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第二話 虹色の気持ち 〜その5〜



 教室に戻ると、音楽室以上に寒々としていた。


 開いていたドアから中へ入ると、一斉に視線が集まる。


 迫ってくるようなたくさんの顔が痛い。


 授業中に勝手に抜け出して、樺沢の依頼まで拒否した私を、この教室が受け入れるような状況にないことは、すぐにわかった。


 ただ私には、怠けることに慣れきったこのクラスが、なんで沈んでいるのか理解できない。


 また適当にやれば、やり過ごせるのに、なんでこの人たちは落ち込んでいるのだろうか。


 きっと、樺沢の異様な熱意を、生徒は敏感に感じ取ったのだと思った。


 尋常ではない樺沢に、初めて本気を感じた。


 それは、私も同じだった。


 だからその本気が、私には熱すぎて、火傷しそうになってしまった。


 一気に上昇する自分の体温を下げるには、私は外に出るしかなかった。


 そんなことは誰も知る由もなく、理解できるわけもなく。


 何を言ってもいい訳になるだけで、私は何も言わずに立ち尽くしていた。


 教卓の上に座ったままの樺沢は、生徒の視線につられてようやく私を確認した。


 「おお、悪かったな。なんか無理言ってしまって。」


 樺沢の目を潤す涙が、薄っすら厚みを増したような気がした。


 「ごめんなさい、ちょっとフラッとしてきました。でも、すっきりしました。ちょっと冷静なって考えて、私にできることをやろうかなって思って。」


 私は真っ直ぐに樺沢を見つめ返すと、樺沢の目つきが変わった。


 樺沢は、私を真っ直ぐに見つめ返してきている。


 私は、手にしていた楽譜を胸の前に掲げた。


 「これ、やっぱり私がやります。この楽譜は、私のものだと思います。なんとなく、私を待っているような気がします。ダメですか?」


 樺沢は凍り付いたように、視線をそらさない。


 「いいんですか、本当に。」


 私は大きく頷くと、樺沢は座っていた教卓から立ち上がると、私の手を上から握った。


 「中村さん、ありがとう。本当にありがとう。」


 薄く柔らかい手だった。


 繊細な、確かにギターを弾くような、細く綺麗な指だった。


 私の手を離した樺沢は、振り返ると小声でつぶやいた。


 「よし、優勝できるぞ。中村がやるんだから金賞、取れるかもしれないな。」


 樺沢の言葉に一瞬、教室が引き締まった。


 緊張感と高揚感が入り混じる、とても気持ち悪い感覚。


 「とりあえず、役者が揃ったから、これで何とかなるだろう。」


 これから合唱祭を仕切るのは、やっぱり結哉だった。


 短縮授業だと、すぐに昼休みが来て、あっという間に放課後がやって来る。


 「ねえ、もちろん練習するよね?」


 由香里がクラスを早速煽った。


 「俺が指揮をやるから、ちゃんと練習してくれよ。」


 結哉は学生服を脱ぎ捨てて、もうYシャツ一枚になっていた。


 「みんなも予定があるだろうし、短時間で練習して、早く終わろうよ。」


 拓海は不満を溜めている男子をうまくまとめてくれた。


 「おい、音楽室に移動だ。」


 樺沢が駆け込んできて、生徒を急かした。


 樺沢は、拓海に音楽室の鍵を渡し、教室に残って練習を渋る男子を一人ずつ追い出しにかかる。


 「今日、無理やり音楽室を取ってきたから、頼むよ。」


 樺沢は一人ずつ生徒にお願いして回っていた。


 「なんか知らないけど、樺沢は気合入ってるよな。」


 口々に樺沢の熱意に根負けした男子が愚痴をこぼしながら、仕方なく廊下を歩いていく姿を見届けると、私は最後に教室を出た。


 廊下で待っていた樺沢と目が合った。


 「こんなことしかできないけどな。」


 樺沢は言葉をこぼした。


 私に言ったのか、独り言だったのかはわからない。


 ただ、私には樺沢の言葉が耳に残って離れなかった。




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