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ケバブの天使  作者: 犀箸
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第十話

少し焦げたケバブ生地に、千切りのレタスやハム、チーズに卵焼きを巻いて食べるのが、曖永の言う『朝ケバブ』の定番らしい。実際食べてみるとレタスのシャキシャキに焦げが逆にマッチしていて、スパイスの香りも増して気力も湧き、朝にふさわしい一食だ。

そしてケバブとセットでニハリ、というミネストローネのようなスープを一晩煮込んでくれていたらしく、ほろほろの骨付き肉とスパイス、目覚めにちょうどよい香辛料がマッチしていて、これまた美味い。


「俺のプロテイン飲むか?牛乳にいつも混ぜて飲むんだが……つか今日ずっとニヤニヤしてるな、お前」

「ふふっ、だって朝起きたらイズミさんが居るの、嬉しいなあって!あ、僕食べ終わったから掃除してくる!」

「お前食べるの早いな、ちゃんと噛んだのか!?まあじゃあ頼む、俺は皿洗っとくから」


カフェのエプロンをしている曖永が、俺の部屋にいるというのがあまりにも実感がわかない。いや、まるで家政婦みたいにきびきび動くので、とても感心していた。というかやらせてちゃ駄目だろ、俺。


「トイレ~にはあ~、とってもお~、綺麗な神様がぁ~いるう~♪」

「あー、なんか一時期そんな歌流行ってたな。いわゆる八百万の考えってやつだろ?あんまり詳しくねえけど」

「僕聞いた時からとっても気に入ってて、母国でもよく歌ってたんだよ!だからどんなことも、心を込めることは大事なんだって気づけたんだ!」


雑巾でトイレの蓋を拭きながら笑顔を見せる曖永が、眩しすぎて俺は思わず目を逸らしてしまう。

こういう、俺みたいな奴はこれが面倒で厄介な事だと片付けてしまうが、物事の本質に心から向かい合うことは、何よりも大切なのかもしれない。


「ある程度で大丈夫だ。それにもう買い出しに出かけようと思ってんだ、ざっとでいい」

「買い出しって、ぼくの分の?」

「ああ、これから住むわけだからな。俺一人分しかないから、日用品とかもそうだし、お前が欲しいものを買いに行こう」

「別に僕、イズミさんの寝巻のままでいいよ?むしろこれが良いなあ」

「ばっ……お前って天然の人たらしなのか……?とにかく行くぞ!」


扉をあけると、昨日の雨なんて忘れ去ったように青空がどこまでも広がっていて。

俺の昔来ていた帽子をかぶって、曖永が俺を見上げて、また嬉しそうにニコニコと笑っている。この太陽みたいな笑顔を見ると、曖永のことを大事にしなければな、と。そう改めて、心に誓って。


契約してある駐車場の車に乗り込むと、助手席に乗っている曖永とアイコンタクトする。ウインクが上手いなあ、可愛いなあ、とそんな事を内心ぼやきながら。

俺はサングラスをかけると、車のエンジンを勢いよくふかし、お気に入りのロックな音楽を流しながら目的地へと向かった。



******************



そこは大きなアウトレットモールで、何十店舗という数の店が立ち並んでいる。中にはフードコートやレストラン、日用品から家具など、買いそろえられない品はないだろうというほどの圧巻さだった。


「うわあ!こんなにお店があるんだねえ!イズミさん、全部のお店回ろうよ!」

「うーんそれはなあ、たぶん一日あっても足りないぞ?……だからホイホイ店入るな!?」


首根っこ捕まえてないとすぐ消えてしまいそうなので、もはやベビーカーに乗ってもらってた方が俺も見失わなくて済むかもしれない。

それにダッシュする速度が速いので、追いつくのにも精一杯だ。


「歯ブラシはお揃いの色がいいなぁ」

「それだとどっちが自分のかって分からなくなるだろ。……あー、今って値段も種類も、とにかくたくさなるよな。布団どっちが良いんだ…?」

「これくらいのサイズ、寝る時に必要かもしれない!」

「お前それ、二人分の布団だが」

「だってこれから一緒に寝るんでしょ?」

「いや布団は別々だろ!?お前の距離感どうなってんだ…!」


変な気が起きないように、昨晩は離れた床で寝ていたわけだが。

…そういえば以前、どっかの倉庫でピストルを片手離さず寝ていると言っていた。そんな話を聞いていたら、ついこの前立冬も過ぎたころ合いだ、ふかふかの布団で良い夢が見られるように。安心して眠ってほしい。


「やっぱりハンモックが欲しいッ!」

「ってよりによってハンモックかよ!!」

「お客様、それでしたらこちらはいかがでしょう?当店だからこそ、ハンモックもキングサイズまで、揃っておりますよ!もちろんご自宅での組み立てサービスもございます!」

「……ってあるのかよ!?」


結局、なんとかキングサイズではなく通常サイズのハンモックを購入する。

フードコートで互いに昼飯をとってから、食材などを買って、車に戻るころには俺も曖永も、両手にいっぱいの買い物袋をさげていた。


「あー、腕が限界だ。よくそんなかつげるな」

「これくらい楽に勝たん!だよ~!でも僕よりも、さらに頭上に大きな袋を何十個も重ねてる最強のおばあちゃんが母国にいたんだけど、その人には誰も勝てなかったなあ」


そうだ。そういえば国によってはそういう、もはや人の定義からはみでた超人がいることを忘れていた。

俺にとっては曖永の器用さや体力、洞察眼は十分常人よりはるかに逸しているのだが、生まれながらにして天賦の才を背負う人もいるのだろう。…まあ、そういう天才の人生はどちらかといえば、その特性故に苦労している印象がある。


「そうだ。お前、やりたい事とか他にあるのか?やってみたいこととか」

「えっとねえ。サムライになりたい!あと、マッチャ作ってみたい!」

「なるほどな、もはや俺自国民のはずなのにやった事ないやつきたな……でもこの機会に、飯も食ったし、体でも動かすか!」


検索してみると、どうやら少し離れた場所に昔のそういう文化の体験ができるアミューズメントがあるらしい。あとは、文化会館で特別に開催しているお抹茶体験会なるものがあるらしく、そこに行くことにした。

ナビの目的地をセットすると、「うんしょ…」あまり車に乗ることに慣れていないのか、もたもたとシートベルトを一生懸命締めているところも愛おしく、頬杖をつきながらじっと見つめてしまう。

……ずっとこの横顔を見ていたい。助手席にずっと座っていてほしいし、俺の傍に居てほしい。

ただ、それは曖永の未来や、自由を縛ることにもなってしまう。――俺はどうするべきなのか。結末を出すには、まだ時間が必要だった。

でもとにかく今は、曖永のやりたいことを、やらせてあげよう。


「……んもう、見ててからかってるんですか!?」

「違うよ。可愛いなって思ってさ。貸してみな、ほら」

「あ…………」


曖永のシートベルトを締めてあげると、カチャっと音が鳴ってしっかり締まったことを確認する。

そしてアクセルを踏みながら、俺たちを乗せた車は次の目的地へと向かった。



********************



曖永と車で様々な箇所を巡っていると、金色の夕焼けと紺色の夜空がカフェラテのように溶け合って、こんな冬に近づいた季節は一日の時間がひどく短く感じる。


「……イズミさあん、目がぐるぐる……」

「酔ったのか?さっきコンビニでコーヒー買ったときのビニール袋ならあるぞ」


疲れ知らずの体力を持つ曖永ではあったが、つい今しがた参加したお茶会で、和室で抹茶をたてて飲んだ後の曖永は、なぜか少し様子がおかしかった。


「大丈夫か?まだ車出さないほうがいいか。それか、後部座席に横になってもいい」

「ううん、違くてえ、なんだかフワフワして、今なら何でも面白くて笑えちゃいそうですぅ!」

「…………随分と不安になる上機嫌さだな」


俺も隣で一緒に、正座からくる足の痺れに耐えながら飲んだのでまちがいない。抹茶には変な材料などは一切入っていなかったし、添えられていた和菓子も、味については全く問題なかったはずだ。ましてやショコラボンボンのように酒が入っていればさすがに気づく。

…いや、なぜ俺は今、ショコラボンボンを思い浮かべた?


「えへへ、早く車出してくださあい!それとも僕が運転しましょうかぁ~?」

「そんなろれつが回ってない奴に運転任す訳ねえだろうが。おとなしく寝てろ」

「酔ってまらへん!ふん!」


小耳にはさんだことがあるが、いわゆる本場の濃い抹茶を飲むと『お茶酔い』して目まいが起きたり気持ち悪くなるらしい。ただこいつは、本当に“酔っている”ようにしか見えない。頬も紅潮しているし呂律も回ってないし、どことなく酔いつぶれた西川と面影が重なる。


「ようし!お家帰って激辛デスソースパーティやりましょう~!」

「おおぉぉぉおおい足伸ばして勝手にアクセル踏むな!!」


そのままドタバタと自宅まで、なんとかたどり着き。



無事に部屋に戻ると、顔が真っ青な俺と反対に、曖永はぷつりと糸が切れたように玄関で靴をぬいで、廊下で大の字になった。


「楽しかったあ~!イズミさん、今日はいろんなところ連れて行ってくれてありがとう!あ、そうだ荷ほどきの続きしよおっと!」

「はあ、はあ……死ぬかと思ったぜ……」


全集中力を使い果たし、俺はくたくたになりながら自室で着替えてベットに横になった。対して曖永は千鳥足で、ハムスターのようにドタドタと機敏に動き回っているので、改めて驚異的な身体能力に驚かされる。


しばらく扉がバタバタと開閉する音がして、曖永が車の後部座席からかついできたハンモックや日用品などを整理し、預かっていた大きな荷物の荷解きを始めたところだった。


「スパイススッパイス〜♪これどこに飾ろうかなあ!」


瞬く間に俺のインテリアが……とは言っても色味をシックに統一している程度なのだが、あっという間に異色混合のカオスな部屋と化した。


「こんなスパイス要らないだろ何十本あるんだこの瓶!収納スペースねえぞ」

「ええ!まだタンドール釜の搬入も終わってないのに!」

「無理に決まってんだろこの狭い室内で。火災報知器もあるんだぞ。あとなんだこの置物、形が某アームストロング砲じゃねえか」

「これは母国で有名な子孫繁栄を願う置物です!こっちは小指を家具の角にぶつけないお守り!トイレに置いてあるは、己の穢れが快く放たれますように――」

「もういい分かった全部没収だ没収!!」

「うわあ、イズミさんのケチ!ガンコ!イジワル!」


ちょっと思いがけない罵倒の連続にダメージを受けながらも、大量の置物をどうにか全て収める。そしてどうにもやはり、ハンモックがかなり場所を取っていた。キングサイズを選んでいれば、間違いなく組み立てできなかっただろう。


「ベランダに置くっていうのはどう?」

「んーまあ一時的にならいいか。取り敢えず、部屋のスペース確保できるまではだな……」


ベランダにちょうど収まったところで、組み立てられたハンモックに、早速曖永が飛び込んだ。サイズ感も丁度良さそうだ。


「ブランコみたいで楽しいねえ。僕今度からここで寝ようかな〜」

「寝返りうてないんじゃないか?ちゃんとベットも買ってるんだ、そっちで寝ろよ。……いやそれにしても浮いてるな、これ。リゾートな場所にあるもんだろ普通、こういうの」

「母国だと色んな場所にあったから、僕は逆に安心するけど。イズミさんも一緒にどうですかぁ〜」

「……いや落ちそうだからいい。高所恐怖症なんだ」

「膝で乗り越えられる高さで!?僕のこと、そうやってからかう、と!」

「――っておいッ!?」


柔道の技に、こんなのがあった気がするな。ああ、思い出した、巴投げだ。

胴体をハグされて、そのまま宙を舞い、ハンモックに引き込まれる。上に覆いかぶさったような形で俺は、突然の出来事に、何か言わないと、まともに回らない思考を動かして。


「今度はどこ行くか、一緒に決めよう」


そんな適当な方便しか頭に出てこなかった。

だが、こんな馬鹿げたお願いも、曖永はこくりと頷いて、そのまま仰向けの俺に重なるように、俺の上に寝転がった。

――まるで絵本を読み聞かせるように。丸い星空の下、曖永の脇の下から腕を回し、スマホで色々と観光地を調べた。今まで俺はそんな場所に一人で行こうなんて考えなかったから、行きたい場所がたくさんあることに、自分自身も驚いた。


「このテーマパーク行ってみたいなぁ。キャストさんの体験っていうの、やってみたい!」

「へえ、面白そうだな。じゃあ次の休みはここ行くか」

「わあい!楽しみすぎてもう寝れません!」


上に乗っかる曖永の体温は、湯たんぽのように温かい。既に密接しているはずなのに、もっと触れたい。そんな感情の起伏が襲ってきては、お茶酔いした曖永がどうも艷やかに俺に委ねるものだから、つい。

――つい出来心で、時折髪の隙間から透けるうなじに、痕をつけてしまった。


「あ、あの!イズミさん?」

「……お前が無防備すぎるから、離したくなくなる。こう見えてな、俺、余裕ないんだよ」

「ごめんなさい…!ぼくが悪いですか?」

「違う。お前が大好きで離したくなくなるからだ。でもな、俺はちゃんとこういうのはお互い認め合ってから、するもんだと思ってはいる。だから……お前は気付かないふりして、ここに居てくれれば良い」

「……気付かないフリって、言われましても……」


思うがままに愛したい。そんな暴力を、いきなり振るうわけにはいかない。だがすでに俺の止め処無い熱意が、勝手に反応してしまっている。

――焦る内に、曖永はポケットからとある物を取り出した。


「そしたら、これ…………その。イズミさんに頼むのね、すごい恥ずかしい……です、けど」


曖永の顔はまだ、どことなく、耳の縁まで真っ赤になっている。


「これで空けてくれませんか」


それはさっき荷解きした際に一緒に取り出したであろう、小さくコンパクトなピアッサーだった。


「…………いや、お前がピアスの穴を結構空けてるのは見てて分かったんだが。俺に?」

「いつもは自分でしてるんだけど。……イズミさんに、してほしくて」

「でもこんなの絶対痛いだろ。傷つけたくはない」

「痛いのは慣れてるよ。それに僕、好きな人になら、痛いのも気持ちよくて、好き」


紅ほっぺのような唇に、三日月の潤んだ微笑みは、悪戯好きの悪魔のようだ。いけないことの筈なのに、その気にさせられて。

そっと耳にあてられた俺の指は震えていて、ピアッサーの位置が定まらない。すぐ鼻の近くの曖永の首筋は、青白い月明かりに照らされて、じっとりと汗ばんでいた。


「イズミさんのしたい様にしていいよ」


もう一度痕をつけた箇所に口づけをしながら、パチリと、粘土を捏ねるような重みがあってから。

一瞬小刻みに震えたのを見て、慌てて恐る恐る表情をのぞき込むと、その瞳は潤みながらも、まっすぐと俺を見つめ返していた。


「ありがとうございます。……お陰で、僕も絶対に忘れられない記憶になりました」


愛おしく穴の開けた部分を指でなぞりながら、曖永は微笑んだ。



――それから、一気に疲れがどっと来たのか、曖永は深い眠りに落ちてしまった。

寒くならないように運んでベットに寝かせると、そっと電気を消した。



それからの休日、テーマパークで俺達はまた波乱万丈、過ちを繰り返してしまうことになるのだが。

――それはまた、別の話になる。



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