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ケバブの天使  作者: 犀箸
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第十八話

まだ薄暗い、夜明けを迎える前に。

僕は震える右手で、僅かながらに入る握力でペンを持ち、この手紙にしたためている。

それはいつか、伝記になって歴史を証明することになるかもしれないし、童話になるのかもしれないし、或いは価値のないものとして、ちり紙のように捨てられるかもしれない。

でも、僕自身が僕であることを証明するために、記すべき事でもあると思っている。生きているうちに言葉で伝えるにはあまりにも、空に光る流星群のように、命というものは短い。


倉庫は薄暗く寒い夜が続いた。時折空が強く光を放ち、また真っ暗な闇夜に包まれる。牧場には乾いた砂と瓦礫ほどしか残されていない。かつてはランプを咥えて照らしてくれた、相棒の犬のシバも、羊たちも、食用に加工されてしまった。

そういえば、シバの生まれの国に行ってみようか。なんて呑気に考えてたのがきっかけだったなあ。



――飛行機で帰る前。クリスマスイブに、その一報は入った。


たった十数枚の手紙には、多くの血痕が残されていた。僕を逃がしてくれた、僕の痛みを理解してくれた、唯一の恩人だった。


『決して帰らなくて良いのです。誰も貴方様をしらない地で、戦争とは遠くかけ離れた、希望ある土地で。どうかお逃げ下さいませ――』


ああ、もう大丈夫だよ。温かい気持ちと、笑顔を、たくさんもらったから。

へこたれちゃってごめんね。……そんな風に謝ることも、もう、赦されないよね。


でももう、僕の願いは叶ったから、今すぐみんなの傍に行くよ。

ただ僕は、僕の大切な人が。

同じ空の下で笑っていてくれれば良かったから。



******************



どことなくそこは、曖永の咲く花のような香りに包まれた南国で、のびのびと自由な、壮大な景色や山々が広がっているものだと思っていた。

だが現実は、想像を絶するものだった。


地球は草木や動物たちが生息する、緑のある場所だと考えていた。ただ、ヴァルハラルまで行くには、渡航するのも現状の情勢では難しく、結局長い間ひどい揺れに耐えながらヘリで向かっていた。


上空から見えた最初の景色といえば、砂と瓦礫だった。まるで、人工的に創られた砂漠のようだ。

爆撃によって土地は削られ、人の住まいもえぐり取られ、破壊された家々はそのままに放置されていた。

でもそれが当たり前であるかのように、人々は肩を寄せ合って暮らしていた。


そこから数時間ほど経って、目的の都市部にたどり着いた。まずはそこで情報を得ようと思ったが、どこか張り詰めた空気感があり、街中が薬のような匂いで漂っている。

あまりにもモノクロで味気ないその町中を、俺は息を呑みながら。所々にいるホームレスを蹴らないように歩き続けた。町中を歩く人々も質素な服装で、下を見て闊歩している。

中には道中、突如叫ぶ者もいた。スマホの翻訳機能で見ると、「敬礼!整列っ!」という言葉が表示され、そんな怒号のような叫び声を聞く度に胸が痛む。この人はきっと、国のために忠誠を尽くした、心の清い人だったのだろうから。


――流石に既に十数時間飛行機に乗り、はたまたヘリにも乗っていたので、体力的な限界が近づいていた。


「宿も探したけどどこも空いてないし、参ったなぁ……」


曖永から以前聞いていた話で覚悟はできていたつもりだった。だが、あまりの惨状に、これまで自分がどれだけ安全な場所で暮らせていたのか、命の安全が保証なされない街で生きることがどれだけ恐ろしい事なのかを思い知らされる。

最悪このまま野宿し、野垂れ死になんてことがあれば、顔向けができない。


「それ、渡してくれない?」


ふと表示された文章の羅列を見て、俺は恐る恐る、道路の脇のあたりをみた。何気なく目を背けていた路端の、ホームレスのたまり場。どうやらそこから、一人の青年性が声をかけてきているようだった。


「俺に向かっていってるのか?」

「そうだよ、それ。コートのポケットの中に入ってるでしょ」

「…………悪いな、ここに来て、お前の望む金額を渡すことはできない」

「お金じゃないよ。そのちょっと見えてるやつ」


一応スリ対策で、身につけているものは少ない。コートのポケットにも、財布と、とある物しか入れていなかった。


「……この手紙のことか?」


これは財布よりも大切なものだ。象形文字のような走り書きの筆跡で翻訳もできなかったが、曖永を探す一助にはなるだろうと持ってきていた、クリスマスイブに届いたあの手紙だった。

もしかしたら盗られてしまうのではないかと一瞬躊躇ったが、その青年は偶然にも曖永と少し似ていて、顔つきは鋭く険しいが、小麦のような肌や香りに覚えがあった。


手紙を渡すと、青年は無言で内容を読み始め、途中から目を大きく見開いて、驚愕していた。やがて、かなりの時間をかけ読み終えると、


「……あんただから言うけどさ」


当たり前のように流暢に話し始めたので、俺は困惑した。


「ってお前喋れるのかよ。てっきり通じないもんだと」

「昔、教えてくれたんだよね。留学?って言ってたかな。その人に教えてもらったんだ。優しい人だったよ。兵に志願してもう死んじゃったけど」

「……なんで急に話しかけた」

「ま、今来る外国人なんて早々いないでしょ。でもま、あんたが“そうなのか”確証もなかったしね。迂闊にこの街で、あの国の話をしたら殺られるし」

「な、何言って………………」


「分からない?もう既にフランネル共和国は戦争に負けて、植民地にされたってことだよ。長年の野望がついに叶っちゃったって訳」


「………………そんな」


戦争に負けて?……そんな話、一度も聞いたことすらない。

以前、商業ビルの屋上で『隕石の降る街』という言葉を曖永が言っていた。今のこのヴァルハラルの現状は、正しく更地だ。


「ヴァルハラルはかなり危機に瀕していた。だからより戦力を上げようと、ヴァルハラルの中央にあるフランネル共和国を自分の領土にしようって、戦争を仕掛けてたんだ。でも、そんな理不尽な争いにさえも耐え、暮らしてきた国なんだよ。……流石にここは人が多い、ついでだから着いてきて」




俺達はとある河川敷にたどり着いた。川を渡る線路上の電車にはあふれるほどの人が乗っていて、川の水はお世辞ながらもきれいとは言えなかったが、次々と人々がそこで水をバケツに掬っては運んでいった。

「ここは人の住む場所じゃない」そう言って当たり前のように、川辺の水をゴミのペットボトルで掬いながら、青年は話を続けた。


「小さい国でありながら何故耐えられたのか。数の差では圧倒的に少数だったけど、山の中や草木といった地形を生かした柔軟な知恵と、兵の士気を上げ、導く天賦の才能があった。それがあのお方だ。

偉ぶらないし、驕りもしない。民と一番近くで暮らしてきた。畑や牧場、政治も全部自ら進んで行なっていたし、住まいは牧場の倉庫みたいな簡素な場所で、与えられるものは惜しみなく民に与えた。

……そしてすべての民を、家族のように慕っていた。すごい人はさ、お茶を淹れるように、とてつもない事を笑いながら、周囲も笑顔にしてこなしちゃうんだよね」


ここは随分、時の流れが遅く感じる。ここでは人間は、ただ生きて、耐え忍ぶしかないというのが当たり前の世界だ。

ただ、S区でも同じような表情を見たことがある。それはきっと、己の心を捨てなければ、やっていけないからだ。人は生まれていつから、笑顔を失ってしまうのだろう。


「……でもな。あんたも分かるだろ。陛下は、対抗するための“戦争の指揮”さえも天賦の才能があった。だからこそ保ったんだ」

「保ったんだって、じゃあ今お前は、なんでここにいるんだよ」

「決まってるだろ。もう、ないんだよ…………!」

「…………見るまでは、信じられない」

「それでも行ってみたいなら道を教えてあげるけど。……この川沿いにずっと歩いて、山と滝が見えた方向に歩けばたどり着くさ」

「……最後に教えてくれないか。あいつは無事なのか?……陛下っていうのは。陛下って………………曖永のことなのか」

「ああ。紛うことなき、“フランネル共和国の王”だ」


正直、膝が折れそうだ。喉もカラカラに渇いているし、服は汗でビショビショで、慣れない土地で、あまりの現実に頭もクラクラしてきた。――それでも。


「……行方は分からないのか」

「俺は兵士で捕虜として生き延びた敗者だ。ただ、敗戦の知らせが入っただけさ」

「そうか。ありがとな。俺も、すぐ行くよ」



キャリーケースを転がし、例にある程度の金額と持参していた食料を渡した。川には冬日の陽光が降り注ぎ、まるで俺を導いているかのようだ。

「ここ、読める?」少年が指を差した、手紙の内容を翻訳してみる。すると、『モーンガータを目指して』という文章が現れた。


「水面に映る、月明かりの道。って意味さ。……陛下達は夜から、そして俺らは朝から。繋がってるんだ、道は」


光は違えど、俺たちは、同じ光を見据えて前に進んでいるのだろうか。

そして俺は、まだ、間に合うだろうか。


「この押印があるってことは、差出人は陛下の側近かな。これを送るくらいだから、この頃からもう、知っていたのかもしれない。国の行く末を……」

「ヴァルハラルとフランネル共和国で大規模な争いがあり、決着がついたってことなんだな?」

「そうだ。で、さっきの話に戻るけど、お前がそうなのか?という問いは、“陛下の親愛なる異国の者”かどうかだ。…………お前の名は、なんだ」


――本当に、ごめんな。

俺はお前のことを、何一つ、背負ってやれずに。


「俺には。俺には…………名乗る資格はない」

「とにかく急げ。少し、接触しすぎたかもしれない。追っ手が来てたら容赦なく殺す覚悟でやれ」


お守りに渡されたピストルは、ひどく冷たく、重たいものだった。

ただ俺はひたすらに、咳き込みながらも。曖永の後ろ姿を探し続け、ひたすらに歩いた。





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