シャープペン一本からの悪夢
高校生なら誰にでも降りかかる苦難、定期テスト。誰もが一度は直面する消しゴムなどの筆記用具を落としてしまった時の焦りをコメディー風に書いてみました。
落ちる。
どこまでも落ちていく。
地面などどこにもなく、空の青など存在すらしない世界。その果ての先まで落ちていく。
恐怖などまるでなく、むしろ空を飛んでいるような気持ち良ささえ感じている。
こんな風に何も世間のしがらみに縛られずに落ちると言うのも………、
カツン。
「………っ!」
何かが落ちる音で現実に引き戻された。
まずい。俺は寝ていたらしい。大事な期末試験の日、あまつさえ試験時間中に落ちる夢など最悪に縁起が悪いじゃないか。流石に睡眠時間を一時間半しかとらなかったのは失敗だったようだ。そういえばいつから寝てたんだ!?
問題用紙から視線を上げ、教室備え付けの時計に視線を移す。一時五十二分三十秒。試験終了まであと二十分ってところだ。ふぅ、良かった。寝てたのは十分くらいか。
俺はもう一度、問題用紙に視線を移した。埋まっていない問題数はざっと半分くらい。まぁ、余裕とまではいかないが十分に全て埋められる量だ。
さて、気張って行きますか!
俺は右手のシャープペンを握り直し………、って無いな。ええと、シャープペンはどこかな?
机を見回し、両腕の下を確認し、問題用紙を裏返してみたりした。
あれ?
俺はもう一度机を隅々まで見渡し、両腕の下を丹念に見、問題用紙を光に透かしてみたりしてみた。
いや、待て待て待て。
もう一度先程のプロセスを繰り返す。
全ての失敗を消し去る、イレイサー(消しゴム)よし。万物の基準にして直線を司る、CMブレード(定規)よし。足りない知力を外部から補助する装置、カウントアビリティー(電卓)よし。そして全ての敵を蹂躙する、シャープペンシルは………。三度目の正直はある、と信じたい。
結論。シャープペンは机の上や自分の手の届く範囲にはありませんでした。
ぬぐぅ、どうしようもないじゃないか。………かんに障るが、試験監督に助力を請うしかない、か。まぁ、仕方がない。書くものがなければどうしようもないからな。
俺は試験監督を呼びつける為に軽く手を上げた。
三分後。俺はまだ手を上げていた。何か物凄く嫌な予感が背筋を駆け上がる。落ち着け俺。まだそうと決まった訳じゃない。
俺は机をひっくり返そうとする両腕を必死で制御しながら、恐る恐る視線を上げた。
あんのハゲオヤジ〜〜っ!!
試験監督は寝ていた。それはもうぐっすりと。だらしなく涎を垂らしながら。世にも珍しい巨大な鼻提灯を徐々に大きくしながら。
完全に手詰まりだった。
シャープペンの予備なんぞあるはずがないし、いくら試験監督が寝ているとはいえ四方をライバルに囲まれているため床に落ちたシャープペンを救出するのは困難を極めるだろう。ちらりと右隣の奴に目を向けると、邪悪な笑みを浮かべているのが見えた。ちらりと左隣を見ると、そいつは俺を横目であざ笑っていた。シャープペン拾ったら、こいつら必ずカンニングだって通報するだろう………。ひでぇや。その上、あのハゲオヤジが試験監督をやっているときに目を覚ましたことは一度も無いのだ。
…………………………………はぁ、もう諦めよう。半分は書いたんだ。赤点にならないだけ良かったとしておこう。それじゃあ、試験が終わるまで問題文でも眺めておきましょうかね。
試験時間も残り十分というころ。俺は重大なミスに気付いてしまっ……、いや待てよ俺。まだそうと決まった訳じゃあ無いだろう。もう一度良く見直すんだ。たちの悪い幻覚に違いない。そう幻覚だ!
俺は目を閉じたり開いたり手で擦ったり直接瞳に触れてみたりして幻覚を抹殺し、穴があくほど問題用紙と解答用紙を交互に見比べ、見直し、絶望した。完膚なきまでに叩きのめされまくった。
解答が一つずつずれているという最悪の状況は幻覚などではなく、事実だったのだ。
こればかりはマズい。それもご丁寧に一問目が空白だったのを詰めてしまっているようだから、つまり全てが間違いな訳で。三十点取らないと赤点で補習なわけで。俺は縋るような気持ちで教壇の方を盗み見た。試験監督はどんな夢を見ているのだろうか、至福の表情でよだれの海を作っていた。
お父さん、お母さんすみません。俺は正真正銘の殺人犯になってしまいそうです。今すぐ奴を形が無くなるまで殴り倒したい……!
まぁそれはさておき、どうする!? 実力行使で叩き起こすか、危険をおかしてでもシャープペンを拾うか。二つに一つ。
ふと隣の二人に視線を向ける。どちらもまるで餌を奪う隙を窺うハイエナのような瞳をしていた。
よし、腹は決まった。幸い、手元にはやたら重い電卓とビッグ消しゴムがある。これを幸せそうに眠っているヤツの頭に命中させれば俺の勝ちだ。
まずは第一投。振りかぶってぇ、投げた! 消しゴムは一直線に教卓へ飛ぶ。これは当たるか、当たるか!? ………当たったぁぁぁ!!
俺の脳内実況の甲斐あってか、消しゴムは見事に試験監督の旋毛のあたりに突き刺さった。よし、これで起きるか!?
「むにゃむにゃ……痛いよ、みさきさぁん……」
試験監督は実に幸せそうに寝言を漏らした。それも大声で。
男子連中の試験監督への殺意が一気に膨れ上がった。当然俺の殺意も。みさきさんと言えば一人だけ心当たりがある。しっかりしながらもどこか天然が入った、全ての男子連中の憧れの的である新任の国語教師だ。くっそーー! 冴えない顔してみさきさんにいつもあんなことやこんなことをしているのか!? 許せん!! その幸せ、ぶち壊しにしてやるわ!
俺は電卓を手に取った。ふと、周りを見回すと男子連中は全員同じように電卓を掴んで振りかぶっていた。それぞれが目を合わせて小さく頷き合う。この時、クラスの男子の心は一つになった。
「でぇりゃあぁぁぁ!!」
一人が渾身の力で電卓を放つ。それが合図となり、試験監督に雨あられと電卓が降り注いだ。
「行かないで、みさきさん!!」
試験監督は飛び起き、叫んだ。その表情は悲痛に歪んでいて、俺達男連中の満足感を大いに満たした。ミッションコンプリート!!
さて、テストに戻るか。俺は気を取り直してシャープペンを………、って無いんだった! 試験監督いじめて喜んでいる場合じゃない。そして時間がない。ここはどんなリスクを犯してでも、叫んでシャープペンを取りに来させるしかない。
「先生! シャープペンを……」
『キーンコーンカーンコーン』
無情にも響き渡る試合終了の合図。……終わった……。
俺は精一杯の恨みと呪いを込めて試験監督を睨み付けるしか無かったのだった。
皆さんも思い出しましたか!?試験監督に見向きもされずに涙をのんだあの日のことを。あの虚しさが少しでも皆さんに伝わっていれば嬉しいです。あと評価や感想を是非お願いします。




