ と独りごちる。

 そして机に置かれていた回覧物に手を付け始めた時、ピコンと音が鳴る。メッセンジャーがメッセージを受信した音だ。

 

『今日は暇だねー やる事ないねー 帰ろうかなー』


 プライベートでも付き合いのある同期からのやる気のないメッセージ。彼女も同じく学校駐在の管理官なので、何かと話をする機会が多い。

 上司不在の今、一度でも返信すると最終的には合コンの企画まで話が行ってしまいそうだったのでスルーしようと再び回覧物の整理を始める。菅野は軽い見た目と言動とは裏腹に、仕事に関しては非常に真面目なのだ。

 そして再び受信音。仕事中なんだから後にしてよと思いながらも中身だけは確認する。


『【息吹】さんがお休みなんだからあたしも休みたーい!』


 

「――――え?」


 ゾゾゾ と背中を悪寒が駆け上る。

 瞬間、菅野の頭の中に佐藤が新婚旅行に向かう日のやり取りが鮮明に蘇った。



――――コレ、先生方に通知しといてくれ


 

 そういって佐藤に手渡された書類。内容は確か『【息吹】のゲート封鎖について』だったはずだ。

 通知するよう指示されたあの書類を自分はどこにやった?

 あの時、来客を告げられ焦った自分はどこにその書類を置いた?

 すっかり忘れていた。管理官として通知しなければならない案件を口頭ですら行っていない。


 頭を振って深呼吸してから必死に思い出す。

 そう、確かあの時、受け取った書類をそのまま佐藤のデスクの黒い書類ケースに置いて……

 菅野はすぐに佐藤のデスクを確認する。そして呆然と立ち尽くした。

 目的の書類ケースの縁にテプラで貼られた4文字。「確認済み」


「~~~ッ!!」


 たまらず職員室のスケジュールボードまで駆けた。普段はのほほんとしている菅野が見せる剣幕に、何事かと職員が振り返るが気にしている場合ではない。

 そういえば近々、1年生の中間実習試験で息吹を使う予定になっていたはずだ。普段の授業ならばどうとでもなるが、連絡不行き届きで当日試験中止など目も当てられない。

 そして菅野は『息吹』の使用予定表を見上げてガックリと項垂れた。


「よりによって、今日、かぁ~~~……」


 何度見ても間違いなく、10時のラインに中間試験のマグネットシートが貼られている。

 完全にミスである。『息吹』のゲート事態が一時封鎖されるのだから、ゲートが開かず『息吹』には入れないはずで、安全上の問題が生じるわけではない。しかし試験は間違いなく延期になり、段取りが相当狂ったはずだ。

 責任問題になるほどではないが、管理官としては怠慢と言われても仕方のないミスである。

 後で担当二人の先生には頭を下げにいかなければなるまい。


「はぁ~ やっちゃったよぉ~~……」


 とにかく、落ち込んでる場合ではない。自分のミスで迷惑をかけてしまったのだ。

 先生だけではなく、準備してきた生徒にも頭を下げるべきだ。

 授業中だろうがなんだろうがまず謝罪をしなければ。

 そうと決まったら、と、菅野は小走りで1年の冒険科の教室へと向かう。そして扉をノックしようと右手を上げ、ガラス窓越しに教室をのぞきこんで首を傾げた。


「あれ…… いない……?」


 予想に反して無人の教室。ならば校庭か体育館かと行ってみるものの、冒険科の生徒たちの姿が見えない。

 どこにいったのだろうか不思議に思いつつ職員室に戻る。丁度デスクワークをしていた知り合いの教師に冒険科の生徒たちがどこに行ったかを聞くと、教師はキョトンと首を傾げてこう言った。


「どこって…… 今日は試験なんで『息吹』に行きましたよ?」

「…………え?」


 菅野は混乱する。


「い、いや、今日は『息吹』は封鎖されてて入れないハズなんですケド……」

「えっ? でも普通に入っていきましたよ? 間違いなくみんな『息吹』にいますよ」


 教師が、周囲の職員に同意を求めると、彼らも一様に頷いて返す。

 菅野は例えようのない焦燥感に襲われた。血の気が引いていく音が聞こえたような気がする。

 何が。いったい何が起こっているのか。

 封鎖されたゲートが使えるはずがない。権限者の設定は絶対だ。国が管理するガーデンで通達が出た以上、ゲートは間違いなく封鎖されているはずだ。ならば生徒たちはどこに行った? 

 菅野は呆然と呟いた。


「ウソ、でしょ……?」

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