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聖女シャルロッテ

 

「──これより、神託の儀を始めます。シャルロッテ・エチェンバレン、入りなさい」


 神殿に響き渡る宣告と同時に、天井近くまで届くほどの巨扉が、鈍く重たい音を立てて開いた。

 その音は、まるで大地そのものが唸ったかのようで、参列者たちは無意識に背筋を伸ばす。

 太古の巨人族ですら悠々と通れそうなその扉。人々の視線は、抗いがたい力に引かれるように、扉の向こうへと吸い寄せられた。

 ──だが、そこに現れた影は、あまりにも小さい。

 天窓から射し込む一筋の光が、計ったかのように一人の少女を照らし出す。まだ幼さは残るが、女性らしく穏やかな眼差しと薄紅色の唇。

 淡い金色の髪が光を反射し、細い肩と白い指先を柔らかく縁取った。

 息を呑むほどに美しいが、あまりにも出来過ぎた光景だった。

 奇跡か、それとも都合の良い偶然か。どちらにせよ、その姿を目にした瞬間、参列者たちの胸には、言葉にならぬ確信が芽生えていた。


 ──見ろ、聖光だ。

 ──ああ……神が、祝福を。

 ──間違いない、次の聖女だ。


 ざわめきは、祈りと畏怖を孕み、波紋のように聖堂全体へと広がっていく。


「ご静粛に。神の御前ですぞ」


 甲高い神官の声が響くと、聖堂は水を打ったように静まり返った。

 だがその沈黙は、先ほどよりもなお重く、張り詰めている。

 少女──シャルロッテ・エチェンバレンは、ゆっくりと歩みを進める。

 石畳を踏みしめる一歩一歩が、運命の時を刻むように響いた。

 祭壇の前で、彼女は慎ましく膝を折り、伏せた睫毛の影が陶器のような頬に落ちた。

 彼女を見下ろすのは、柔和な微笑みを湛えた石像。大地と豊穣の女神、ノーザリ。


「シャルロッテ・エチェンバレン。神の御前にて、誓いの言葉を」


 ひときわ豪奢な法衣を身に纏った老司祭が、厳かに告げる。

 シャルロッテは顔を上げ、澄んだ青い瞳で女神像を見つめた。

 そこに迷いはない。不安も、恐れも、微塵もなかった。

 小鳥のさえずりのように、か細く、それでいてよく通る声で、彼女は言葉を紡ぐ。


「女神ノーザリ様に誓います。シャルロッテ・エチェンバレンは、神の言葉を伝える僕として、この生涯を捧げます」


 ──その瞬間。

 聖堂の空気が、確かに震えた。目に見えぬ何かが揺らぎ、熱を帯び、祈りの場を暖かく満たしていく。

 シャルロッテの頭上に、淡く輝く神紋が浮かび上がった。

 誰の目にも明らかな、神の奇跡。人々のどよめきは、もはや抑えきれるものではなくなった。


 ──神託だ……

 ──聖女だ。

 ──女神が、この少女を……!


 歓喜と畏怖が入り混じる中で、ただ一人、青ざめた顔で必死に祈りを捧げる者がいた。


(女神ノーザリ様、お願いです)


 ロデオ・エチェンバレン。シャルロッテを鏡に映したように整った容貌。彼は双子の兄であり、誰よりもシャルロッテを知る存在である。


(妹を、シャルロッテを、聖女に選ばないでください)


 妹を案ずる心に偽りはない。だがその祈りは、周囲の期待とは真逆を向いていた。


(神よ、騙されないでください!)


 固く握り締めた拳の関節が白くなるほど、ロデオは強く、必死に祈る。


(妹は……大嘘つきなんです。聖女に相応しくありません)


 しかし、その祈りが届くことはなかった。

 次の瞬間、聖堂の鐘楼──いや、国中の鐘楼で、鐘が一斉に鳴り響く。

 神託を告げる音が空を裂き、街を覆い、歓声が波のように広がっていった。

 それは、シャルロッテが神に聖女として認められた証であった。


「おめでとう。君も鼻が高いだろう、ロディ」


 喧騒の中、耳元で囁かれ、ロデオは我に返る。

 こちらをにこやかに覗き込むのは、この国の皇太子であり、ロデオの主君──セフィーロ・クルイモフ第一王子。


「ロディ、どうした? 顔色が悪いぞ?」


 愛称で呼ばれるのは、学生時代からの友人付き合いゆえだが、王族という立場に奢ることのない気さくな人柄は国民からも慕われている。

 皇太子に、シャルロッテの真実の姿を教えてやったら、どんな顔をするだろうか。

 信じるのか、それとも──。

 一瞬の逡巡の末、ロデオは小さく首を振って、その考えを頭から追い出す。


「いえ、セフィーロ殿下。何でもありません」


 平静を装い、白い杖を受け取るシャルロッテに視線を戻す。

 その白い杖は聖なる力を持ち、聖剣や聖玉と並び三種の神器の一つとされていた。

 シャルロッテが聖杖を捧げ持つ一瞬、その青い瞳がロデオの視線と交錯した。

 それは、約三年ぶりの再会でもあった。


『ふふ、ロディ。そこにいたのね』

『殿下の護衛騎士なんだから、当たり前だろ』


 声が届く距離ではない。しかし、はっきりと間髪入れずにお互いの意思が届いた。

 双子の二人が幼い頃から共有していた秘密、目を見ただけで心を通わせてしまう能力。

 兄は呪いだと嘆き、妹は祝福だと笑った。


『何よ、私が聖女に相応しくないって? 久しぶりに会ったのに酷いわね』

『お前みたいな嘘つきが、聖女なんてありえないだろ』

『嘘は、つき通せば真実になるの。知らなかった?』

『俺は騙されない。絶対に──』


 時間にして数秒。

 シャルロッテの瞳は閉じられ、誰にも聞かれることのない会話はおわった。


「神託は成されました。シャルロッテを聖女と認定いたします」


 大陸歴731年 ノーザリ教に新たな聖女が誕生した。後の歴史家にとっては最も謎の多い聖女シャルロッテ。

 数々の功績により人々から愛され、大罪により処刑された唯一の聖女の物語はこの日から始まった。





 

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