すべては神の言うとおり
私は名の無い普通の神父だ。
ただ、人と違うところは生まれつき『ソレ』の声が聞こえる。
"それ"は時に単数であり、複数である。"それ"は時にモノであり、概念である。"それ"は時にヒトであり、カミである。
【ソレ】は毎日、私に要求してくる。〈【オレ】にリンゴを喰わせろ〉やら〈【オレ】を風呂に入れろ〉やら、酷い時には、〈アイツを殺せ〉と。
【ソレ】の要求をその日のうちに実行しなければ、その要求が【ソレ】が起こす超常的ななにかにより遂行され、数刻から数日の間に不特定多数のものにも、【ソレ】によって都合よく解釈された同じ要求が降りかかる。(これも【ソレ】の気分しだいで選んでいるのだろう)結局なにをしても【ソレ】の言ったとおりになってしまう。
そんな状況でも、『神父に殺生などできるわけがない。』とか考えている時期もあった。
つい先日までは。
「【オレ】は神様なんだ!」唐突に【ソレ】は自白した。
どうやら【ソレ】は神様だったらしい。
神父たるもの、神様の仰ったことは聞き入れなくてはならない。
神父なのだから…
私は、殺生をしてしまった。
今日の【ソレ】には珍しく実体があった。そして、いつも通り私に要求してきた、
「【ワタシ】を殺せ」
と。
要求に殺生が含まれるとなにが起こるかわからない。気まぐれで生命が滅ぶかもしれない。
『殺さないといけないのに…』
躊躇った。
〈殺せ〉と言われても生涯を共にしたかけがえのない相棒だ。そうそう殺せるハズがない。
一生涯を共にしてきた相棒と、我々、生命の存続…
愛する妻も子供もいる…
秒針の奏でる音が1音1音重くのしかかる。
日が回るまであと数分。
案外、どんな選択も天秤にかけてみるものだ。
私は、日が回る前に少しの躊躇いを見せ、【ソレ】を殺した。
すぐ懺悔した。
相棒と呼べる存在をこの手で殺めたのだから。
それで神様は許してくれるかはわからないが、とにかく懺悔した。
その結果、教会からも家族からも追い出されてしまった。
懺悔していたところを広められてしまった。
私はなんのために相棒を殺めたのか…
あまりの出来事が続き呆然と景色を眺めていた。
鳥が飛んでいる。木々が生きている。空は澄んでいる。
「あぁ、なんて…
なんて地球はキレイな──」
日付が変わる──
「!?」
唐突に体が空へ落ちていく。
──刹那、私はすべてを悟る。
そしてゆっくりと、死を受け入れた。
次の瞬間、グシャッと私の体が鈍い音をたてる。
目を開けると地球を上から見下ろしていた。
きっとここは死後の世界なのだろう。
隣には明らかに怒りを浮かべた【ソレ】がいた。
私は【ソレ】の要求を満たせてなんていなかった…
【ソレ】は確かに〈【ワタシ】を殺せ〉と言っていたが、そもそも【ソレ】の一人称は【ワタシ】ではなく【オレ】だった。
ではいったい、誰を殺せばよかったのか…
その答えは、【私】だ。
私は、今まで自分のことを【私】と呼び続けていた。
名前が無いから、他人に呼ばれることも無かった。
【ソレ】にとっての私の名前は【ワタシ】だったのだ。
その結果がこのザマだ。さらに自分が愚かしく思えてくる。
いったい要求を満たせなかったことでなにが起こるのか。
私はその結果を…
これからの地球の行く末を見守ることになる。
【ソレ】の要求を満たせなかった者として…
【ソレ】の相棒として…
数刻後──
所々で人が地球が、死んでいく…
星々が未熟な果実のように次々と地に落ち、太陽は消え、月が血に染まり、空は剥げ、地に存在するすべては焼き尽くされた。
そのあまりに凄惨たる光景は、エスカトンを彷彿とさせた。
「あぁ…」
「「すべては神の言うとおり」」
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