第4話 いちばんの隠れ場所
休みの日、商店街の大型百貨店『まるや』では、毎年恒例の大セールが行われていた。
「絶賛売りつくし!」「表示価格より全品半額!」の貼り紙が風に揺れ、通りは買い物客でごった返していた。裏手には商品を詰めた段ボールやプラスチックケースが積まれ、従業員が慌ただしく出入りしている。
小学二年の雄太は、友達と“かくれんぼ”をしていた。
じゃんけんで負けた翔くんが鬼になり、電信柱に顔を押しつけて数を数える。
「いーち、にーい、さーん……じゅう! もういいかい?」
その声に合わせて、雄太は裏手の在庫の山を見上げた。高く積まれた箱の列は、まるで秘密の入口のように見えた。
「……もういいよーっ!」
返事をすると、雄太は在庫の山をよじ登り、建物の外壁を伝って屋上へとよじのぼった。
そこは平らな屋上だった。日差しに照らされたコンクリートの床に、換気口がいくつも突き出している。そのひとつの陰に身を潜めると、下の喧騒は遠のき、風が頬をなでた。
身を伏せながら通りをのぞけば、友達みんながあちこちで動き回っているのが見える。植木の裏に隠れる子、看板の影にしゃがみ込む子──
けれど、屋上へ目を向ける子はいなかった。
「しめしめ……これは絶対見つからないぞ」
雄太は満足げに息をひそめた。
◇ ◇ ◇
やがて「見ーつけた!」という声が響き、鬼が次々に増えていった。見つかった子どもたちが合流して協力し、最後まで見つからない“誰か”を探しているようだった。
しかし、屋上の換気口の陰にいる雄太には、誰ひとり気づかなかった。
「ふふん……まだ誰も気づかない」
彼は勝ち誇った気分で身を縮めた。
◇ ◇ ◇
日が傾き、蝉の声が弱まりはじめる頃。雄太は体を起こし、屋上の端へと近づいた。
「……そろそろ帰ろうかな」
下をのぞくと、さっきまで積まれていた在庫の山は跡形もなく片づけられていた。店のシャッターもすでに閉まっている。
「えっ……」
胸の奥がひゅっと縮み、思わず後ずさった拍子に靴底が滑った。
「うわっ!」
体が傾き、屋上の縁にしがみつく。両手で必死に掴んだコンクリートのふちに、腕が震える。
「た、助けてー!」
声は空に吸い込まれ、返事はなかった。
小さな腕では重さに耐えきれず、指が一本、また一本と外れていく。
最後の指先が離れた瞬間、雄太の体は宙に舞った。
風の音。逆さになる空。
そして暗転。
◇ ◇ ◇
目を開けると白い天井。包帯で固められた腕、痛む背中。ベッドの脇には母が座り込み、泣き笑いの顔で手を握っていた。
「雄太……よかった……生きてて……」
雄太は声を返せず、ただ涙が溢れた。
◇ ◇ ◇
あれ以来、彼は高いところに登れなくなった。滑り台の上でも足がすくみ、階段を下りるときは手すりにしがみついた。見下ろせば景色が揺らぎ、あの日の感覚がよみがえる。
──崩れ落ちる指先。誰にも届かない声。
ある日、『まるや』の裏手を通ったとき、そこにはもう何もなかった。ただの平らな壁と静かな路地。
けれど雄太の心には、あのとき換気口の陰に隠れたまま動けずにいる自分が、まだそこに残っているように思えた。




