第一話 秋が来て、合唱祭の季節に 〜その5〜
「萱森君と何かあった。なんか、元気なかったから。暮葉が怒ってたら悪いんだけど、暮葉にピアノを弾いてもらいたいって言ったのは私なの。それで説得してもらうのを萱森君にお願いしたの。私が言うと、なんか気まずくなりそうで、つい他の人にお願いしちゃったの。だから、ほんとごめんね。」
謝る由香里に私の怒りは冷め切っていた。
「別にもう何とも思ってないから。それに由香里が私を選んでくれたってわかって、本当にうれしかった。でも、私じゃなくても、他にやる人いっぱいいるから、他にお願いして。」
私は由香里との仲を大切にしたかった。
「ダメ。他の人じゃダメなの。私は暮葉のピアノがいいの。暮葉は私の誕生日にショパンを弾いてくれたじゃん。私はあんな切ない暮葉のピアノが、私はいいの。私がやる気ないやつを全部なんとかするから、お願い暮葉。」
手を合わせる由香里の説得に、私は困り果てていた。
断れば関係にひびが入る。
拓海との関係にも、完全にひびが入っている今、これ以上自分の人間関係に傷を負いたくはない。
だけど、目の前の受験で目一杯になりつつある私に、これ以上の負担を背負える精神的余裕もない。
何とか事態を打開したい私は、由香里の手に自分の手を添えた。
「ねえ。私は由香里が思っているほど上手くはないよ。なんか由香里、ちょっと頑張りすぎて疲れてるんじゃない。もうちょっと冷静に、いろんな人に当たってみてよ。私も一応考えておくから、ね。」
私は由香里を連れて教室に戻った。
結局その日の放課後は、何もせず、何も決まらないまま解散になった。
教室中が有耶無耶の中、私は早々に校門を出た。
学校のグラウンドに沿うように伸びる真っ直ぐな一本道を歩いて踏切を渡ると、もうすぐ私の家。
学校から十分ほどの通学路を足早に、私は家路を急いでいた。
その通学路の途中には墓場があって、私の家の墓もそこにある。
昔からこの場所にあったため、周辺に住宅地が造成されても、この墓場だけは残された。
だから、今となっては、この場所に墓場があること自体を嫌がる住民も出てきている。
いつも気にすることなく通過する墓場の前で、私は足が止まった。
私の家の墓石を前に、拓海が立ち尽くしていた。
しばらく様子を伺ったが、まったく動く気配はない。
横顔は今にも泣き出しそうな、切なさを浮かべている。
私は、拓海の後ろに近づいた。
「なにしてるの。」
聞こえているはずの私の声には耳も貸さず、拓海はじっと墓石を見つめている。
拓海と私は、よくこの墓場でも遊んでいた。
お盆になれば、一緒にお墓参りもして、提灯を持って夜道を歩いた。
「俺、暮葉に悪いことしたなって思って。今まで、暮葉を本気で怒らせたことなんて一度もなかったし。俺が生まれたときには祖母ちゃんは居なくて、暮葉の祖母ちゃんにすげえ可愛がってもらったから。暮葉の祖母ちゃんにいつも、暮葉と仲良くしてくれって言われてたのに、今日初めて暮葉を泣かせてしまって。暮葉が辛いからと思って、無理して話さないようにしてきたけど、それも良かったのか、俺にはわからない。」
拓海は確かに、私ではなく、私の祖母と話をしていた。
私は、拓海の背中を黙って見つめるしかなかった。




