第四話
S区のど真ん中にある超高層ビルには、様々な高級店や飲食店などテナントが入っており、たくさんの人々が闊歩している。
大理石の床に、真珠のように光り輝くシャンデリア。そして、まるで舞踏会に参加しているかのような、高貴な服装に身を包んだ人々に、曖永は圧倒されていた。
「おい、あんまりじろじろ見るな。……ちょっとまてそこの店は入るな…ッ!」
「いらっしゃいませ。おや、お客様、素敵なピアスをしておられますね」
「いらっしゃいだよー!えへへ、故郷の友達が作ってくれたやつなんだー!」
「さようでございますか。そうしましたら、こちらのピアスなんていかがでしょう!きっとお似合いですよ?」
急いで首根っこを掴み、店から引きずり出す。
「イズミさん!あっちのお店も見てみたいー!」
「ここのフロアは桁が違うんだよ、桁が…ッ!ケバブ何個分だと思ってるんだ!」
「それじゃあ僕ケバブたくさん作るよお!あ、そこのお店もきになってきたぁ!」
「物々交換できるわけねえだろーッ!!……で一回入ると何も買わず出ていくのも圧が……だから入るなーッ!?」
あの喫茶店の店長が、毎度冷や汗垂らし叫んでいる苦労がようやく理解できた気がした。
こうしてエレベーターにようやくたどり着くと、息もからがら。
数字が順に点灯していき、20、30、40ときてようやく最後のRが点灯すると、強い風が舞い込んだ。
「吹き飛ばされちゃう!」
「ビル風ってやつだな。…吹き飛ばされたのは俺だったが」
ここのビルの屋上は観光スポットとなっていて、特に夜中にはカップルが多く集っている。
その中でもガラス張りの手すりは、その先まで歩いて行けそうなほどの錯覚を覚える。
「ここからならよく見えるだろ」
「……すごい、すっごいね!空が近く見える……」
はしゃいで駆けだしたところで、曖永は突如足を止めた。
そのままいけば、一番端のフォトスポット、最前列でこのS区の夜景を肌で感じることができるだろう。
だが、曖永は奇妙な動きを繰り返す。列には並んでいたが、そろそろという順番になって急いで最後尾に戻る。
俺は遠くで腕を組み、その様子を三巡ほどしたところで、とある仮説を口にした。
「お前、高い所苦手だろ」
「っぜぜぜ、全然!!これっぽっちも大丈夫だけど、足が竦んで動けないよお!」
「それを苦手っていうんだよ、ったく……。ほら、俺がついてるから大丈夫だ」
ここまできて引き返すのは勿体ない。
背後からの視線を他所に、背中に手を回して四度目の列に並ぶ。
「一瞬だからな。目開けろ」
豆粒ほどの車のライトは血液のように街を循環している。
看板のネオンライトや、立ち並ぶビルの五目に光る輝きは、まるでショーケースに陳列した宝石のようだった。
「時折きて、実感するんだよ。俺はここで働いてるんだ……ってな。ほら、よくああいうビルを指さして、残業の光だなんて揶揄して笑うやつもいるんだが。ここから国が、世界が動くんだ。一体となって俺たちは暮らしてる」
「……イズミさんって、この街が本当に好きなんだね。とっても活き活きしてる!」
「ハハ。お前には何も話してないのに、全部見透かされてるみたいだな」
「そんなことないよ。ただ、イズミさんと初めて会ったとき。僕の故郷の人々と同じ目をしていたから」
すっかりおびえた表情はなくなっていて。
曖永はただ静かに、街並みを。そして、星の数を数えるように、空の粒子を新緑の瞳に宿していた。
俺はそんな姿を見る度に、どんどんこいつの事を、知りたくなっていた。
「ねえ。もしかして、この国を出て住みたいって、考えてる?」
「……ハハ!参ったなぁ。なーんも話してないのにな、お見通しだったって訳か」
「僕はその選択もありだと思う。大半の人は、お金を得たら海外に行きたいって、そういう夢を持つことも聞いたことあるよ」
離さないように、回していた腕にそっと力を入れる。あの身体能力からは想像できないほど、とても華奢で細かった。
「僕の住んでた故郷は『隕石の降る街』って呼ばれてるんだ」
「隕石が降る……聞いたことないな」
「とっても小さい国で、誰も知らないような場所にあるから。……そこでは、空が明るくなるたびに皆逃げる。どれだけ彗星みたいに眩しく輝いていても。瞬く間に更地になっているから」
「更地?それってまさか――」
か弱いながらも、深みとやさしさを湛えた感情に、俺は押し流されそうになる。
「――イズミさん。僕をここに連れてきてくれて、ありがとう!」
誰でもない、たかだか他人の筈なのに。
一等星の笑顔はこんなにも眩しいものかと、名残惜しさを胸にしまい、そっと手を離す。
俺たちはまた、いつもの店員と客。他人同士で、いつもの日常に戻るだろう。でもまた会う時は、これまでとは少し違った俺たちで居られたら、それほど嬉しいことはない。
……そして、その後。曖永が行きたがっていた焼肉店で。
驚くほどの食欲と、数えられない桁で請求された額に、泣く泣く財布が空っぽになったことも。
涙を流しながら、必ず。思い出すだろう。




