第一四話「虚空の花園」
飼い猫の火葬とかで死ぬほどバタバタしてたんですよね
マルコシアス星系にて、史上初めての砲火が開かれたのは、開闢暦三二八八年、銀河暦にして二八一一年一一月一日の事である。連盟軍第三艦隊が、哨戒中の帝国軍チャスチェフスキー師団と星系外縁で遭遇したのだ。
チャスチェフスキーはまず遭遇による偶発的戦闘の収拾に努めて一度退くと、高速艦と重装艦とで艦隊を分け、連盟軍第三艦隊の突進を重装艦で構築された厚みのある戦列で受け止めた。その防御は狼犬の顎が蛇を噛み千切る様にも似て、突進を受け止めた中央部はやや後退しつつ、両翼が見事なタイミングで突出して、第三艦隊の先鋒に激烈なる砲火を浴びせた。
勢いを失い、後退し始めた第三艦隊を、待機していた三〇〇〇隻の高速艦のうち二〇〇〇隻で横撃しその戦線を串刺しにしてしまった。
「敵は減らせるときに、減らすものだ。このまま押し包め」
旗艦『タチャンカ』から、ウラジミール・チャスチェフスキー中将は冷然たる命令を下した。
果たして、第三艦隊の先鋒部隊三〇〇〇隻はチャスチェフスキー師団に包囲された。それを見た第三艦隊司令官クレイ大将は、慌てて包囲の解除を図り攻撃したが、今度は温存していたチャスチェフスキー師団の高速艦艇一〇〇〇隻が姿をちらつかせるように出没し、無闇な突進をすれば今度こそ壊滅の危険性があると判断して、先にその高速艦を撃破する事とした。
「愚かな。時間は、俺に味方するのみだ」
師団本営に控える重砲艦五〇〇隻の一斉射撃で、高速艦部隊を追い始めた第三艦隊の分艦隊の足を止めると、逃げ回らせていた高速艦部隊を一斉に反転させて突撃し、中枢部を打撃してあっという間に潰走させてしまった。第三艦隊本隊の数はもはや五〇〇〇隻ほどとなっており、包囲されている部隊を含めても、もはやチャスチェフスキー師団に兵数の差で負けていた。
これまでか、とクレイ大将が歯噛みした時、連盟軍総旗艦『クルセイダー』から通信が入った。
「貴官の奮戦に感謝す。後は任されたし」との短いものであり、それはバッハ元帥以下、連盟軍第一艦隊を始めとするアルス・ノヴァ攻略部隊本隊の到着を意味するものでもあった。
「ふ、これまでか」
ウラジミール・チャスチェフスキーは、武勇と智略、そして攻撃と防御の全てが高く均衡している将帥だったが、彼の最も優れている点はその判断力であった。
闇の奥に艦影を示す光沢が無数に見え、敵の増援を情報班員が伝えてくる。その時点で既に眼前の第三艦隊は敗亡の一途を辿り、殲滅まであと少しという地点に差し掛かっていたが、欲張る事は一切せずに退却を決意した。凡庸な指揮官であれば、ここで無理に殲滅することを選び、逆に数に勝る敵艦隊に逆撃を被り敗退したであろう。
だが、ただで退いてやるほどチャスチェフスキーは人道家ではない。駄賃として、包囲した敵部隊を戦艦部隊の主砲斉射三連で消し飛ばした。それから反転し、アルス・ノヴァ要塞へ退却しつつ艦隊を再編するという荒業を成し遂げてみせた。
「どうも、気持ちよく戦わせてくれるものだ、パーヴェル伯は。であるなら、敵にもっと有益たるを求めたいものだが…………」
そう、例えばバルバトスやモラクスで活躍したという、連盟の若き女提督。その女は僅かな軍勢で、アルス・パウリナへ陽動として送り込まれたという。
一個艦隊でも与えてやらぬ連盟の狭量さに憤りつつ、しかし、それは帝国とて同じか、と嘲笑った。何にせよ、人は死ぬ。今日は目前の敵で、明日はユウリ・パーシヴァル。明後日は俺かもしれぬし、パーヴェル伯かもしれぬ。乱世とは、有能な敵の死を哀しみ、無能の味方の死を願うことが常套なのであった。
マルコシアス会戦第一日目の結果は、帝国軍艦艇約四二〇隻撃沈・将兵約三万五〇〇名戦死、連盟軍約四〇〇〇隻撃沈、将兵約四五万名戦死。しかしチャスチェフスキーの戦果はこれだけに留まらず、五倍以上の連盟軍を巧みな機動で翻弄し、ロマネンコ軍団三個師団が防御陣を構築するまでの時間を稼いだのである…………。
*
翌一一月二日の早朝、恒星マルコシアスより一光日半の距離を置いて布陣した連盟軍は、凡そ六個艦隊の数的有利を誇示するように陣形を広げ、要塞前面半光日の距離で防御陣を展開するロマネンコ軍団三個師団を両翼から包囲しに掛かった。
ロマネンコ軍団の方は両翼包囲を避けるべく、まず右翼のパーヴェル師団が動いた。
「ロフヴィツキー、マレンコフ、カラシニコフ、前進しろ」
連盟軍最左翼は第二四艦隊であった。艦隊司令官のフォード大将は旗艦『セイレーン』から、敵右翼の前進を見た。
「何だ?敵の指揮官は阿呆なのか?まあ良い、第一〇艦隊に伝達だ。前進してきた敵右翼部隊を叩くぞ」
その後方から続く第一〇艦隊が、小惑星帯を通過した時だった。
「攻撃隊、掛かれ!」
ゲオルギーの号令が伝達されるや否や、突如岩塊の裏から現れた無数の宇宙攻撃機の奇襲によって足止めを受けた。予め連盟軍の作戦を読んで、敵の進行方向を予測した上での伏兵である。
その混乱に前後してパーヴェル師団本営も前進した。第一〇艦隊と連携することを前提に速力を落としていたために、最初から全速を発揮していたパーヴェル師団に頭を押さえられる形となったのだ。
「いかん、迎撃態勢を整えろ!」
「遅いわ、たわけが」
ゲオルギーとフォードの言葉は、同時に発せられた。数秒後、戦列を長く伸ばし火力を最大化したパーヴェル師団の横隊が一斉射撃を開始する。赤い中性子ビームやミサイルが連盟軍第二四艦隊の先頭に突き刺さり、次々に白い華を咲かせていく。タイミングは完璧であった。一分でもズレていればパーヴェル師団の方が頭を押さえられていたやも知れぬのだ。
「ロフヴィツキー、仕上げだ。掛かれ!」
「は!」
ロフヴィツキー連隊一八〇〇隻は、マレンコフ連隊とパーヴェル連隊が故意に開けた横隊の穴から、三つの紡錘陣形を展開して突撃し、第二四艦隊の戦列を四分五裂に破断してしまった。
「ふふ、はは!者ども、奮え!伯爵閣下に、吾らの勇戦をご覧いただくのだ!」
忠臣にして猛将のロフヴィツキーは、そう檄を飛ばしながら敵艦を消し飛ばして前進していく。ただし、猪突は避け、必ず僚艦と連携が取れる位置取りをキープしており、彼の指揮能力に戦果という担保を追加していく。
ロフヴィツキーの突撃の成功を見るや、マレンコフとカラシニコフは前進して敵前線に浸透し、連盟軍第二四艦隊に甚大なる出血を強いた。
「司令官、そろそろ攻撃機のエネルギーが切れます」
ゲオルギーはその報告を参謀から受け取ると、「潮時か」と呟いて配下の三少将に後退を命じた。連盟軍第一〇艦隊が戦場に到着した頃には、艦隊を半壊させられ司令部を喪った第二四艦隊の残存艦が右往左往するばかりであった。
*
「ほう、やるではないか、パーヴェル伯も。やはり、バルバトスの戦果は虚報でなかったと見える」
そう論評するのは、ロマネンコ軍団左翼を担当するチャスチェフスキーであった。前日からの連戦に将兵が疲弊していることを考慮して、激しい運動戦による機動防御より、整然たる戦列による着実な迎撃戦を行っていた。
ただし、その迎撃戦もチャスチェフスキーの才幹あってのものであった。
「重砲艦、左一五度回頭ののち五斉射。ただし、俺の合図を待て」
戦艦より強力かつ長射程の主砲を搭載するカフカース級重砲艦は、艦体容積の凡そ七割近くが主砲に占められており、鈍足な上、主砲の可動範囲もごく小さいので、射撃するには艦そのものを敵に向けなければならない。それ故に運用は至難であるのだが、このチャスチェフスキーはその重砲艦を手足の様に扱うのだ。
「戦列艦は所定の位置から動くなよ、砲撃に巻き込まれるからな…………」
敵艦隊は、ヴェンゴス大将の連盟軍第五艦隊だった。第五艦隊はこの日、チャスチェフスキー師団と接敵すると艦隊兵力を分艦隊ごとに分割して、波状攻撃を行っていた。波状攻撃と言っても、一波ごとの兵力はたかが知れているので撃退は容易かったが、敵の目的がチャスチェフスキー師団の疲弊にあるのは明白であった。
「撃て!」
射程に入ってしばらくしてから、遅きに失したかに見えた命令が下された。極太の火箭が敵第三波の先頭へ殺到する。虚空に散らばる有機と無機の花弁は、敵にも味方にも構わず咲き誇り、悲劇の種子をひとつ、またひとつと宇宙に撒いていく。
五度目の斉射の頃には敵第三波は三分の二までその数を打ち減らされていたが、それでも前進を続けて戦列に取り付く間際まで迫ったが、今度は戦艦隊、巡航艦隊の一斉者によって崩壊し、退却していく。
「一〇時方向に敵第四波、いえ、これは…………新手です、新手が来ます!」
連盟軍第四艦隊の来援である。第四艦隊はチャスチェフスキー師団の防御陣を横から打撃して崩そうと図っているようだった。
「流石に、疲弊した戦力で二倍の敵とはやりあいたくはないな」
苦笑しつつも、艦隊を素早く四分割して陣地防御から機動防御へ切り替えることとし、また、自らの直属連隊も動かすこととした。
「リャーザエフ、キーロフ。卿らに正面の敵は預ける。敵の新手は、吾が隊が引き受けよう」
「はっ!」
「ご武運を!」
通信スクリーンから二名のオークの少将が消えた途端、師団旗艦『タチャンカ』以下直属連隊二〇〇〇隻が砲艦を伴って針路を転換、敵の新手へ対応した。
「たかが二〇〇〇隻で何が出来る!」
第四艦隊司令官ゴール大将は、自らの前に躍り出てきた敵部隊を見て鼻を鳴らした。全体的にも、そして局所的にも数的優位を確保しており、また距離的にも要塞からの予備兵力の出撃が見込めない以上、眼前に居る敵三万隻さえ倒してしまえば、後は要塞と、そこに籠る“ねずみ”が残るだけである。要塞が根を上げるまで、包囲し続ければ良いのだ。ゴールは勝利を確信しつつ、マイクを手に取って号令を下した。
「第四艦隊全艦に告ぐ!突撃!」
一万隻の反重力機関が唸りを上げ、力任せに五分の一の敵を捻り潰そうと迫った。チャスチェフスキーはそれに対し、急速反転による後退を下命した。
「な、なんだ。向かってくると見せかけて、仕掛けた途端に退いただと…………」
ゴールの脳裏に厭な予感が過った。それは、罠の可能性である。しかし、罠の存在に気付くことは出来ても、その内容についてまで想像は及んでいなかった。この場で大事だったのは、罠の内容を洞察する想像力ではなく、罠の存在を知って即座に決断を行える思考力であっただろう。
果たして、第四艦隊旗艦『ライデン』の周囲で、僚艦が爆沈していった。
「何事だ!?」
爆発の余波で『ライデン』の震動によろめきながらゴールは叫び、参謀が駆け寄って肩に手を回して体を起こす。
「機雷です!敵は退却と同時に、機雷を散布したのでしょう。吾々はとうに、機雷源の只中に在ったのです!」
ゴールの顔の皮膚から血が失せていく。このままでは、機雷によって艦隊は主砲を撃つことなく壊滅する。それを察知してか、ゴールは艦隊に突撃の停止を命令し、機雷の掃海作業を命令した。
しかし、それが第二の悲劇の到来となった。チャスチェフスキー直属連隊が置き土産としたのは、機雷だけではなかった。
「敵機、来ます!」
「何だと!?」
艦上攻撃機の大群をも伏兵として待機させていたのだ。確かに、宇宙機であれば機雷を避けながら対艦攻撃に移る事は出来る。だが、そのタイミングは絶妙に過ぎた。掃海作業を行っている小型艦艇が集中的に狙われ、同士討ちの恐れから第四艦隊は戦闘機隊を出すことが出来ない。対空砲で対処するのが精一杯であったが、機雷や掃海具を含め、熱源体が多すぎる余り、有効な対空弾幕を展開できなかった。
そのうち、敵攻撃機が散開して離脱していった頃、突撃によって壊乱せしめるはずであった、二〇〇〇隻の敵が踵を返してくるのが見えた。それはゴールにとって、死神が油を塗った巨大な鎌を引き摺りながら迫る様にも似ていた。
「撃て!」
この日何度目かわからぬチャスチェフスキーの号令一下、数百門の長距離砲が火を吹いた。赤い火箭がその針路上の虚空の温度を灼熱へ変えた後、連盟軍第四艦隊はもはやその形を完全に失っていたのだった。
実は帝国は指揮官によって固有のドクトリンがあります




