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ケバブの天使  作者: 犀箸
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第十三話

目覚ましもかけなかったので、慌てて起きると、時計の針は午後を過ぎていた。


「おっと、そろそろ準備しないとだな」


早速牛乳をいれようとして、鈍い音がした。振り返ると、曖永が食器棚の上に置いていた像の置物が、床に落ちている。

「怒っちまったか?…縁起でもねえか」それを拾い上げて元の場所に戻し、準備を一通り済ませてから時計を見やる。そういえば今日は喫茶店のバイトが昼まで入ってるとかで、約束しているのは数時間後の夕方からだった。

どことなく浮足立っていた俺は、待ち合わせ場所にずいぶんと早くついて、かつて吹き飛ばされた公園のベンチに座って曖永を待っていた。


「待ってるのもなんだし、迎えに行ってやるか」


結局、喫茶店に迎えに行こうと考えた俺は、そのまま速足で向かっていく。すれ違う人々に、今までのように、立ち止まることもない。俺の覚悟はもう、固く決まっていたからだ。



――只ならぬ事が起きていると理解したのは、KOMICHIにたどり着いたというところで、何気なく窓ガラスを覗き込んだときだった。



「馬鹿を言うんじゃないッ!!お前の、お前のせいで、私の息子はァ!!」

「ちょっと店長、落ち着いて!ほらあんたも止めて!」

「だからあたし言ってたじゃないのよぉ、素性も分からない人を雇うなってさぁ…」



微かに漏れ出ていた怒号に。

つい、持っていた土産の花束が、指から滑り落ちた。



俺は扉を勢いよく開けて、店長に突き飛ばされて床に倒れこんだ曖永のもとに駆け寄った。


「おい大丈夫か、曖永…!?」

「ここにお前らの居場所はないんだよォ!私から、どれだけ、奪えば気が済むんだ、この悪魔がァ!!」

「ちょっとあんたこの子の知り合いかい?早く連れ出しておくれよ、もう手に負えないって!」

「ちょっと待ってください、一体何が何だか――!」

「あんた今朝の朝刊読んでないのかい!?とにかく早く逃げな!……はぁ、やっぱりこういう面倒事が――」

「てめえ……ふざけんじゃ――!」

「イズミさんまで、殴られたら大変だから、早く外に」

「……ッ!とにかく一緒に逃げるぞ!」


店のエプロンを着たままの曖永をとにかく外に連れ出して、走って逃げた。

カップルが道行く街路樹を駆け抜けて、とにかく人込みに紛れて。周囲の奇怪な視線も顧みずにとにかく、この針の筵のような世界から逃げた。

未だに信じられなかった。曖永に、名前をくれた、父のような人だった。

それがあんな風に我を忘れて、突然怒るなんて。あんな光景を目の当たりにしたというのに、到底、信じられなかった。


『続いてのニュースです。昨晩、大国『ヴァルハラル』が各国に対してミサイルや爆撃を発射し、およそ数十万人以上が死亡したとされる事件で、あまりの非人道的な行いに、総理大臣が強く非難しました』


それは、大きな交差点を走り抜ける最中だった。


『また昨今、外国人による犯罪率が急増しており、各地で盗難や殺人未遂などの被害がでています。大臣はこの件も踏まえ、多くのヴァルハラル人も我が国に渡航していることから、以前から各地で行われている”フォーリナーゼロ運動”の動きを高く評価しました。これにより、この国を守ろうという保守派の動きが活発化しており――』


商業ビルにある大きなディスプレイには、どこかのニュース番組が生中継で、俺たちに訴えかけている。”大義を為せ”と。


「この国を守らなきゃ…!やっぱりいれちゃだめなのよ、追い返さなきゃ!」

「酷いやつらだな。目障りだったんだよな、外国人ってぺちゃくちゃうるせえし、居なくなっちまえよ」

「グローバルとか、少数派とか、もはや時代錯誤よね。とっとと自分の国帰れっつーの」


店長も、ここにいる人々も。まるで、人の魂が全員入れ替わったようだった。

すぐ傍にいる曖永は喉の奥の、声が震えたように、細々と息を殺して立ち尽くしている。そして、ゆっくりと窺うように、俺の目を見た。

俺は今、どんな顔をしてしまっているのだろう。


ニュースに気を取られてしまった俺は我に返り、急いで曖永の手を強く引っ張った。だが、曖永の身体はまるで動かなかった。


「まだ他のバイトあるんだった、行かないと」

「そんなの今はどうだっていいだろ!それに、どうしてあんな事になっちまって――」

「違うんだよ。悪いのは全部、僕。どこの国から来たのか、知られちゃったみたいだから」

「いい加減にしろ!あんな暴言吐かれることが正当だって言うのか!?」


信号が点滅している。交差点にはもうほとんど人はいなくなっていて、中央には俺と、曖永だけが取り残されていた。


「イズミさんにはずっと幸せに、生きていてほしいな」

「お前はどうするんだよ……!」

「このまま僕と一緒に暮らすってなったら、イズミさんの未来も奪っちゃう。だから……ごめんなさい」


蛍のような熱が、俺の手から振りほどかれて、遠くへと離れていく。曖永は底なしの身体能力で、あっという間に走って人込みの中に紛れてしまった。

俺は交差点の中で、膝をついて、どうしようもなくなってしまった。



――俺は、どうすれば良かったんだ?



ニュースからは絶え間なく、キャスターやゲストからの賞賛の声が相次いでいる。

交差点の四方から、けたたましいクラクションの音が、粛々と鳴り響いている。



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