第一話 秋が来て、合唱祭の季節に 〜その1〜
夏の余韻が完全に消え去った十月。
私の中学校では、毎年恒例になっている合唱祭の季節がやって来る。
大したイベントのないこの町には、住民の来場も自由で、毎年中学生の歌を楽しみにしている人も多いらしい。
現に毎年合唱祭が行われる学校の体育館には、用意されたパイプ椅子を埋め尽くす人が訪れていた。
中学生を繰り返すこと三回目。
とうとう私も、中学校に残ることが許されない年齢になってしまった。
そもそも合唱祭というものは、楽しみにする地域住民と、指導に熱を入れる教師のためのもので、私にとってはさほど大事なものではない。
大体、素人の指揮に合わせて、素人のピアノと素人の合唱を聞いて、何を感動するのだろうか。
私にとっては、合唱祭なんて巨大な時間の無駄でしかなく、それに強制動員される立場も考えてもらいたくて仕方がない。
何しろ練習するだけでも一苦労。
下手な指揮にみんなが惑わされ、音痴な人ほど声が大きい。
実際に始めてみれば、やる気のない男子と我慢して練習する女子が喧嘩する日々。
毎年同じことを繰り返して、誰も反省しないことの方が驚くべきことで、これが舞台裏の真相。
もっとも、指揮者は公平という名のくじ引き、伴走者は推薦という名のやらせ。
これでやる気と結束力が高まるはずもなく。
結果を見れば益々無惨で、振り返りたくもない忌わしい記憶でしかない。
家に帰れば、一家総出で鑑賞に来ていた家族から批難の嵐。
「どうして、貴方たちのクラスは、あんなに下手くそなの。よくあれで、人様の前に出て歌えるわね。」
母親の小言が延々と続き、最後に父親から、
「最近の学校は、あんなのでも注意されないのか。」
と、ありがたい苦言をもらう。
それが二年も続けてだから、私一人の問題ではないことは、両親もさすがに理解していた。
三年生へ進級するにあたって、当然クラス替えをした。
けれど、蓋を開けてみれば、ステージ上での学級崩壊。
体育祭をやれば、最下位を独走し、球技大会をやれば一回戦敗退する有様。
勝敗が決まってしまえば、隣の応援席で暑さを紛らす無駄話に花が咲く。
早々に負けてしまえば、その分だけ教室で喋っている時間が増える。
努力しないことで、楽しみが増えることに味を占めて、私のクラスというのは妙な凝集力をもっていく。
私は、学校生活を充実させる方法に、頑張ることと頑張らないことの二つがあると思う。
堕落するクラスにすっかり染まった私は、頑張らない楽しさを人生が始まって十四年で会得してしまった。
「今年は最後だけど、それなりに合唱らしくなるの。そうは言っても、半分はあきらめてはいるけどね。お母さんとしては、一回くらいまともな合唱を見たかったなあ。」
キッチンでテレビを見る私に向かって、私の母は洗い物をしながらで、その背中が振り向くことはなかった。
「見たかった・・・って。まだ終わってもいないのに。」
私もテレビから視線をそらすことはなかった。
私の母の中では、これから練習を始める今年の合唱祭も、すでに過去のものになっている。
何度か行われた授業参観に来た母は、私のクラスが期待薄なことを漠然と掴んでいた。
そういう場の雰囲気を読み解く感度が鋭い私の母は、体育祭も球技大会も全滅することを予言していた。
実際、まったくそのとおりになって、私の母は今度の合唱祭も“やるだけ無駄”と切り捨てた。
「まあ貴女の成績は、そんなに悪くはないし、高校受験だけは、ちゃんとやってくれればそれでいいわ。」
私の母の関心は、すっかり年が明けていた。




