表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ケバブの天使  作者: 犀箸
14/20

第十四話

クリスマスから正月を迎え、そして今に至るまで。仕切りなしに、『フォーリナーゼロ運動』という言葉が至る番組やSNSで拡散された。

知事までもが指でゼロの形を作ると、「国一丸となっていきましょう!」と、満面の笑みで記者に話している。


スーパーやコンビニ、あらゆる場所で、外国人の店員を見なくなった。それどころか、たどたどしい言葉で喋る客には、容赦なく「早く出て行ってください」と店員が冷たく言い放ち、拍手が巻き起こった。

外国人が出している料理店や雑貨店も軒並み見なくなった。品物が売れなくなったので、帰国せざるを得なくなったのだろう。代わりに良く知るチェーン店などが入り、店前にたむろしていた外国人などは見かけなくなった。

S区だけでもゴミはだいぶ減ったし、混雑しすぎていた人込みはほどよく解消された。腰が痛くなるほどの列に並ぶこともなく、清々しささえこみあげてきた。

――あいつが笑えない世界のはずなのに、善い方向に国全体が向かっている気がした。


あの日から毎日、家の前、駅の前、喫茶店の前。かつて働いていた工事現場の辺りまで、仕事の合間を縫っては待ち続けていた。その間、あんぱんと牛乳を持っていたもので、それを見た西川は「張り込みみたいですね」といって、一緒に待ってくれる日もあった。

それでも現れることはなく、淡々と日々が過ぎていった。

その過去が報われたかのような一報が入ったのは、街路樹の桜が満開になる頃だった。



「転勤なくなったそうですよ!よかったですね、先輩!」



なんと、仕事の頑張りが評価されたのか知らないが、俺の地方への転勤が無しになった。それどころか、この本社での出世の話まで出ているらしい。

俺は今までと変わらず、このS区が好きだ。あの屋上から見た時の、人々の生きる力強さが好きだったから。そしていずれは、世界を股にかけていくのだと。ここで働きたいと思っていた、その夢がようやく快方に向かったのだ。


「せっかくですし、この後飲みに行きませんか?お祝いに私からおごらせてくださいよ!」

「いや、いい。あんまお腹空いてなくてさ。この後も用事あるから……悪いな」

「……すみません。でも、気が変わったらいつでも声かけてくださいね!」

「ありがとな。頼りにしてるよ」


こいつともまた一緒に仕事できるようになって、万々歳だ。でもその反面、自分の肉をそぎ落としているようで、気づかぬふりをしている。

……こうやって、俺は昔から、自分の心を噛み潰して生きている。



*******************



「腹空いたなぁ」


公園の桜の木の下で、ぽつりとそう呟くと、懐かしい香りがした。花の風が運んできたのだろう。

ベンチに座って、噴水のシャバシャバと涼やかな音を耳に、春の麗らかな陽ざしにうとうとしていた。


「今どきの桜は、ずいぶん美味そうな香りになったな……」

「ふふ!仕事バリバリなイズミさんでも、ねぼすけさんな所あるんですね」

「………………食ってもいいか?」

「どうぞ!」


目の前に差し出された、待ち焦がれていたそれを、貰い受ける。

シャキシャキのレタスに、快晴の青空を泳ぐひとひらの桜の花びらが、はらりと舞い落ちた。熱々の大きな牛肉と、スパイシーなピリ辛ソースに、思わず舌なめずりをして。

それを一口大きく齧って、俺はようやく、目の前の人物と向き合うことができた。


「曖永、お前ちょっと身長伸びたんじゃないか?」

「ええー、なんか久々にあった親戚のオジサンみたいなこと言うんだねえ!イズミさんは……ふかふかだねえ!」

「お前、くすぐったいって!……このっ」


ちょうどつい数日前、美容院で刈り上げてもらったうなじに頬を擦り寄せられたので、仕返しに曖永の髮をワシャワシャとしてやって。束の間ではあったが愛おしかったあの日々に、自分でも訳がわからない程、涙が溢れた。溢れて、止まらなかった。


「もうすぐここを経つから、バイバイしに来たよ」


気づけば、大きなリュックを背負い、さらには複数のバックやキャリーケースがあった。

曖永は俺をゆっくりと見て微笑んでから、俺の隣に座った。相変わらず曖永からは、どこかの南国の花のような、蜜の香りがした。


「覚えてる?イズミさんが、初めてあの喫茶店に訪れたとき。僕、どうしても心配だったんだよ。でも、元気そうでよかった!」


初めて出会った日の事を思い浮かべる。人生で味わった、底しれない絶望。

そこに突如現れた、ふわふわと屈託のない笑顔を浮かべる、メニューにないものを差し出すUMA店員。そんなふうに思っていた。

でも、その底知れない、紛れもない曖永自身の愛とやさしさに、俺は救われ続けた。


「なあ。本当に、お前の力になれることはないのか」

「イズミさんを困らせちゃうから、それはできないよ」

「じゃあ何も言わなくていいから、俺と――」


喋りかけた俺の唇に、「しいっ」と、指を充てられる。まるで僕は、そんな人生を望まない。というように。

曖永は俺と同じく、別の形で、ただ何かを為さんとする自由と、志があった。閉じ込めてしまっては、こいつの幸せにはならないのかもしれない。

それに、一瞬だけ。この国にはもう、曖永の居場所なんて無くて。きっと母国だとか、帰るべき場所に、居場所があるんじゃないか、と。どんな甘い考えが過ってしまう。


「前にイズミさんが言ってくれたでしょ?僕とこれから、一緒に探しに行こうって。でもね、僕、この国で働いていて思ったんだ。皆、守るべき家族がいて、仲間がいて、国がある。……僕もようやく、向き合う覚悟ができたんだよ」


どうしてこんな形でしか俺は、曖永の幸せを叶えてあげられないんだ。――どうして。


「どうしようもなく俺は大好きなんだよ!!お前の事が!――なのになんで、お前の事を。……曖永を好きでいることが、こんなに、苦しいんだ」

「……ごめんなさい。イズミさん、僕もね。イズミさんのこと、ずっと大好きだから」

「いいか?もう、いいんだよ、お前はお前の為だけに生きるんだ。だから、絶対に!」


出会った時から変わらない。新緑の瞳が僅かに揺れ動いて、俺の苦しい表情を映し出している。

思わず抱き寄せた心臓はすぐそこにあって。今にも、翼で飛んでいってしまいそうな軽さで。

こんなときにも、曖永は笑顔だった。うれしいときも。そして、どんなつらい悲しさのときも。



「僕がイズミさんの事を、誰よりも大好きなことを。どうか、忘れないで」



――桜の絨毯には、ただ、曖永の足跡が残された。


俺は甘じょっぱいケバブをむせながら食べ、麗からな春の陽の下で、快晴に浮かぶ影送りをぼんやりと夢見ることしかできなかった。


とぼとぼと家に帰れば、曖永と一緒に寝転がったハンモックや、髮を乾かしてあげたドライヤー。置いていった曖永の故郷の不思議な置物に、数多の秘伝スパイスがキッチンに置かれいていた。


「…………俺も、前向かなきゃだよな」


真っ暗な部屋が、早朝の朝日に照らされるまで。

俺は玄関に立ち尽くして、ただ、遣る瀬無さに、己を恥じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ