わたくしが悪役令嬢にならないと、婚約者が死ぬらしい?!
「ロザリンド! 君が『悪役令嬢』にならないと、僕は死ぬらしい!!」
「悪役令嬢ってなんですか?!」
突然のカミングアウトにロザリンドは困惑の悲鳴を上げた。
『悪役令嬢』という単語をロザリンドは知らない。
公爵令嬢であり、未来の王太子妃である彼女は国内最高峰の教育を受けているはずだが、そんな彼女が知らない単語を知っているとはさすが王太子スティーヴン――などと思うはずもなく。
「今度はどこから変な知識を仕入れていらっしゃったの?!」
彼女の婚約者スティーヴンは少々変わり者のきらいがあった。
好奇心の赴くままに行動し、時には可笑しなタイトルの本を読み漁って妙な知識を披露する。
今日もまたそのたぐいだろうと思っていたのだが、彼の口から紡がれたのは最近のロザリンドの頭痛の種である名前。
「聖女シシリーの予言だ!」
「!」
またあの聖女が厄介事を持ち込んだ! と頭を抱えたい衝動をこらえて、ロザリンドは「お話を聞いてまいります」と足音高くその場を立ち去ったのだった。
「シシリー様、少しよろしいかしら」
学食で優雅にランチを食べているシシリーを見つけ声をかける。
平民出身ではあるが、類まれな聖なる力を認められて王立魔法学園に入学したシシリーは聖女として名高い存在だ。
だが、一方で彼女はその言動から問題視されている人物でもある。
「あらー、ロザリンド様。どうされたんですかー」
未来の王太子妃である公爵令嬢ロザリンドに対して間延びした口調で話すのも今に始まったことではない。
一応、王立魔法学園は身分にとらわれない学風を売りにしている場所ではあるが、入学してくるのは貴族の令息と令嬢ばかりなのも相まって、額面通りに受けとるものはそうそういない。
「わたくしの婚約者が死ぬという予言はどういうことでしょうか? 本当であれば陛下に奏上しなければなりません」
「話しちゃったんですねー。口が軽いなー」
口が軽いも何も、自身が死ぬと聖女から予言を受けて黙っていられる方が困る。
ひくひくと引きつる口元を意識的に抑え込んで、ロザリンドは優雅に微笑む。
「詳細をお教えしていただいても?」
「簡単なことですよー。わたしがー、ヒロインだからですー」
「ヒロイン……?」
物語などでよく見かける単語のヒロインだろうかと首を傾げたロザリンドの前で、ランチ鶏肉をつつきながらシシリーが詰まらなさそうに言う。
「この世界は『乙女ゲー』でー、本来私は『王太子と結ばれる運命』なんですー」
「……は?」
思わず低い声が出た。『乙女ゲー』という単語の意味は分からないが『王太子と結ばれる運命』とはどういうことなのか。スティーヴンの婚約者はロザリンドである。
「攻略対象は五人いてー、スティーヴンさまはその中の一人でー、私の最推しでー。貴女が悪役令嬢として横柄な振る舞いばかりするからースティーブン様に愛想をつかされるんですけどーそしたら私と結ばれるのでー、私と愛を誓うんですー」
「すみません、端的にまとめてもらっていいですか?」
長々と話されても『攻略対象』も『最推し』も『悪役令嬢』も意味が分からない。
眉を顰めたロザリンドの言葉に、シシリーが笑みを深める。聖女らしくない嫌な笑みだ。
フォークの先に付け合わせのサラダを刺して、得意げにそれを振る。
「貴女が悪役令嬢として振る舞わないとー、この先魔王と戦った際にスティーヴン様は死にますよー。私と結ばれない人を助ける理由はないからー」
ぱくりとサラダを口に含んで、それ以上は何も言わない。
シシリーの言葉は『自分と結ばれないなら見殺しにする』と言っているも同然だ。とはいえ、ここで押し問答をしても仕方ない。
「つまり、魔王がいなくなれば良いのですね」
「無理だとおもいますけどー。いくなら北の果ての洞窟にどうぞー。そこに魔王がいますからー」
やっぱりにやにやと笑いながら間延びした声で言われる。癇に障るどころの話ではない。
シシリーの言葉が本当なら国を挙げた大事だ。
それなのにこの態度。聖女の自覚があるかどうかではなく、そもそも人の命を軽んじている。
ロザリンドは彼女を見限ってその場を立ち去る。
その後ろ姿をシシリーがじっと見つめていたことに気づいていたけれど、振り返ることはしなかった。
(魔王がいなくなればいいの)
ロザリンドは婚約者のスティーヴンを愛している。
産まれた瞬間に結ばれた婚約を運命だと思っているし、彼のためなら何でもできる自負があった。
悪役令嬢として振る舞わないと死ぬというのなら、振る舞ってもいい。
だが、その結果、愛想をつかしたスティーヴンがシシリーと思いを通わせるのは絶対に嫌だ。
なら、スティーヴンが死ぬ原因となる魔王を倒すしかない。
幸い、彼女は絶大な魔力を保有している。
公爵家に連なる人間として、魔法の研鑽を怠ったこともない。
(一番は話し合いだけれど)
シシリー曰く、北の果ての洞窟に居を構えているという魔王。
だが、彼はもう数百年もの間『存在している』だけだ。人間の領域を侵すこともなく、静かに暮らしているといわれている。
だからこそ不思議に思う。シシリーは「スティーヴンが魔王と戦って殺される」と断言したが、戦闘になる要因がなさすぎる。
魔王の存在は脅威ではあるが、王国のスタンスは彼が静かに暮らしている以上何もしない、というものだ。
根城がわからなかったことも一因ではある。
何をきっかけに王太子であるスティーヴンが魔王と対峙するのか。皆目見当がつかなかった。
午後の授業が残っていたが、一足先に馬車で学園から公爵家に戻ったロザリンドは父である公爵の目を盗んで公爵家の奥に設置してある有事のための転移魔法陣を使用した。
行き先は北の果ての魔王が住むという洞窟の前。彼女は愛する人のためならば、いくらでも危険に身を投じることができる女だ。
(魔王を説得して、状況を変えてみせるわ!)
シシリーは今まで数々の予言を当てて聖女の地位を確立した。
そうでなければ、世迷い事だと捨ておけた。よりにもよってロザリンドの愛するスティーヴンの死を予言するなど、看過できない。
決意を胸に、彼女は転移魔法陣の使用を察知して慌てた様子で駆け込んできた執事ににこりと笑いかけ、姿を消した。
北の果ての洞窟の前は荒れ果てていた。
とはいえ、手入れがされていなくて草木が好き勝手に生えているだけで、想像していたような瘴気に満ちた土地ではなかった。
警戒しながら手元を炎の魔法で照らしながら、洞窟を進む。
暫くして薄暗い洞窟を抜けると王城並みに荘厳な城が立っていた。
違いを上げるとするならば、王城は白を基調にして建てられているが、目の前の城は黒が基調になっている。
ぱち、と瞬きをしたロザリンドはそのまま門に向かった。門番の姿はない。
勝手に入っていいものか迷いつつ門に触れようと手を伸ばしたタイミングで頭の中に声が響く。
『なにものだ』
相手の脳に直接声を届けるのは宮廷魔術師ですら至難の業と呼ばれる妙技だ。
驚きつつも、ここはすでに魔王の領地だと認識しているロザリンドはその場で優雅に淑女の礼をとる。
「初めまして、魔王様。わたくし、公爵令嬢のロザリンド・ノーマンディーと申します。お目通りを願いたく参りました」
『その場で待て』
「はい」
カーテシーの体勢を戻すと、足元に魔法陣が広がる。
刻まれた文字は王国で使うものと少し違うが、転移用だと咄嗟に判別する。
その場で待てと言われていたこともあり、大人しく佇んでいると魔法陣が光り輝き、転移時独特の魔法酔いの感覚がした。
少しふらつきながらもしっかりと両足で立つ。肌に触れる空気の種類が変わっている。
そっと視線を滑らせると、どうやら広い空間にいるらしい。ベルベットの絨毯の先には玉座が鎮座しており、そこに予想よりずいぶんと人間らしい魔王が座している。
頭から生える二本の角がなければ、人間と変わらない姿かたちの魔王が、玉座に肘をついて、少しの好奇心を瞳に乗せてロザリンドを見下ろしていた。
血のように赤い瞳をまっすぐに注がれても臆することはない。
王太子妃教育の一つで、誰の前でも委縮することはない。
再び優雅なカーテシーと共に挨拶をしようとした彼女を、片手を振って魔王が止める。
「堅苦しい挨拶は良い。要件を述べよ」
「はい。では、失礼いたします。――魔王様、人間界を脅かすご予定はおありですか?」
「どういう意味だ」
怪訝な声音に嘘偽りの色はない。ロザリンドはまっすぐに背を伸ばして、事情を説明する。
「我が国の聖女が予言を致しました。貴方がわたくしの婚約者である王太子スティーヴンを殺すのだ、と」
「なるほど」
「わたくしはスティーヴン様を救いたいのです」
ロザリンドの訴えに魔王がため息を吐き出す。
肺を空にするような深い溜息を吐いて、魔王はぽつりと零した。
「転生者、か」
「なんのことでしょうか?」
「数百年に一度、いるのだそういうものが。他の世界の知識と記憶を持った人間が生まれ落ちる。我らはそれを『転生者』と呼ぶ」
ロザリンドの優秀な頭脳が、王宮に保管されている一冊の禁書を思い浮かべた。
その中には『この世界のものではない記憶を保持した人間』の記載があったはずだ。
考え込んだロザリンドに、魔王は二度目のため息を吐き出した。
「その者たちが語る『我らが世界』と『現実』は乖離していることが多い」
「と、申しますと?」
「例えば――その『転生者』は奇妙な単語を口にはしなかったか?」
問われて思い返すのは『悪役令嬢』や『攻略対象』、そして『乙女ゲー』というワードだ。
素直にそれを口にすると、魔王は「やはりか」と三度目の深い溜息を吐き出す。
「以前の『転生者』もそうだった。我を世界に仇なす魔王と罵ったが、我は魔王ではあるが世界を滅ぼす気などなかった。それに其方は『悪役令嬢』ではないだろう。あやつらは己の知識と現実の乖離を認めることはない」
静かに紡がれる言葉に一つ頷く。魔王の様子から人間と敵対する気がないことは見て取れる。
ロザリンド自身も『悪役令嬢』などと渾名されるいわれはない。
「むしろ、その聖女こそ排したほうがよいだろう。以前の転生者の聖女は散々世界情勢を掻きまわすだけかき回したからな」
「確かにそうかもしれませんわ」
シシリーは予言を当てて聖女として認められた。――だが、中には予言だと認めるには難しいものもいくつかあったのだ。
ロザリンドの実家のノーマンディー公爵家が汚職をしている、とか。
スティーヴンの義弟が謀反を企てている、とか。
将来、世界は魔王軍と人間軍の二つに分かれ、激突する、とか。
上二つはどんなに調べても証拠などなく、むしろ公爵と弟王子の潔白を証明しただけであったし、魔王軍と人間軍の対立などそれこそ夢物語だと軍部の失笑を買った。
一方で、シシリーの予言は学園内で起きるトラブルは明確に言い当てた。
全てが全てはずれているわけではなかったから、彼女は『学園に在籍している間に明確な聖女としての結果を出すこと』を条件に将来の聖女候補の肩書を持って入学したのだ。
本人が「私はねー、聖女なのー」と触れ回っているし、将来聖女になるかもしれない相手を敵に回したくない教師陣が黙っているので、事情を知らない多くの生徒は誤解しているのが実情だった。
「これを与える。どうにもならないときに使うが良い」
そう告げて魔王が手を伸ばす。咄嗟に両手を前に出したロザリンドの手のひらの上に魔王の瞳のように真っ赤な宝石がころりと落ちてきた。
綺麗な球体をした赤い宝石は、公爵令嬢のロザリンドからしても驚くほど良い品に見えた。
「ありがとうございます」
「友好の証だ。加工して身に着けておけ」
「わたくしが頂いていいのですか?」
純粋に疑問だった。こんな貴重な品を、公爵家の人間とはいえただの令嬢がもらっていいのだろうか。
ロザリンドの疑問に、魔王が可笑しげに笑う。
「いい、お前は愛する者のための勇気を示した。我は気に入った」
そう言われると悪い気はしない。宝石を大切に握りしめて、ロザリンドは笑う。
「助かりますわ!」
「転移魔法で送ってやろう。座標は――公爵家でよいな」
パチン、と魔王が指を鳴らす。再び足元に広がった魔法陣の中で、ロザリンドは丁寧に頭を下げる。
最後に見た魔王の表情は酷く満足気なものだった。
ロザリンドが魔王の元を訪れてから一週間後、学園でパーティーが開かれた。
以前から告知されていたパーティーの一つで、今回は初代国王の生誕を祝うものだ。
王都では大々的に祭りが開かれており、王宮でも夜会が開かれるが、そこに参加資格のない爵位の低い貴族の令息や令嬢たちのための場を、ということで、毎年学園で開かれる恒例行事の一つだった。
学園のパーティーは昼に開かれる。
夜に王家主催で開かれる夜会との時間は余裕をもってとられているので、ロザリンドもスティーヴンも出席することが可能だ。
普段以上に気合を入れて飾り付けられたパーティー用の大広間に着飾った生徒たちが集まっている。
令息が令嬢をエスコートするのは当然で、ロザリンドはスティーヴンにエスコートされていた。
学園での身分が最も高い二人の入場は最後だ。
この日のために新しくあつらえたドレスを身に纏ってロザリンドは優雅にスティーヴンの隣を歩く。
にこにこと笑みを振りまく彼は、すぐに生徒たちの中からシシリーを見つけ、そちらへ向かう。
「シシリー、報告があるんだ」
「なんでしょうかー」
楽しげに笑うスティーヴンの隣で、わざと不安そうな表情を作る。
二人の対照的な顔に、シシリーはニマニマと人の悪い顔で笑っている。
「ロザリンド、君との婚約を僕は」
わざといったん言葉を区切って。
「破棄――しない!!」
「えっ」
間の抜けた声をシシリーが上げる。ぱちぱちと瞬きを繰り返してロザリンドとスティーヴンの顔を交互に見るシシリーに、笑いだしそうな衝動をこらえる。
「ああ、やっぱり。そういう展開をご期待だったのですね」
王家の禁書を漁った際に、かつての聖女が残した日記があったのだ。
そこには『乙女ゲー』と『悪役令嬢』と『婚約破棄』についての記載があった。
大まかなことしかわからなかったが、どうやら『婚約者が悪役令嬢を断罪し婚約破棄する。
その結果、ヒロインと結ばれる』のが『乙女ゲーのお約束』だと理解した。
なので、スティーヴンと示し合わせて、一芝居打ったのだ。
「残念でしたね、シシリー様。魔王とは友好協定を結びました。そして、魔王の言葉により――貴女こそが世を乱す『悪魔』だと断じられた。貴女から聖女候補の称号をはく奪し、捕縛します!」
高らかにロザリンドが告げた瞬間、パーティー会場に騎士たちがなだれ込んでいる。
状況を理解できずにいる愚鈍なシシリーが捕らえられる。
「な、なにこれ! こんな展開」
「乙女ゲーにはなかった、ですか?」
それもまた過去の聖女が書き残していた言葉の一つだ。
床に押さえつけられ足掻くシシリーを見下ろして、スティーヴンが聞いたことのない低い声を出した。
「僕とロザリンドを引き裂こうなど、許されることではない」
確かな怒りが滲んだ言葉に、ロザリンドの胸がときめく。
普段はへらへらしているスティーヴンのギャップが、彼女はたまらなく好きなのだ。
「ふざけないで!! 私は聖女よ!!」
「違います。聖女候補『だった』です」
「ロザリンド――!!」
丁寧に訂正したロザリンドの言葉にシシリーが怒号を上げる。「不敬だぞ!」と頭を押さえつけられた彼女にスティーヴンが冷徹な眼差しで告げた。
「異端審問は父上の裁可に任せる。連れていけ」
「はっ!」
シシリーを取り押さえていた騎士たちが連行していく。
最後まで足掻くみっともない姿を見送って、ほっと息を吐き出した。
そのタイミングで、彼女が胸元に着けていた赤いネックレスが輝く。
『我の力は助けとなったか』
「はい。魔王様」
穏やかにロザリンドが笑うと、この一週間の間に国王と面会し、友好協定を結びなおした魔王が上機嫌に笑う。
『では、対価を貰おう』
「なにを望まれるか次第です」
スティーヴンが王太子として凛と答えると、魔王は『難しいことではない』と告げた。
『我も『学園』なる者に通ってみたいのだ』
「それは――」
学園に通う魔王、あまりにシュールでは?
顔を見合わせたロザリンドとスティーヴンに魔王がどこか拗ねた口調で言う。
『そろそろ隠居にも飽きたのだ』
まるで子供の駄々だ。小さく笑ったロザリンドはスティーヴンの腕に甘えるように身を寄せる。
「スティーヴン様、叶えて差し上げてください。魔王様は優しい方ですから」
「――いま、すごく嫌な気持ちになったよ」
「?」
眉を顰めたスティーブンが、一拍おいて「父上にそうだんするから、返事は保留で」と告げる。
魔王は『人間には序列があったな』と納得した様子で、ロザリンドの胸元のネックレス――魔王が友好の証に送ってくれた宝石を加工したもの――は光を収めた。
「ああ、まったく。僕の婚約者は妙に好かれやすいから困る」
「そんなことありませんわ」
「無自覚なのがもっと困る」
眉を寄せたスティーヴンの言いたいことがくみ取れない。
首を傾げるロザリンドの腰に手を回して、彼は甘く囁いた。
「魔王が入学してきても、靡いたらダメだよ」
「? もちろんです」
生まれ落ちた瞬間に結ばれた婚約だけれど、ロザリンドは確かにスティーヴンに恋をしているのだから。
彼が嫌がっても、死ぬまで傍で支えると決めているのだ。
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