最終話
【親愛なる、僕の愛するみんなへ】
――僕は人を不幸にさせてしまう。それがどうしても、苦しかったのです。
戦争を迎える前夜。
兵士のみんなと必ず、名を呼んで、一人一人と握手を交わして。みんなが僕に願いを託し、そして、帰ってくる頃には、皆が台車の上にいっしょくたに載せられました。
僕はその帰還を胸に刻み、白い星の咲く森に、遺品と共に添えて。静かに眠ったその人の舟を、毎朝丁寧に掃除をします。
墓の数の分だけいれた刺青は、もう背中を覆い尽くすほどになってしまいました。
やがて花畑は墓石で埋まり、ヴァルハラルへ向けられた兵器の巻き添えがこの国にも降り注ぎ、削られた家々を建て直します。街の修復には、長い年月がかかる。それなのに、どんどんこの国は無惨にも削られていきました。
ヴァルハラルはこの小さくて、世界に忘れ去られたこの国を、合併しようとしています。表向きは和平的であろうとも、明け渡してしまえば、この豊かな緑や平穏な日常が灰色に失われてしまうことくらい、容易なく理解できます。
――僕は、ある晩、怖くなってしまいました。
国内の食料が枯渇し、シバは、爆弾で弾けて僕に向かって飛んできた瓦礫を庇って死にました。大群の羊は、泣く泣く食料として全部殺しました。
この国の全員の名前を、僕は覚えています。そんな彼らを、帰還の約束できない戦地に送り出すことが、僕にはもう、耐えられませんでした。
だからその分、たくさんヴァルハラルの人たちを殺してしまいました。僕は記憶力が良いから、死ぬ間際の人がどんな表情をしているのか、何度も見てきました。
「――もう、楽になりたい。自由に、帰りたい」
きっと死にたいはずなのに、僕はなぜか生き残って。
毎晩記憶のないうちに暴れて、狂い、泣くようになりました。怖い空を見ることのない、窓のない地下の隠れ場に住んでいましたが。気づけば爪が血だらけで、壁には引っ掻いた痕がありました。
「嗚呼、貴方様は、心が優しすぎた――」
僕が幼い頃から世話になっていた側近のルーカスは、国がこんなにも危機に瀕しているのに、僕に言いました。
「僕は…………僕はもう、自分の大切な人が、大好きな皆が。痛みに叫んで死んでいくのが嫌だ」
「亡命の道筋は手配しました。あとは案内役に従ってすぐ向かってくださいませ」
「冗談はやめて。信じたくなっちゃうから」
「嘘ではありません。あとは私らを信じて、どうかお逃げください」
「ハハハ、ねえ、悪い冗談はやめてってば。王がここに居なければ誰が守れるっていうんだ!?」
「大切な人に会いに行くのです。行き先は、貴方様が以前おっしゃっていた、あのシバの国です。
……この国の行く末については、手紙で知らせを出します。ですから、そこで、見つけるのです。貴方様に相応しい生き方を」
「僕は。僕は――うわあああぁぁぁぁあああああッ!!」
――そう、自分でも気づかぬうちに。もう僕は僕自身を保てなくなってしまったのです。
そうして記憶のないまま、気づけば行き先の国にいました。でも僕はその国でようやく。
ようやく、思うがままに、心から笑うことができました。
それは、あなたがいたからです。
最初のあなたは僕が戦地で見た人達と、同じ表情だったけれど。僕の母国の料理を振る舞って、美味しそうに食べてくれるあなたを、大好きになりました。
あなたが居てくれたから。
屋上から、光り輝く夜空を知ることができました。恐怖のない空を。心躍る街中を、夢見る事ができました。
あなたと共に過ごしたから。
大好きな人が隣に安らかに居てくれる、温かな幸せを識ることができました。触れ合う肌の愛おしさに、大切な人の尊さを胸に刻みました。
でもね。僕は少しだけだけど、色々な場所で働きながら、あることにも気が付きました。
きっとこの国の民も、苦しんでいる人々がいます。とても大きな国だから、悪意に躙られて、溢れてしまう人々も沢山いるのでしょう。
僕は、みんなの笑顔を取り戻したい。尊厳と自由を取り戻した、平和な国にしたい。
だからきっと、僕のやることはやはり、最初から決まっていたのです。
――色んなところをキャンピングカーで巡って、ケバブ屋さんをやりながら、居場所を探す。なんていう夢も悪くなかったけれど。
ルーカスの手紙を見ました。もう、国はギリギリまで攻められて、崩壊寸前だから、僕はここで生き延びてほしいという内容でした。
でも、だからこそ僕は帰って、また立ち向かいます。勝利を約束します。
そして、最愛のあなたに。生まれてから誰も知らない、僕だけの人生を知ってほしいから、この手紙を遺します。
――さようなら。最愛の、イズミさん。
いつまでも、お元気で。




