第一話 秋が来て、合唱祭の季節に 〜その3〜
昼休みになると、私の周りに人だかりができた。
「ねえ暮葉、伴奏やってよ。」
一番聞きたくない話が、私の耳に飛び込んできた。
曲が決まれば、今度は指揮者と伴走者の推薦が始まる。
毎年の光景だったが、それが選りに選って自分のところに来るとは思ってもみなかった。
いつも気配を消し、存在感を薄めて、教室の中で透明な存在で居るよう努めていた私。
今回も無事に選曲を乗り越えて、このまま行けば、最後列に小さな声で合唱祭に参加する予定だった。
私にも事情がある。
ピアノは幼稚園の頃から始めて、この四月までレッスンを続けてきたけれど、受験を考えてこの一年はレッスンを休むことにした。
学区で一番の進学校に入ることが、私と私の家族の希望。
受験最優先で部活は早々に引退し、夏休みは夏期講習の予習復習に明け暮れた。
日焼けすることなかった私の肌が、この半年の努力の証。
その甲斐あってか、今は模擬試験でA判定をもらえるようになったし、三者面談でも堂々と志望校を言えるようになった。
私は今の状況を変えたくはなかった。
第一志望を誰にも邪魔されたくはない。
学校のことなど無関心で、自分のことだけを考えて入試当日へ向かって走り始めた私は、突然目の前にハードルを置かれた気分は最悪。
到底承諾できるわけもなく、私はきっぱりと断ると、そのまま教室を飛び出した。
屋上に出た私は、金属フェンスを掴むと、眼下に広がるグラウンドを見下ろした。
自分の中から沸き起こる怒りで、フェンスを握る手に力がこもる。
「中村。なんか、みんなが詰め寄ったらしくて、本当ごめん。俺が、中村のピアノがうまいって言ったから、みんなが押し付けようとして。そんなつもりなかったんだけど。」
拓海の視線が、私の背中を突いた。
「放っておいてよ。」
私は、不満を撒き散らしていた。
収める場所がない不満の捌け口として、私は拓海を選んだ。
選んだというより、そこに居る人なら誰でも良かった。
私は邪魔されたくなかった、自分の未来と、自分の生活を。
ピアノの練習時間だって馬鹿にならない。
そんな時間があるのだったら、机に向かう時間に充てたい。
休み時間、通学時間、通塾時間・・・細切れの時間を切り詰めて、勉強時間を確保してきたこれまでの生活。
これからは、大っぴらに勉強できる時間と環境の確保が、私にとっては最大の関心事。
誰にも邪魔されたくないプライベートに土足で踏み込まれた私は、後味の悪い喪失感を噛み締めていた。
「あのさ、中村。」
「こんな時に苗字なんかで呼ばないでよ。」
言いかけた拓海の言葉を遮るように、私はフェンスの向こうへ声を張り上げた。




