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生まれた世界はこっちです  作者: skyfrider
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1.田舎町の少女

「ヨリ、大丈夫かい?無理するんじゃないよ」

「ありがとうございます。きっと、もう少ししたら戻ってきます」

「そうかのぉ…」

はい、と少し笑ってなおも心配そうな顔の老人を見送った。

ふぅっとはく息に元気がないことは自分でもわかっている。

けどなぁ。この町でふたりで暮らしてきた身としては、やっぱりキツいもんがあるのだ。

母が失踪したというのは。




「ただいまー」

かまどで赤く煮えたぎる炎のせいで、全身煤だらけになっているちっこい物体たちが一斉にこちらを振り向いた。

だいぶ慣れてきたものの、始めて見た時は本気でびびったもんだ。

色とりどりの瞳が、薄暗い工房の中では一際輝いて見える。

「「シェルラード、ヨリが来た‼」」

リーツとファイがかまどの方に怒鳴りながら駆け寄っていく。

あの子たちはいつ見ても元気だよなぁとぼんやり立っていると、すばやく着替えてきたらしい年少組が嬉しそうに私を厨房の方へひっぱる。お世話になるようになってからはや一ヶ月になる。

細々と続けている(ぶっちゃけ常連客で保っている)刺繍の店を夕方で閉めてここシェルラードの工房でご飯を作ることが決まってからは子供達がひっついてくるのだ。

最初シェルラードさんにそう決められた時は断ったけど、年頃の娘が一人で生活するのは田舎町だろうと危ないと熱弁されたのを無下にすることはできなかった。

「ヨリが来てから、飯がうまいもんなー」

「いっそのことこっちに住めばいいのに」

「ねー」

無邪気にまとわりついてくる子供達をはいはいといなしながら、工房の男たちのために豪快な料理をつくる。

肉、肉、肉、肉、野菜という4:1の肉のパレードだが、母にしごかれた腕で、『ハーブ』というらしい香草や塩コショウ、栄養価の高い野菜を大きな鍋に放り込んでひたすら混ぜる。最近腹回りに脂肪がついてきて妻が…妻がぁ…と昨日泣き崩れた男性のために、『オリーブオイル』という母秘蔵の特製油を使っているので、今日の評判はまぁまぁ良いだろう。

子供たちには野菜もたっぷり入って、少し甘めな『カレー』。成長期の少年は、早く親父どもが食べる豪快な料理がうらやましいらしい。

「味見してあげるからくれ!」

こまっしゃくれたー訂正、大人の階段を登りたいらしい少年が偉そうに手を突き出す。

いちはやく戻ってきたファイは幼いとはいえ、最年長だ。リーダーらしくしたいのだろう。

「…だめー」

ぷいっとあらぬ方向を見つめ、味見用に一口。うん、いける。

「「「ずりぃ!俺にもっ」」」i

「だーめ。ほら、早く食事持っていって」

ガヤガヤと汗臭い集団が席につき始めたみたいなので涼しい顔で食堂にいかせる。

恨みがましい視線で皿を運ぶ少年達のために実は少しだけおいてあるんだけど、こいつらは口が悪い。

「あれぇ、困ったなぁ。少し余ったみたいだー。もったいないし、誰かにあげようかな。頑張ってる子にあげたいきがするなー」

棒読みでぽそっと呟くと、一瞬ぴくっととまる子供たち。目つきが変わったのを、生暖かく見守る。こどもですね。

すごい勢いで減って行く皿をみて満足げに息を吐く。

「お前、実は性格悪いんじゃ…」

「え?」

「いや、なんでもねぇ」

一人前と認められたばかりであり、気心しれた仲であるレアンがにっこりと笑う私をみて押し黙る。

性格悪いか?…ノーコメントです。

そんな風にすぎてゆく夜。机の端っこの方で一足遅い晩御飯をもそもそと食べていると、頭ーシェルラードさんが声をかけてきた。

なかなかに整った顔のシェルラードさんは色黒である。白い肌が主であるこの国では、基本的に色黒の人種であるシェルラードさんは受け入れられなかったので、田舎に越してきたという。いまじゃこの工房で町が支えられているのでとやかくいう人はあまりいないが、シェルラードさんは滅多に外に出ないで孤児を拾って工房を続けている。お母さんも捨て子と思われて、運良く拾われたらしい。

「おつかれさん」

「お疲れ様です」

「あー…リエのことなんだが」

「母のこと、何かわかったんですか?」

思わず立ち上がった反動で、とっくに人の去った食堂のランプがかすかに揺れた。

けれど、気まずげに寄せられた眉を見てふっと気持ちが落ちる。

「最悪の場合も覚悟しています。異色だから、殺される確率も高いでしょうし」

コロサレル。自分で行った言葉に身震いした。

一瞬で手先が冷えたのを 握りこんであたためようとする。

そんなこと思っちゃいけない。でも、まさか。

なだめるように私の頭を軽く撫でた頭は、柔らかく言葉を紡いだ。

「幸い、そんな知らせはない。不確かだが顔を隠した女性が北へ向かっているのを見たという人が数人いた。きっと何か事情があるんだよ」

「そうですか」

鼓動がわずかに緩まるのが分かって、苦笑する。

「だがー」

にわかに厳しい顔つきでシェルラードさんが声をひそめる。

「その噂を聞いて、王宮騎士団が向かっているらしい」

「へ?…は?」

何じゃそりゃ。間抜けな顔をしている私と反比例するように顔をしかめたシェルラードさんが続ける。

「なんでもそいつらは黒髪の女、というのに興味があるらしい。リエは確かに目立つ。何をするつもりかは知らないが、ヨリも危ないんじゃないか?こちらにくるという限りリエはみつかってないとは思う。異色だから、他の国からの侵入者さと思ったのかもしれないな…」

考え込むシェルナードさんの横でびしりと固まった。

王宮。お母さんはよく言っていた。王宮の人には気をつけろと。捕まる可能性がある、何をされるかわからない。つまり。


「あとどれくらいで来るんですか!?」


よほど切羽詰まっている声なのか、少し不審げな顔で答えてくれる。

「それを聞いた人のところからここまでは、そんなに時間は…馬だったらかからないな。夜通し駆ければ朝にはつくだろう」

逃げなきゃ。早く。

呆然とする私に気づいて今度ははっきりと訝しげに問いかけられる。

「何かまずいことでもある?」

「…い、いえ。なんでもないです。お休みなさい」

逃げるように食堂を出るのをじっとみられていたけど、そんな場合じゃない。

夜に闇に染められて、今は黒く染まった髪をなびかせて走る。

母は何と言った?そうだ。


王宮から誰かあなたに近づいてきたら、私をおいて逃げなさい。

遠くに、遠くによ。

見つかってはだめ。見つかったら…





一生外に出ることはできないから。





あなたは『日本』の血が混じっているの。血を知られてはいけないわ。

日本語も、英語も使ってはダメ。にげてにげてにげなさい。

その血から、逃げて。








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