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第二話 虹色の気持ち 〜その2〜

 席に座ると、隣の席の結哉が話しかけてきた。


 「昨日の合唱祭の話だけどさ、俺が指揮するから、お前伴奏やれよ。」


 結哉は単刀直入に私を口説いた。


 「水沢のほうこそ、伴奏すればいいじゃん。男の子がやったほうが目立つじゃない。」


 私は結哉と視線を合わせることなく答えた。


 結哉とは、中学に入ってから一緒になった友達。


 縁があって、ずっとクラスは一緒で、一年生のときから伴走者として合唱祭の常連になっている。


 「この曲は、やっぱり女のほうが繊細でいいと思うんだよ。というより、俺は一度も金賞を取ったことがないんだよ。今年は最後だから、一回くらい取ってみたいんだよ、金賞。お前も一緒だったからわかるだろ。お前の腕だったら、こんなの初見で弾けるだろ。」


 結哉も少し合唱祭に逆上せ上がってる感じがした。


 別にグランプリを取ったからといって、音楽の世界でデビューできるわけでも、賞金が山分けになるわけでもない。


 得られるのは精々、他のクラスより少し大きな拍手と一瞬の優越感だけ。


 そんな一時的なことに、私はあまり関心がない。


 「たとえ弾けたとしても、私は正直、合唱祭にあんまり興味がないから。後ろで小さな声で歌って終われば、それでいいの。あんまり目立ちたくないから。」


 私のほうも、単刀直入に断った。


 程なくして、担任の樺沢が教室に入ってきた。


 今日から合唱祭の強調週間になるため、通常50分の授業が、45分で行われる短縮授業になる。


 午後も早々に授業を切り上げ、部活も活動停止で、校内は完全に合唱祭一色。


 廊下には合唱祭のポスターが貼られ、学校の校区内にもポスターが配られ、有志が人の集う場所に貼っていく。


 この町で年に一度のイベントが、すでに走り出していた。


 朝の連絡を終えると、一時間目のホームルームを前に、一旦樺沢は教室を出た。


 数分して戻ってくると、手にはクラシックギター。


 「今どき、ギターで歌うのかよ。」


 冷やかす声を尻目に、樺沢はギターケースを開けると、チューニングを始めた。


 「どうせ指揮者も伴走者も決まっていないんでしょ。だったら、とりあえず練習しませんか。」


 樺沢は生徒たちを急かした。


 「その前に、指揮と伴奏を決めたいんですけど。」


 学級委員の由香里は、昨日の続きを再開しようとすると、樺沢はそれを制した。


 「どうせ推薦で誰かにやらせようとするんでしょ。それはやめましょうよ。させられる人が気分を害しますから。」


 樺沢は初めて生徒の不文律に踏み込んだ。


 教師と生徒の不思議なバランスを、自ら壊す行為は、この奇妙な安定を崩すことになりかねない。


 樺沢自身の立場も危なくなることを、あえてやるほどリスクを犯す必要があるのだろうか。


 私には疑問でならなかった。


 「中村さん。」


 樺沢は、私の名前を呼んだ。


 一斉に私に視線が集まる。


 「僕は、中村さんのピアノが聞きたいんです。中村さんの力を貸してもらえませんか。」


 私は黙って樺沢の言葉を聞き入った。


 「僕の都合を言って申し訳ないんですが、僕はこの学校に来て5年になります。おそらく、この春には異動になると思います。前に居た学校では、こんなに町中の人が来る合唱祭はありませんでした。そしてこれから行く学校でも、こんなに温かい合唱祭はないと思います。どうか、僕の最後のお願いだと思って、僕に金賞をください。」


 私は押し黙っていた。


 どう返事をしていいのか、言葉が浮かばない。


 樺沢が生徒の行動を注意したのは初めてだったし、こんなに丁寧に物事を依頼されたのも初めてだった。


 なにしろ、教師としての威厳がない。


 ただの中年の男が、中学生に願いごとなど聞いたことがない。


 私は流れ星でもなければ、サンタクロースでもない。


 態度決定に困った私は、授業中にもかかわらず、徐に教室を出た。


 「ちょっと、外でゆっくり考えてきます。」


 唖然とする教室の雰囲気を尻目に、出て行く私を樺沢は引き留めはしなかった。




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