第一話 秋が来て、合唱祭の季節に 〜その2〜
三連休を目の前にして、学校では合唱する曲の選択が始まった。
学年ごとに課題曲が用意され、その中から各クラスごとに曲を選択して発表する。
もちろん、クラスの数だけ曲が用意されているので、同じ曲を合唱することはない。
けれど、人気のある曲は、複数のクラスが選択するので、その場合、学級委員がくじ引きして決めることになる。
一方、私のクラスでは、相変わらずの体たらくで、まったく合唱祭をする雰囲気ではなかった。
「何でもいい。適当にやればいいんじゃねえの。」
気力ゼロの発言が、ホームルームに当然のごとく響く。
それを制する素振りも見せず、担任の樺沢先生は、窓際に置いた椅子に座り、窓の外を眺めているだけ。
「一応うちらも選べるんだから、うちのクラスとして、ちゃんと選んだほうがいいと思う。」
学級委員の由香里は、決壊寸前のクラスの防波堤として、いつも奮闘していた。
「長部さんの言うとおりで、選ぶくらいは、俺たちでちゃんとやろうよ。」
もう一人の学級委員の拓海は、教卓に手を突いて、今にも身を乗り出しそうな様子が毎度のことだった。
この二人が、解けそうな結束を必死に締め付ける役回りを背負って、何とかこの半年やってきたこのクラス。
自立という美名のもと、樺沢はこのクラスの運営を二人に任せきりで、自分は何かと忙しいと言っては、学校行事を適当に往なしてきた。
その点、樺沢より十分頼りになる存在で、私はこの二人を尊敬していた。
由香里と拓海は、これだけの駄々っ子を何十人も抱えた親のようで、私は見ていて切なくなることがある。
何と言っても、この二人だって、拓海は推薦というやらせで、由香里は推薦ゼロでくじ引きの結果で指名された被害者。
やりたくもない仕事を押し付けられて、私からすれば不憫でならなかった。
しばらく沈黙が続く重苦しい雰囲気に包まれる教室。
何かを言い出せば責任を問われる、一触即発のはち切れそうな状況が居た堪れない。
私は下を向いた。
頭の上を意見が通過して、なるようになってくれればそれでいいと思っていた。
時計の針が進む音が教室に響く。
「萱森君、長部さん。煮詰まっているんだったら、僕もちょっと発言していい。」
樺沢の声が響いた。
私は、ゆっくりと頭を上げた。
ずっと窓の外しか興味を示さなかった樺沢が、ゆっくりした声で語り始めた。
「みんなの意見がないみたいだから、僕が意見を言うね。僕が去年の合唱祭を聞いていて、好きだった曲が『虹』なんだよね。候補がないんだったら、この曲にしてくれる。」
樺沢は語気を強めることなく、淡々と言葉にしていた。
「そんなレベルの高い曲を、このクラスにできるわけねえじゃん。」
男子の中でただ一人、幼い頃からピアノを習っている結哉が噛み付いた。
「さっき君らは“何でもいい”って言ってたよね。だったら、僕の希望を聞いてくれるかな。」
樺沢は、諭すような優しい物腰で言うと、二十歳も違う生徒に対してへりくだっていた。
教師に下手に出られては、屁理屈が上手い生徒も反論することはできない。
黙りこんだ教室は、無言の満場一致で曲が決まることになった。




