アルタイマトリ聖帝崇国
潤はカティヴェ・ウェインスレイから様々な説明を聞く。
ミアたちの敵、彼女たちの住む世界、それらの強大さを知る。
きっかり三〇分後、ドアをノックする音が聞こえた。
「ジュン様、入ってもよろしいでしょうか?」
カティヴェ・ウェインスレイさんの声に俺がドアを開け、彼(?)と三人の異星人、そしてミアが部屋に入ってきた。リュキスヴェトリイェさんが俺の前に立ち止まり、軽く睨み付けてくる。蜂蜜色の髪に天使のような顔つき。でも彼女はいつも不機嫌そうだ。俺に何かを話し掛けてくる。それは人間の女性よりも更に高い声で、まるで小鳥の囀りのように聞こえた。
「リュキスヴェトリイェ様は『一体、何が聞きたいの?』とおっしゃっています」
カティヴェ・ウェインスレイさんが通訳してくれた。
「色々な。もっと深い話がしたい。とりあえず、楽な格好をしてくれ」
そう言うとリュキスヴェトリイェさんは俺のベッドに寝そべった。そしてベッドの空いた場所にミアとヴァルカートワさんが腰掛ける。俺は自分の学習机の椅子に座り、後の二人には悪いが立ってもらった。さて、
「どうして人間の姿をしているんだ?」
父さんの言う通り、異星人が人類とそっくりな姿なんておかしい。だったら化けているわけだが、問題はその理由・目的だ。人類に対して何をするつもりなんだ?
「それはこちらが聞きたいくらいだぜ。と言っても多分、あんたたち人類は理由を知らないだろうがな」
俺の問いにヴァルカートワさんが答えた。どういう意味だ⁉
「化けてるわけじゃないのか?」
「はあ? 何のためにだよ?」
俺の更なる質問にヴァルカートワさんが質問で返す。
「ジュン、あなたたちはリイェイッカじゃないの?」
「いや、俺たち人類は宇宙に進出してないよ」
ミアが不思議そうな顔をした。じゃあ本当にそれが本来の姿なのか?
この質問はこれ以上聞いても無駄な気がした。それじゃ他の質問にして話を進めようか。
「あんたたち、ミアの仲間だと言ったな?」
「ミア?」
ヴァルカートワさんが聞き返す。あ、間違った、本名は違うんだな。俺の中では『ミア』が定着してしまっている。
「私のこと」
「なんだ、プミアィエニのことか。その通り、味方だ」
「それで、敵は何者なんだ? ミアが闘っていたあれは何だ?」
ヴァルカートワさんはしまった! という顔をした。
「あ〜あ、俺は今、無性に『えっそれ何のこと?』ってとぼけたい気分になったぞ。とぼけてもいい?」
「駄目だ」
何言ってんだ、このふざけた男は?
「あんたたちにどんな事情があって、何と闘っているのか? 俺たちは巻き込まれるのか? その辺りを話してもらう」
闘いのことは俺の家族はまだ知らない。だから俺だけが聞いて確認しておく。家族を不安にさせたくない。これが家族のいない所で話をしたい理由だ。
ヴァルカートワさんは仕方ない、という顔をした。
「分かったよ。とりあえず、泊めてくれた恩人を巻き込まないようにするから安心してくれ。万一、巻き込みそうだったらここを離れるさ。
それから俺たちの状況だけど、まず聖帝崇国がな、えっと、キロメートル? 光年? ニンゲンって十進法だっけ? う〜ん分からん、カティヴェ・ウェインスレイ!」
「畏まりました」
ヴァルカートワさんが任せた、とカティヴェ・ウェインスレイさんの肩をバンバン叩くが、機械であるためか相手にしない。そして拍手をしようとするかのように両手を開いた。左右のてのひらの間の何もない空間に、銀河系の立体映像が浮かび上がった。
「これはわたくしどももジュン様も住んでいる『天の川銀河』でございます。直径は十万光年となります」
次に天の川銀河の円盤の一部の領域が点滅する。
「ここがわたくしどもの所属する国家、アルタイマトリ聖帝崇国の聖帝崇国星宙領(領土)です。銀河の中心から見て、外側に向けて六千二百光年、水平方向に六千三百光年、円盤と垂直方向に二千光年の大きさで、八二億の星系がございます」
カティヴェ・ウェインスレイさんは完全な日本語には翻訳しないで、『聖帝崇国』『星系』などの彼等の単語を使用しつつ、それの解説を追加する。
「聖帝崇国(帝国)には一億一三〇〇万種・四京一一四〇兆人の知的生物がいますが、ただ一種、一九四〇兆人の貴種天人という種族が支配者として君臨し、他の種族は知畜使具(奴隷)として隷従しています。アルタイマトリ聖帝崇国は現在も聖帝崇国星宙領の外側に向けて勢力の拡大を続けており、そこで遭遇した知的生物を次々と侵略・支配しているのです。聖帝崇国は十の領土、一つの皇星宙領(皇帝の領土)と九つの侯星宙領(藩侯司の領土)で構成されていて、皇帝陛下と九柱藩侯司(九人の藩侯司)、すなわち
メルフレイア・ガイノア首位等藩侯司、
サイカ・ホタモノ従位等藩侯司、
クアイアー・サロメネア参位等藩侯司、
フェアーサ・メゼクアルーダ肆位等藩侯司、
ワイエトディネ・オールーヴァエ伍位等藩侯司、
ノマイニセ・クワランヴァデト陸位等藩侯司、
ソホルーナイ・ファシムダク柒位等藩侯司、
ヒャーマインネ・ユーナーシャハ捌位等藩侯司、
ピアーネキュミ・タヴァランディ玖位等藩侯司
の九人が現当主としてそれぞれの侯星宙領を支配しています」
『六千光年』なんて言われても、とても大きいのだろうとは思うがピンと来ない。まあ異星人が四京人というのは確かにすごいな。そして太陽系みたいなのが地球の世界人口より多い八二億か。
「今、聖帝崇国は内憂外患の状況にあります。まず知畜使具の反乱。これは過去にもありましたが、近年では貴種天人が協力するようになり、星系を超えた広範囲な活動を行っています。また十八年前に、行方不明の前皇帝、アルタイメ家のサハーリエ[Ⅻ]二一世ネルハイオア陛下に代わり、弟君ユオハイオト・ネメアストラ殿下が新しい皇帝殿下として即位されました。それに対して九柱藩侯司は新皇帝へは表向きはともかく本音では恭順していません」
「カティヴェ・ウェインスレイさん、あなたも新しい皇帝を認めていないのですか?」
「わたくしはコンピュータですので、自分の意志と言うものがございません」
とんだタヌキだ。『皇帝殿下』なんてあり得ない言い回しをしたぞ。本来なら『皇帝陛下』だ。王族や皇族のうち『陛下』は国王や女王、皇帝といった国家元首を指すのに対して、『殿下』って国家元首でない、王妃や姫、皇太子のような人への敬称じゃないか。本当に心のない機械なのか?
「話を続けさせていただきます。聖帝崇国の現状ですが、ケンタウルス座方面でユグネト・ブレス・ディヴィカ粘蛮賊徘徊中宙域という強大な敵と遭遇しました。政体は恐らくアルタイマトリ聖帝崇国に似て特定種族が他の諸種族を支配する広範囲な国家だと推測されています。侯星宙領を接するクアイアー・サロメネア参位等藩侯司麾下の戦団(軍)が中心となって戦争中です。また射手座方面ではフェイリアムズ危険思想者出没宙域という多種族連合の星宙領と接していますが、こちらは各種族の平等を謳っており、積極的な戦争は望まないものの知畜使具の解放を要求しているために衝突が起こっています。更にフェアーサ・メゼクアルーダ肆位等藩侯司が独断で知畜使具の解放を決定し、フェイリアムズ危険思想者出没宙域と同盟を締結した上に抵抗組織(レジスタンス)への支援を開始しました。これらは聖帝崇国への重大な背信行為となります」
「でも違法行為じゃないもんね。聖帝崇国掟法に『するな!』って書いてないし」
ヴァルカートワさんが子どもみたいな言い方で抗議する。
「その言い分だと抵抗組織の味方みたいだな」
「『抵抗組織の味方』じゃなくて、俺たちが抵抗組織『真実の剱』なんだよ」
「ヴァルカートワ様とリュキスヴェトリイェ様は『真実の剱』のメンバー、プミアィエニ様とは初めてお目にかかりましたが、別の抵抗組織の方だそうです。そしてデベルナ=ユトマ様はフェイリアムズ危険思想者出没宙域から共闘のために『真実の剱』に派遣されました。『フェイリアムズ危険思想者出没宙域』というのはあくまで聖帝崇国側での呼称で、自称では『フェイリアムズ共同体』となります。同じく『ユグネト・ブレス・ディヴィカ粘蛮賊徘徊中宙域』も直訳すれば『ユグネト・ブレス・ディヴィカ帝国』となるようです」
カティヴェ・ウェインスレイさんがヴァルカートワさんの言葉を補足した。俺はカティヴェ・ウェインスレイさんに質問する。
「今の話だと、みなさんが戦闘をしている相手はアルタイマトリ聖帝崇国なのですか?」
「正確には聖帝崇国の行政府、ということになります。聖級輝位は別として、臣民の方は貴族も平民も共に支持・批判・無関心など、人によって様々です」
「オーボロワ? テネイロ?」
「聖帝崇国の市民は『臣民』と呼ばれ、平民と貴族で構成されます。そして臣民でない存在、支配者階級の人たちが『聖級輝位』です。雅言(詩的表現)で『天空の』と冠される聖級輝位は、アルタイマトリ聖帝崇国の頂点となる特別な身位等級(身分)の方たちで、臣民である一般人にとっては神に等しい存在、先程申し上げた皇帝陛下や九柱藩侯司の他、藩侯司に仕える侯従騎士などです。彼等は貴族や平民といった一般人と同じ場所には居ずに『聖域』と呼ばれる特別な場所で生活し、そこには臣民が立ち入ることは許されません。そのため、ほとんどの国民が一生の間に出会うことはありません。『人の社会は人が護るべき』と彼等は説きますが、人の力では防げない、惑星規模の災害やテロが起こる時、姿を見せる場合があります。
ちなみに貴族は六兆四千億人(貴種天人の三〇〇分の一)、
その中でも『二重の[Ⅻ]一/二〇〇』と呼ばれる名門は二四〇億人(八万分の一)、
そして聖級輝位の人数は公表されていませんが、推測では三万人以下(六百億分の一以下)と言われています。
参考として明治初期の人口比率で士族は日本人全体の二二分の一、華族は一万二千分の一、皇族は一二〇万分の一だそうです」
「俺やプミアィエニは貴族だな。貴族は必ず準結晶器がある」
ヴァルカートワさんはそう言って首の下、チョーカーの正面の膨らみを指差した。
「それがミエニキアーファ? 一体何なんだ?」
「ああ悪い。これ自体は準結晶器じゃなくて宝玉窓と言ってだな、と言うかバンドは頸覆帯だ。そもそも準結晶器というのはええと、
カティヴェ・ウェインスレイ、任せた!」
ヴァルカートワさんはカティヴェ・ウェインスレイさんの肩をバンバンと叩いた。
「畏まりました。準結晶器とは貴族や聖級輝位の胸の内臓器官の隙間に埋め込まれた装置のことです。そして準結晶器が外部と電磁波で情報をやり取りするための入出力装置として首に埋め込まれたのが宝玉窓です。宝玉窓を覆うバンドは頸覆帯と申します。貴種天人は両親のものをベースに調整した遺伝子が投入された『胎体孵成器』という装置で生まれますが、貴族と聖級輝位の場合はこの時に準結晶器と宝玉窓が体内に埋め込まれます。これは保持者の死亡、或いは体内からの摘出が起こると内部の炭化水素が分解されてゲル状に変化します。これによってそれまでの原子の配列情報が失われるため、他者への移植はおろか解析も不可能となっています。この装置によって、貴族は先祖代々の知識を引き継いでいます。
また誕生前に胎体孵成器に知識を投入することで貴族と聖級輝位は誕生時には教育が終了した状態になっています。胎体孵成器も解析できないために原理は不明ですが、誕生後も宝玉窓から知識の入力が可能なので、恐らく準結晶器からバイオナノマシンを分泌して脳細胞に知識を書き込んでいるのではないかと推測されます」
なるほど。ヴァルカートワさんも恐らくミアも、そうやって日本語を覚えたんだな。残りの二人が日本語を話せないのも、そういう仕組みを利用できないからか。
「更に臣民と異なり聖級輝位の準結晶器には特別な機能があり、特に九柱藩侯司ともなれば恐るべき力を有していると言われています。藩侯司を守護する侯従騎士も事実上無敵の戦闘力を有し、雅言で『冥界遣者』(死神)、『主星守護者』(星を護る者)と言われています。ただし詳細は明かされていません」
「藩侯司のは『神の如き力』と言われているぜ。それが戦局を左右している」
ヴァルカートワさんが補足した。
「すごい技術ですね」
俺が感心するとヴァルカートワさんは顔をしかめて首を振る。違うのか?
「すごいかも知れねえが、俺たちのものじゃねえよ。喩え俺たちの体内にあろうが、あくまで皇帝のものだ」
カティヴェ・ウェインスレイさんがその理由を説明する。
「聖帝崇国の科学技術でも特に超高度なものは皇帝陛下が独占しており、これらの技術情報は非公開となっています。しかも聖帝崇国の一般的な科学技術とは技術レベルに大きな隔たりがあります。これらは『皇帝の恩恵』と呼ばれ、胎体孵成器、準結晶器、星系間航行装置などが該当し、皇帝庁の皇室至宝管理室が管理しています。皇帝の恩恵については、承認のない移動などの不適切な運用、解析行為などは国家反逆罪の対象となります。特に解析行為は皇帝への反逆と同様、聖帝崇国掟法で最も重い罪咎(刑罰)になります」
「最も重い罪って、やっぱり死刑ですか? それもなるべく苦しむ死なせ方で?」
「その反対です。貴種天人生活権(人権)が抹消される貴重なケースなので、厳重な管理の中で通常の貴種天人よりも長生きするでしょう。主な用途は、通常なら倫理的に許されないような内容の人体実験などです。昔は肉体を改造して見世物にしていたこともありましたが、現在ならそのような勿体ない利用は行われないでしょう。ちなみにこの罰刑は本人と配偶者、及びその子までが対象となります。もっとも国家反逆罪で最大級の罰刑など、余程のことがないと適用されません。最後に適用されたのは地球の暦で言うと一一五六年前、西暦八六四年、日本では平安時代の貞観六年です。一方、単なる破壊などは死罰殺刑(死刑)です」
エゲツないな、人体実験か。生き地獄になるということか。しかも無関係で罪のない家族まで。
その時、ずっと黙って話を聞いていたリュキスヴェトリイェさんが何かを言った。
「リュキスヴェトリイェ様の言葉を通訳致します。『理不尽な極刑』が稀有な例なのはあくまで貴種天人にとってであり、知畜使具は多くの種族が理不尽な行為を被ってきた、とのことです」
「まあ、ダルファーツィエ人の従星サカルヴェキュは『神乃手』の被害を受けたからなあ」
ヴァルカートワさんがしみじみと言った。その口調には被害者への共感が強く滲み出ていた。
「そのベデュアマーハって何ですか?」
「悪魔の兵器だ」
俺の問いにヴァルカートワさんは忌々しそうに、ただそれだけを答えた。
「そう言えばさっき西暦と和暦を言いましたけど、聖帝崇国の暦はどんなものですか? と言うか、暦はあるのですか?」
「あります。長さや質量と同様、時間という物理量の単位、及び時刻や暦は当然ながらほとんどの知的生物が有しています」
「ほとんど、って暦を持たない異星人がいるんですか?」
「はい。少なくとも物理単位は全ての知的生物が有しています。これは科学のみならず日常生活にも必須だからなのでしょう。ですから時間の単位を持たない種族は存在しません。しかし暦を持たない種族は極わずかながらいました。それは豊かな生物相の中、食物の心配を始め生命の危険が乏しく、その種族の精神性もあって歴史を振り返らず、同じような日常を繰り返して生きている種族でした。また時刻の概念がない種族も、少数派とは言え存在します。
地球の場合は主星(太陽などの恒星)による照射が二四時間周期で変化し、生物のリズムに影響を及ぼしています。また一年という季節の変化は農業を営む上で重要ですので、人類にとって暦は重要なのです。同様に暦を重視する種族の例として星系カシナーレ、地球の呼称でグラフィアス、または蠍座ξ星の第三従星ノトファーノイは平均気温は地球よりやや低く気圧は同じくらい、『一年』の長さが地球の二年八ヶ月の星で、液体の水が地表に河や湖として存在していますが海を形成するほどではありません。そこには農業主体のマサルーセイ人がいます。彼等にとって『文明』とは『大地を作り替える』ことであり、農業という枠を超えて河や山、湖といった地形を造ります。人類の造園に似ていますが規模と程度が異なります。植物型生物を食料とする種族ですが食用としない植物型生物の他に動物型生物の生息環境も造り、一つの生態系を造り上げるのです。それを小さな空間でなく広範囲に全ての人が共同で造り上げ、従星ノトファーノイ全体が改造されています。彼等には家や部屋はなく、創造した自然の中で暮らしています。箱庭的創造欲求と快適な居住空間を望む欲求が文明の根幹を成していると言えるでしょう。
歴史の中で自らの環境構築に都合の悪い動植物を次々と滅ぼしてきたマサルーセイ人は、情報と状況の保存を尊ぶ人類の価値観では『環境破壊』と感じるかも知れません」
「そういう言い方をするのは、環境保護が人類独自の価値観でしかないと言うことですか?」
「人類のみではありませんが、宇宙に無数にある価値観の一つでしかありません。人類の認識では人間の行為の一部を『反自然』だと考えているようですが、『反自然』というものは宇宙になく、単なる人間の散文的解釈なのです。科学はあくまで自然の一部であり、自然を凌駕するものではありません。そして科学を行使する知的生物の行動も自然そのものであり、文明自体も単に先鋭化された自然現象に他なりません。『人工』を『自然』の一部と見做さないのは『人間』を『動物』の一種と見做さないのと同じような恣意的な解釈なのです。
誤解のないように申し上げますが、環境保護を否定しているのではありません。価値観とは知的生物にとって最も重要なものであり、それを大切にするのは知的生物の在るべき姿だと言えるでしょう。ただそれが知的生物によって異なることは留意すべきです」
要するに価値観の一つでしかないが、それを重視するのはおかしくないということか。俺はやっぱり人間だからか環境破壊はあって欲しくないな、と思う。
「ほとんどの生物圏にとって主星光によるエネルギー供給は必要であり、知的生物の生活にも影響を与えるのですが、充分な主星光の照射を受けた従星(貴種天人特有の概念で恒星以外の天体。惑星や彗星、小惑星など)でも、光がほとんど届かない海中に住む種族や、それ以上に多い例として不透明な気体に覆われた従星の種族では、昼夜という概念と共に時刻も持たない種族も少なくありません。昼夜がなくとも時刻を持つ種族の方がやはり多いのですが。地球に対する月のように公転と自転が同期している従星もありますが、そのような従星は原理的に主星に近過ぎて従星の表面温度が相当高温になるため、知的生物が発見された例はありません。もっとも、地中深くに有機化学反応の溶媒となり得る摂氏二四〇度の有機溶媒の広大な地底海があり、その海に微生物のいる生物圏は発見されています」
「そう言えば、ファエサーラウ人は時刻と場所とか細かかったよな?」
ヴァルカートワさんが口を挟んだ。
「ファエサーラウ人?」
俺の疑問にカティヴェ・ウェインスレイさんが答えた。
「ファエサーラウ人は星系サーナクーア、つまり小熊座α星または北極星の星系に属する従星セイーラカーナエに住む、飛行能力を持つ知畜使具です。飛行能力を持つ知的生物は非常に希少で、空を飛ぶためには大きな翼とそれを動かす強い筋力が必要な一方で、体をかなり軽くしなければなりません。そのために様々な機能を切り捨てる必要が生じます。例えば地球の鳥類は植物繊維の消化に必要な、腸内微生物叢(腸内細菌など)を持つ大きな消化器官を持つことができず、食料の制約が生態の多様化に制約を科しています。理由はまだ不明ですが知的生物は能力に汎用性があるものがほとんどで、特定の能力に特化した知的生物はかなり少数派なのです。
従星セイーラカーナエは公転周期が地球の暦で三二一年で公転面に対して自転軸が八二度も横倒しであり、主星光の照射が乏しいこともあって三二一年という長い『一年』の中、微生物は通年で生命活動を行うものの、地球の動物や植物に似た高等生物のほとんどは北極か南極のいずれか一方に生息し、極地が主星の方角を向く『夏』の季節以外の二九〇年は仮死状態となって冬眠します。
そのうちの極わずかな例外の一つがファエサーラウ人で『北部夏期(北極の夏)』の季節の三四年間は北極に定住し、『北部夏期』が終わると南極に向けて一二六年間の長い『渡り』を行い、『南部夏期(南極の夏)』の三四年間は南極に定住します。極地間の移動中の一二六年間は極寒の不毛の地で希少な食べ物を求めて広範囲に飛び回ります。興味深いことにファエサーラウ人は定住する『北部夏期』『南部夏期』と渡りをする『冬』とで文明の傾向と発展ペースが大幅に変わります。ところで地球では日本とエジプトのように経度が異なると地方標準時が異なり、緯度が異なると日照時間が変わりますが、ファエサーラウ人の移動グループ、すなわち国家はそれぞれが日光の方角が変わるほど大きく離れている上、当然ながら移動により座標も変わっていくため、彼等の時刻と暦は座標・方角と連動して複雑な形式となり、欧州での中世と同等の文明レベルだった時代では、それぞれの国家に於いて暦と座標の算出方法は国家機密、それを行う専門家の一族は裕福な人生が約束されていました。今でもその暦と座標は計算は複雑なものの利便性と文化的様式美のために現在でも使用されています」
北極星って飛行能力のある異星人がいるのか。
「人類のように歴史を重視し、暦と時刻の概念を持つ種族は多数派とは言え、数が十進法であるにも拘わらず時間が六十進法であったり、日と年の他に曜日、更に不規則な期間の月も使用している種族は、希少というほどではありませんが少数派です。
さて、ジュン様。他に聖帝崇国についての質問はあるでしょうか?」
聖帝崇国について、と言われてもまだ知らないことばかりだ。今聞いた話だって消化し切れていない。話のほとんどを明日にも忘れているような気がするけど、必要になればまた聞けばいいか。他に何を聞くべきかと考えて、重要なことをまだ聞いていなかったと気付いた。聖帝崇国の話はもういい、むしろこちらが本題だ。もしかして俺はコンピュータにはぐらかされたのか?
「どうして地球へ?」
俺の問いにカティヴェ・ウェインスレイさんの表示している天の川銀河の一部が白く点滅を始めた。アルタイマトリ聖帝崇国の聖帝崇国星宙領のうち、比較的銀河中心部に近い領域だ。
「現在、点滅している箇所がノマイニセ・クワランヴァデト陸位等藩侯司の支配する侯星宙領です」
今度はその侯星宙領内の一点が赤く光った。
「これは日本語でケンタウルス座の『HR 4523』または『LHS 311』という名前の星系です。この星系を拠点とする抵抗組織が存在します。
わたくし共の『真実の剱』は以前からこの抵抗組織と情報交換などの協力を互いに行なっていましたが、先日救援要請がありました。急遽星系LHS 311に駆け付けたのですが、残念ながら既に壊滅していました。ただ不幸中の幸いとして、宇宙船で他の星系へと逃亡した痕跡があったので、ここまで捜索にやってきたのです。それがプミアィエニ様でした」
「俺たちに連絡くれたのが彼女だ。まあ、とにかく生き延びた奴がいて良かったよ。
プミアィエニ、今あんたたちはどこにいるんだ? 何人残っている?」
ヴァルカートワさんは早口でまくし立てて
「あ、悪い。矢継ぎ早に質問攻めにしても仕方ねえよな。まずはあのスカした隊長だ。あいつに全部聞いてやる。こういう面倒事は隊長の仕事なんだよ」
「……なの」
ミアが何か言ったが、声が小さくて聞き取れなかった。俺とヴァルカートワさんは彼女の言葉を聞こうと耳を澄ます。
ミアの頬に涙の筋が生まれる。
「……私だけ、……なの」
『生き残ったのが』ということだろうか。
誰も口を聞く者がいなかった。
♦ ♦ ♦
ヴァルカートワさんたちは一階に戻った。俺の部屋ではミアがしばらく泣いていたが、ようやく落ち着いてきたところだ。もっとも、元気になったわけじゃない。
「ミア、疲れているだろう。今日はもう寝よう」
俺が言うとミアはコクリと頷く。でも動こうとしないミアの手を取り、立つように促すと、抵抗するでもなくノロノロと立ち上がった。俺は部屋のドアを開けると、まるで意志を失った脱け殻のようなミアを手を引いて誘導し、隣の姉さんの部屋の前に来た。
姉さんの部屋に入ってしまう前に、ミアに何か言ってあげたい。言葉を探すが、すぐに諦める。どんな言葉を掛けようと、人が蘇るわけじゃない。
「ミア、俺にできることはあるか?」
自分でも考えがまとまらないうちに、思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。
「ううん、大丈夫」
無理して作る笑顔が痛々しい。大丈夫なわけないだろう?
「何でも俺に話してくれ。聞いてあげるだけしかできないけど、少しは気が楽になるかも知れない」
ミアは弱々しく頷く。気のない反応。俺の言葉がミアの心に引っ掛からず、すり抜けていったことを感じる。無理もない。俺には、そして俺の言葉には、何の力もなかった。
ミアの力になりたい。だけど俺にできること、言えることは所詮その程度だった。
♦ ♦ ♦
「なあカティヴェ・ウェインスレイ。さっき『星系』とか、貴種天人語でジュンに説明してたよな。なんでニホンゴで説明しなかったんだ?」
ヴァルカートワがカティヴェ・ウェインスレイに訊ねた。
「必要だからです。あの方は今はそのつもりはないでしょうが、いずれ仲間になります」
「何故、そう思う?」
「勘です」
「勘かよ。でも、お前の勘は当たるからなあ。演算機(コンピュータ)のくせに」
ヴァルカートワは一応、納得した。彼等はなるべく伊佐那 潤の不安を煽らないように、情報を小出しにしていた。折を見て説明するつもりで、まだ言っていないことがある。
人類の住む太陽系の位置を説明していない。
六,三〇〇光年の版図を誇るアルタイマトリ聖帝崇国全体から見れば、三〇光年先に位置する太陽系は星系『LHS 311』からほんの目と鼻の先であり、それは九柱藩侯司の一人ノマイニセ・クワランヴァデト陸位等藩侯司の支配する侯星宙領のただなかにあった。
次回は聖帝崇国の軍用宇宙船が登場します。軍事行動ですが戦闘はありません。