第三幕 きっと私はきらめいて 〜その1〜
音楽室のグランドピアノは随分な年代物。
昭和42年寄贈とあるから、今から40年も前の代物ということになる。
長い間、この部屋に居座って、入れ替わり立ち替わりする生徒と比較して、私はどう映っているのだろうか。
朝は教頭先生と一緒だったから気にもかけなかったけれど、一人でピアノに向かうのは気が重い。
私はブレザーを脱いで椅子の背もたれに掛けた。
「そういえば、暮葉のピアノを初めて聞く人、多いんじゃない?」
由香里は、椅子に腰掛けたばかりの私の肩に手をかけた。
考えてみると、ピアノ教室での演奏会など、自分一人でステージに立つことは珍しくない。
ドレスを着て、少しおめかしをして、立ったステージに当たるピンスポット。
すべての視線を一身に浴びる緊張感と快感に襲われる。
自分のペースで演奏を始めて、終われば自分だけが喝采を浴びる。
もちろん、放課後の音楽室で、友達だけのミニコンサートのようなことはやったことがある。
だから、学校の中で、私がピアノを弾けることを知っている人は少なくない。
けれど、合唱の伴奏は、今まで経験したことがなかった。
伴奏とは、一種の独占欲を押し殺して、合唱の縁の下に徹するということ。
こんな窮屈な演奏をしたことはない。
こんな窮屈な制服を着て演奏したこともない。
歌う生徒を前にして、照明もないステージの一番奥に押し込められて演奏したこともない。
段々思い詰めてみると、指揮者に合わせて演奏したことなど一度もない。
教頭先生の懐柔策に乗せられて、物事を簡単に考えていた私は、徐々に不安に駆られ始めていた。
私の前奏に続いて、クラス全員が歌い出した。
譜面台越しに、私は樺沢の様子を伺った。
順調な滑り出しに、窓際の席に座って様子を見ていた樺沢の表情に安堵が感じられた。
少し嬉しくなった私は、また鍵盤に視線を落とした。
指揮をする結哉の手が止まり、私の伴奏の音が消えると、一瞬の静寂を置いて、誰からともなく歓声が上がった。
一度もなかったクラスの一体感というのが、私にも感じ取れた。
湧き上がる雰囲気を抑えるように、樺沢は全員に楽譜を見るよう指示した。
ピッチを外した箇所、音の長さが違う箇所を次々と指摘する。
まずはスコアのとおりに曲を起こす。
それから、自分なりのアレンジを施していく。
音楽の基本を、樺沢は言葉を丁寧に説明した。
生徒の顔が納得するまで、一人一人の顔を見つめて語りかける様子を、私は一人ピアノの前から見つめていた。
ここからは、樺沢と生徒の根比べが始まることは、わかっていた。
一回は気持ちよく歌わせる。
でも、二回目から、樺沢は合唱を何度も止めた。
止めては、修正箇所を指摘して、微調整することの繰り返し。
これが、やらされる側としては、フラストレーションが溜まる一方。
だれる顔、ふてくされる顔が次々と現れ、一気に雰囲気は沈み込んでいく。
勢いでスタートしても、最後まで勢いは続くものではない。
なんで歌うのか、その意味もわからないまま突入した合唱際の強調週間に、結局は意味を見出せないまま。
伴奏している私も、この意味はわからないまま。
学校行事の一翼を担わされた瞬間、とても息苦しい辛さだけが募っていく。
手詰まり感が出てきた音楽室は、夕暮れまで奮闘が続くこととなった。




