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第一二話「第三三特務部隊」

 休暇が明ける二日前に届いた通達に曰く、ジョージ・ミュラーは新たな部署へ配属されることとなったらしい。その名は“第三三特務部隊・本部付情報参謀”。また、中佐への昇進が伝えられた。敵旗艦を発見した功が認められた結果である。


「中佐になったら、何か変わるの?」とは、先日正式に養子縁組が決まり、ミュラー家に入る事となったエヴァの言葉である。


 給料が変わる、と素人にもわかるような単純な事実を言って見せるが、エヴァはまだそこまで貨幣価値を理解できていないのか、「それだけ?」と疑問そうだった。しかし、ミュラーとしても似たような疑問を抱いていた。


「悪い冗談か?」と思うのはその部隊名を見た時に発した、無意識の独白だった。新設艦隊との事らしいが、まず命名秩序が問題だった。


 通常、連盟軍宇宙艦隊の実戦部隊は“第○艦隊(○F)”というような数字名将で呼ばれるものだ。本来の順序で行けば、第三三艦隊とでもなるはずだったが、艦隊個人名を冠しただけでなく、”特務部隊”などという耳慣れぬ単語を編成単位に用いるなど、特異なことに違いない。


 休暇明けに出勤してみると、その理由がよく分かったのである。何と、第三次バルバトス星域会戦の後半にユウリが指揮した“パーシヴァル艦隊”を、そのまま臨時ながら正規艦隊相当の権限を持つ部署に格上げしただけだったのだ。


 その陣容は巡航戦艦九七八隻、空母四五〇隻、砲艦七七一隻、巡航艦一七四四隻、駆逐艦二三六八隻の計六三一一隻将兵八八万六七四三名と、中途半端な所帯であった。


 しかし、その中途半端さを補うように、旗艦には最新鋭かつ配備が始まったばかりの旗艦型戦艦の試作艦が配備された。その名は『キャメロット』。全長五五〇メートル、幅五七メートル、重量おおよそ二〇万トンの大型戦艦であり、主砲の四〇センチ中性子ビーム砲を二八門備える他、旋回式ビーム副砲五二門、三六ミリ自動機銃座六〇門、ミサイルVLS一二〇基を備える重武装艦である。速力もこれまでの旗艦であった『コーンウォール』に較べ遜色なく、通信能力も一個艦隊どころか、二個艦隊を完全に統括できるほど強化されている。ミュラーの記憶が正しければ、かつて地球に存在した最大の|原子力空母《ジェラルド・R・フォード》の二倍になる規模である。


 帝国の親衛戦艦クラスが念頭にあることは一目瞭然であったが、ミュラーにして滑稽に思えたのはそのナンセンスぶりである。真に重要なのは適切な戦術と戦略であって、豪奢に金の掛かった船を作る事ではないはずだ。


「これを量産できるっていうなら、話は変わるが」


 『キャメロット』一隻に、一体何十億レーテの血税が投じられたやら、想像するだに背筋が凍る思いだった。とはいえ、『キャメロット』よりは安いにしてもそれなりに金の掛かる宇宙戦艦を数万隻も作って置いて、今更財政負担など考えているのも、また滑稽な話だった。


 更なる衝撃は、その『キャメロット』の会議室に入った時であった。


「何だこりゃ。同窓会か?」


 エルネスト・シュタインメッツ参謀長、フェルディナンド・ムラタ作戦参謀、フュリアス・マゼラン航法参謀、ドーギー・トート通信参謀は前部署からそのままだが、士官学校の見知った顔がちらほらと見えている。


 エルフ族の火器参謀、シルヴィア・ジェリンスキ中佐。ドワーフ族の機関参謀グエン・ラ・ジュール中佐。純人種の主計参謀マリオ・バドリオ中佐に、同じく純人の副官、ステファニー・クレマンソー中尉。最後にリザードマン族の空戦参謀ワン・リー大尉だ。


 パーシヴァル機動艦隊の幕僚は、以上の一〇名となり、そこへ更に分艦隊司令官の三提督、アルフレッド・ゴードン少将、エルヴィン・メイヤー少将、ジョセフ・グレイシー少将が加わって一三名となった。何れも士官学校の同期生であり、ゴードン以外のグレイシーとメイヤーも先のバルバトス星域会戦で第八艦隊と第一一艦隊の戦隊指揮官として参戦し、戦線崩壊後も残存艦を纏めて奮戦したことで、この度昇進して分艦隊司令官として着任したのだ。


 よくもまあ、とミュラーは思う。これほどの多種族を陣営に加え入れた例は、初めてではないだろうか。


 多様性という言葉は、ミュラーの前世において重要な社会構成要素として認識されていたが、誤った形で広まってもいた。本来は、必要とされる能力を持った人材に対し、人種や、性別や、それに不定する属人的な属性を加味せず、平等に扱うというものだった。だが、幾つかのビジネスや、不心得者の濫用により、急速にその開明的な価値観は貶められ、いつしか、堕落の象徴かの如く扱われるようになった。かつてのミュラーも、それこそ、前世の三浦丈二も、歪に捻じ曲げられた多様性という言葉に忌避を示していて、真なる意味については、殆ど無謬だった。遥か未来の時代へ再誕を果たすに当たり、その世界観を理解する為に、その無謬を破り捨てなければならなかった。


(これこそが真の多様性なんだ)


 あらゆる属性を持った人間が必要なのではない。必要な人材が、たまたまあらゆる属性を持っているだけなのだ。そこに色眼鏡を掛けず、適切に重用してやるのが、正しい意味での多様性なのだ。


「ようミュラー。参謀長から聞いたぞ、何でもウェアウォルフ族の女の子を拾ったらしいじゃねえの。エヴァっていったっけか」


 ムラタ中佐が会議室に入ってきたミュラーと肩を組んで、そう訊いてきた。ムラタとミュラーは昔からの悪友で、士官学校時代はよく一緒に門限破りをして遊び歩いた仲でもある。ミュラーの同期の中では、一番交流が多いと言えよう。


「ああ。まぁ、成り行きでな。要領が良いんで、最近は家事を全部任せっきりさ」


 これは謙遜でなく、本当にそうである。家に迎えて二日目の時点で、養子縁組の手続きの為に外出していた間に、散らかり放題だった家が清潔に片付いていたのだ。ミュラーは元来、物臭の気がある男で、それは三浦丈二の時代から変わらない性質だ。あの頃は、転がっているものが本や歴史資料のコピーばかりが部屋に転がっていたものだが、ジョージ・ミュラーとなってからは、部屋は掃除する前に差し押さえられてしまったし、軍人になってからは多少改善されたが、艦隊勤務になってからは殆ど『コーンウォール』の士官室に住み込んでいたので、埃は浮き放題になっているし、皿も放置されっぱなしの有様だ。


「あたしの養父になる人が、こんなに怠惰だなんて!」と憤りながら、三角巾を帽子にモップを掛ける姿は、だいぶ様になっていた。


「おお、そりゃ良い子を拾ったな」


 犬人ドッグマン族の通信参謀、ドーギー・トートが口を挟んだ。ドッグマン族とウェアウォルフ族は、数ある亜人種の中では比較的近縁といえる遺伝子構造をしているので、性質が似ているらしい。


「俺たち獣人系の亜人は元々、何十人も集まって群れっていうコミュニティを作るんだが、遺伝子的に群れの中には必ず一人は他の個体に尽くす世話役がいるんだ。話を聞くに、そのエヴァって子は世話役の遺伝子があるんだろうな」

「なるほど、道理で手際が良いわけだ」


 将来は優秀な家政婦になるだろうか、と養子の将来に思いを馳せるミュラーであったが、空想の花園から現実の底面へと引き戻したのもムラタであった。


「なぁミュラー、“厄ネタ”の香りがしねえか」

「同期生が同じ部署に配属される事はあるとしても、ここまで集中することはない。有り得るとすりゃ、ユウリの奴、とんでもない作戦を拝命したんで人事に無茶を通させた可能性があるぜ」

「…………」


 ミュラーは顔の皮膚の下から血潮が退いていくのを感じた。


 やがて、会議室に入ってきたユウリ・パーシヴァルは、煌びやかな中将徽章を胸に飾った白い軍服を纏って、挨拶もそこそこに毅然とした態度で言い放った。


「吾が艦隊初の任務を伝える。────フェネクス星系の攻略である」


 その表情に、帰還の夜に見た優しさはなく、苛烈なる火星が煌々と目に宿っていた。



 バエル星系は、ソロモン回廊の中腹に位置する恒星系である。三つの大型ブラックホールが並んだ三連星系であり、その総質量から生まれる巨大な重力場は、星系外の数百光年に渡って影響を齎している。ソロモン回廊、別名“ソロモン星団”は、このバエル星系を中心に形成されたと見られ、故にその重力場の関係もあってソロモン回廊の航路の収束地点でもある。


 即ち、バエル星系の支配権は、ソロモン回廊の支配権とイコールであるのだ。


 開戦当初、ソロモン回廊の存在が発見された時には既にバエル星系は帝国軍の支配下に置かれており、現在もなおその支配権は揺らいだことはない。それほどの戦略的価値を持つ位置であるのに、だ。

 絶対的支配権の理由は、二つの要因に大別される。


 ひとつはバエル星系に鎮座する宇宙要塞“ゲーティア”。要塞自体の堅牢さと強力な武装、そしてブラックホールの三連星が織り成す重力圏の中に形成された、細い“重力地峡”という厄介な立地が合わさって、難攻不落を誇る鉄壁の大城塞である。


 そしてもうひとつが、バエル星系に繋がる三本の航路の内のひとつにして、ソロモン回廊最大の恒星系であるフェネクス星系に設けられた、“アルス・パウリナ”要塞である。


「半個艦隊で“あの”アルス・パウリナを落とせとは、とは、総司令部も無茶を仰るもんだなぁ…………」


 闇の大海へ漕ぎ出す直前、首都星ティアマトの宇宙港に係留された旗艦『キャメロット』で、ミュラーは独りごちた。


 宇宙要塞アルス・パウリナ。赤色超巨星フェネクスを垂直に公転する、楕円形の準惑星を改装した要塞であり、孤独の太陽に与えられた養子と皮肉られる事も多いが、その内実は決して穏当たりえない。


 要塞表面は無数のビーム砲台や電磁投射砲レール・キャノン、ミサイル発射機が装備され、その火力に死角らしきものは見受けられない。またその装甲も強固であり、数十メートルに及ぶチタンセラミック超高張力合金装甲層は、例え火力に特化した砲艦のビームやミサイルであってもびくともせず、しかも損傷を与えたとしても準惑星の表面に塗布されたナノマシンが自動でそれを修復してしまうのだ。


 加え、アルス・パウリナ要塞に駐留する艦隊も頑強に抵抗するので、連盟軍はこの鉄壁の守りの前に何度となく敗退を繰り返していた。


「最後に行われた攻略戦は三年前、六回目になる。その際は八個艦隊八万隻余を動員し、駐留艦隊を撃破したうえで要塞の火点を全て潰したものの、その時点で帝国本国から救援部隊がやってきてゲームオーバー。

 兵力も過半数がやられてたもんで、そのまましばらく押し込まれ続けたんだったな」


 グシオン星系へ向かう途上、幕僚全てを集めた作戦会議のさなか、作戦参謀フェルディナンド・ムラタ中佐はそう括った。ミュラーはその当時、窓際部署に配属されていたので作戦の詳細は知らなかったが、それほど無残な敗北だったのかと肩を竦めた。


 主計参謀のマリオ・バドリオ中佐が発言した。


「ちょっと待ってくれ。こちらの兵力は第六次に較べ一三分の一、六五〇〇隻余だ。当時の主計の記録を見せてもらったが、敵駐留艦隊と、要塞に存在する二五六〇の砲台とを破壊するのに、八個艦隊は弾薬、エネルギーの凡そ九八パーセントを消費している。その計算から行けば、吾々が完璧かつ理想的な砲撃を行い続けたとして、砲台の一〇パーセント程度、三〇〇個でも壊せればいいほうだ。

 しかも、敵艦隊の相手もあるだろうし、砲台は当時より増強されていると見るべきだ」


 数字にうるさい男として、バドリオは予てより有名な男だった。だが、この男の発する内容をうるさいと感じた者は誰一人としてこの場には居ない。何故なら、この同期生たちは彼が常に必要に迫られたと感じた時にしか発言しないことを知っているからだ。今回も、全くその指摘は正鵠を射たものであったことに、誰も疑いはしなかった。


「火力について、私からひとつ」


 シルヴィア・ジェリンスキ火器参謀が手を挙げた。エルフ族の長い耳が目を引くが、琴のような声色は、一層、軍人らしからぬ優雅さを醸していた。


「吾が艦隊は結成して時間が経っておらず、複数の艦隊の寄せ集め、敗残兵であります。演習の不足から、統一された戦闘運動を行えるかは疑問があります。発揮できる火力は、本来の三〇パーセントにも満たないでしょう」

「それでは、砲台を一〇〇個壊せるかすら怪しいではないか」

「そう申し上げております」


 気折るように、ドワーフ族のグエン・ラ・ジュール機関参謀が嘆いた。彼はこの会議で、特に発するべき言葉を持っていなかった。強いて言えば、航法参謀のフュリアス・マゼラン中佐と協議して、航行用エネルギーなどに不足がないことを確認しているので、端的に言えば、暇なのだ。だが、暇ゆえに伴食を貪る真似は当然せず、及ばずながらも他部署の参謀に引けを取らぬ知識を蓄えていた。


「そもそも、吾々は陸戦部隊を連れてきていません」


 そのマゼランが口を開いた。


「要塞は砲台を潰すのみでは降伏しません。前回の失敗理由は、要塞を占拠する陸戦部隊を連れてきていなかったことです。上層部は、本気で吾々にアルス・パウリナを攻略させるつもりがあるのでしょうか」

「攻め込む必要はない」


 ぴしゃり、と言い切ったのは、これまで完全に無言を貫いてきた、ユウリ・パーシヴァルだった。

 一応のところ、ミュラーはこの会議で出てきた懸念の全てを事前に知っている。情報参謀である以上、敵も味方も、全て知っておく必要があるのだ。


 だが、ひとつだけ、知らないことがあるとすれば、それはユウリ・パーシヴァルの脳内であった。


「私に秘策がある」


 結局、ユウリ・パーシヴァルはその秘策というものの内容を語らなかった。グシオン星系でその準備を整え、その際に改めて策を明らかにすると告げる。グシオン星系はソロモン方面軍の主力のひとつである第一三艦隊が駐留する星系にして、グシオン星系から二つの恒星系を挟んだ先にはアルス・パウリナ要塞のあるフェネクス星系がある。その間にあるモラクス、ダンタリオンの両星系は連盟と帝国の緩衝地帯として、緩慢ながら時折激しい争奪戦が展開される星系であった。


 論じても方策の出ない自分たちより、司令官たるユウリに秘策があるなら、それに掛けよう、と幕僚たちの間で無言の合意が形成される。成功するなら、ユウリ・パーシヴァルは単なる勇将ではなく、奇術をも用いることのできる”戦争の天才”なのだと認識を改めざるを得ないだろう…………。


 斯くして銀河暦二八一一年、銀河暦開闢暦三二八八年九月一五日。奇しくもパーヴェル伯ゲオルギーが、旧トンストイ伯領へ足を下ろしたのと全く同じ日に、第三三特務部隊、通称“パーシヴァル艦隊”はアルス・パウリナへ出発することとなった。



 出発が決まった後、ミュラー家を訪問する客があった。刈り上げた金髪と碧眼が良く目立つハンサムな将校だった。ロバート・ヴィンソンである。


 ヴィンソンは士官学校でミュラーやユウリ、その他“パーシヴァル艦隊”の幕僚たちの同期生であり、ユウリに次ぐ次席で卒業した秀才だった。ミュラーより一歳年上の二六歳であるが、同じ部屋で五年を過ごした僚友であり、また、中途まで存在していた戦史研究科に所属していたこともあって、よく気の合う二人だった。


「久し振りじゃないか、ジョージ!」

「お前こそ、ロバート」


 突然の来客も、ミュラーは快く迎えた。玄関で出迎えた辺りでミュラーの仕事は完全に終了し、彼に紅茶や茶菓子を出したのはエヴァだった。


「彼女は?使用人ハウスキーパーを雇うほど、貯金に余裕があるとは思えんが」

「いや、彼女は俺の養子だ。この間、ちょっとした事件があって、拾ったんだ」

「へ、へぇ…………」


 紅茶をすするヴィンソンに、怪訝の色を見て取ったミュラーは「言っておくが、“そういう趣味”ではないからな」と釘を刺した。


「わかっているさ。お前は女や性癖ではなく、歴史書と社会書に埋もれるやつだと」

「それはお前もだろう。戦史研究科が廃止されていなかったら、適当なところで軍人を辞めて、大学の教授にでもなっていただろうよ、お前は」

「それが今じゃ、見ろ。将官だ」


 ヴィンソンはポケットから、少将のバッジを取り出して見せた。こりゃ凄い、とミュラーは手を叩いた。だがすぐに、こいつなら、いずれ将官になるだろうとは予測していたことを思い出した。


 戦史研究科は士官学校の中では傍流の学科で、実技や競争などは少なく、歴史の勉学だけをしていたいミュラーにとっては最適な居場所だった。そこで出会ったのがヴィンソンであったが、このヴィンソンもまた優秀な男だったために、「戦史研究科には二人の男が居る。よく出来るやつと、冴えないやつだ」と陰口を叩かれた。“よく出来るやつ”というのは言うまでもなくヴィンソンで、“冴えないやつ”というのはミュラーのことだ。戦史研究科には、ミュラーとヴィンソンしかいなかったのである。


 結局、戦史研究自体の生産性の低さと、予算カットの為に、二人が士官学校に入って二年目で同科は廃止され、二人は戦術情報部に編入された。卒業後のヴィンソンは前線に出征し、幾度も武勲を立て、ユウリに並ぶスピード出世を果たしたのだ。


「どうやら、俺たち七六年期生は奇跡の世代らしい。同期の将官は、まずユウリだろう、ゴードンだろう、グレイシーとメイヤーもこの間上がって、うちの艦隊の提督だ。そういえばドミンゴとベッツ、あとクリードもそうだったかな。そうなると、お前で八人目だ。それで、どこに配属されてるんだ」

「聞いて驚いてくれ。第一艦隊の、B分艦隊だ。しかも、来年の昇進で第一艦隊の副司令官になる」

「第一艦隊かぁ!栄転も栄転じゃないか。」


 第一艦隊は、連盟軍宇宙艦隊司令長官コーネリアス・バッハ元帥が直率する艦隊で、全軍でも最精鋭が集められた精強な部隊である。その分艦隊に任じられるということは、未来の幕僚として期待されているということだし、しかも、その第一艦隊の副司令官ともなれば、言うまでもなく出世頭ということになる。


「ユウリはもう中将なんだろう?出世のスピードじゃ出遅れたが、これから逆転してやるのさ。目指すは元帥だ!」


 ミュラーは理想の、連盟軍の未来の姿を思い浮かべた。ユウリがソロモン方面軍総司令官となって最前線部隊を統括し、ヴィンソンが宇宙艦隊司令長官となってサポートする。参謀総長は…………統合作戦本部長は…………と未来の人選を頭に描いていく。だが、そこである事に気が付いた。


 その未来に、自分のポジショニングを見出せなかったのである。それは曲がりなりにも軍人として生活し、多少なりと誇りを抱き始めていた自分にとっては驚愕するべき事実でもあった。


 自分が思いの外、この銀河の歴史に対して傍観者でいる意識が強いらしいことを自覚する。それを振り払うように、コニャックのボトルとグラスを出して酒に誘うが、ヴィンソンは丁重に断った。


「今度、第一艦隊はソロモン方面軍への増援部隊の護衛として派遣されるんだ」

「そういえば、バルバトスでソロモン方面軍の前線兵力がめっきり減ったもんな。どのくらいの兵力が増援になるんだ?と言っても、経済的に見て三個から四個艦隊ぐらいか」

「まあ、俺も詳細は聞かされていないが、第一艦隊が出るということはそういうことなんだろう。ま、そっちも任務をきっちりこなして、そんで帰って来たら、みんなで一杯やろう。その酒はその時まで、取って置いてくれ」


 ミュラーはそれを聞き、しかし然して気にも留めていなかったことを、後生後悔することになった。



「それではシュタインメッツ夫人、エヴァのことを頼みます」

「ええ、わかりましたわ。主人の事も、お願いしますね」


 出立の直前、ミュラーはシュタインメッツ家を訪ね、エヴァを夫人に預けた。エヴァは不安がっていたが、夫人の事はちゃんと憶えていたようで、以前よりはすんなりとシュタインメッツ家のお世話になることを承服していた。


「エヴァ、夫人の言う事をちゃんと聞くんだぞ」

「どれくらい離れるの?」

「わからん。まあ、一カ月以上ってところかな…………」


 そう言うと、ミュラーは急に寂しく思えてきた。僅かひと月少しの期間しかなかったが、その中でエヴァはミュラー家とミュラーの心象に欠かされざる要職を占めていたようだ。


 お世話になる間、夫人から料理を教わっておきなさいと言うと、エヴァは目を輝かせて頷いた。すると、夫人は茶褐色の目を厚い瞼で細めて「貴方にも重要な任務がありますよ、ミュラー少佐」と言った。


「わかっております、シュタインメッツ夫人。勝利することは、軍人の務めですから」

「違うわ。帰って来ることよ」


 夫人はミュラーの手を取った。ふわふわとした体毛は温かく、母親とはどういうものだったかを思い出させる手だった。


「女はね、戦う男の為に家を守るの。女の戦いはいつだって誰かの為なのよ。だから貴方は、ちゃんと生きて帰って、エヴァちゃんの戦いを終わらせてあげなくちゃならないの」


 ミュラーは、強い女性というものをよく見てきた。三浦丈二の時代の日本であれば、それこそ女性の総理大臣がいたことだし、世界各国でも女性の国家元首や宰相は出現してきていた。ただし、それらをミュラーは必ずしも強い女性とは考えない。強い女性とは、性別に依拠することなく十全な能力を持ち、それを存分に振るう女性の事であり、言い換えれば、同じ基準で能力を振るっていた男性は過去に辞書のページ分だけ存在した。


 歴史とは、女性という性別自体に特別な視線を向けるつもりはないらしく、また性別を事由として権利を主張する者には、糾弾の路を歩かせていた。三浦丈二の時代から数万年を経て、人類社会は再び性別の壁を打ち立てている。一度は相克し得たはずの人種差別の復活や、社会の余裕の消失による性別的封建が、帝国と連盟とに関係なく、人類社会を覆っている。


 その中で、ミュラーの考える強い女性というものは大きく限られてくるが、少なくとも、今は二人の人命をその帳簿に刻んでいた。一人は最年少にして女性初の連盟軍の将官、ユウリ・パーシヴァル。そしてもう一人は、このシュタインメッツ夫人だった。前者が女性の先頭をひた走る改革者であるなら、後者は伝統的な女性として戦う保守者である。両者共に異なる強さを持っていて、それが両立する時代であることに、ミュラーは僅かばかりの、どこかのマーチの歌詞にも似た人類の前進を見出していた。


「私の好物は天津飯です。エヴァからその戦利品をせしめるまで、死なないよう力を尽くしましょう」


 そう言うと、ミュラーは夫人に別れを告げる。シュタインメッツ大佐は一言か二言ばかり夫人と短い言葉を交わす。「行ってくる」「行ってらっしゃい」だけのやり取りだったのだろうか、すぐに夫人はエヴァと共に家に引っ込むと、シュタインメッツ大佐も背を翻してミュラーと共にタクシーに乗り込むと、宇宙港へ向かった。


 首都星ティアマトの宇宙港で『キャメロット』に乗艦した時、ミュラーは異様な熱気に気が付いた。それは残暑の熱気ではないかと一時は勘違いをしたが、どうも、自然的でなく人為的な理性を持った空気であると感じ取ってから辺りを見渡すと、宇宙港と市街地を隔てるフェンスに無数の群衆が集まっていた。人間の大河を押し止めるには、ただの金網フェンスは心許ない堤防にも見え、いつあれが決壊するやらと気を揉んだ。


 市民たちの視線は、今しがた『キャメロット』に乗り込もうとする白軍服の女提督に注がれていた。“英雄”を賛美する声が快晴の秋空に響く。


 ち、とユウリ・パーシヴァルは舌打ちをした。らしくない仕草であったが、ミュラーが咎めるより先にユウリは白手を掲げて群衆に振った。その鮮やかな動作と、一見すれば作り物と気付けないほど自然な微笑は、群衆たちの熱気をより一層買ったのだった。


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