第19話 花に託して
朝顔の鉢が風に揺れていた。
開店前のミナミ花店。軒先に吊るされた花々が、さわさわと音を立てる。
通りを包む強い光の中で、この店先だけがどこか涼やかに見えた。
「おはようございます!」
明るい声が静けさを切り裂いた。
振り返ると、千尋が汗をぬぐいながら立っていた。
「おや、千尋ちゃん。朝から元気だね」
「お願いがあって……」
差し出された封筒には「卒業祝いの花束」と記されている。
「弟さんに贈るのかい?」
「はい。今日遊びに来るんです。何か特別な花束を贈りたくて」
「なら張り切らなきゃね」
ミナミは笑みを浮かべ、花束用のカタログを広げた。
「どんな感じがいい?」
「向日葵をメインにお願いします。弟、向日葵が大好きだったので」
「いいねぇ。向日葵の花言葉は“憧れ”だ」
「それ、ぴったりです」
二人は顔を寄せ合いながら花の組み合わせを考えていく。
カスミソウで包み、百日草を添える。千尋の頬は自然と緩んでいった。
◇ ◇ ◇
「そういえば、前に来たのはいつだった?」
「小学生の頃です。母の日にカーネーションを買いに来て以来かも」
「あー覚えてるよ。あの時“お母さんにありがとうって言えるかな”って、顔を真っ赤にしてたじゃないか」
「そんなこともありましたね」
二人は声を立てて笑った。
「この町はね、久しぶりに戻ってきても迎えてくれる。そういう場所なんだ」
「……安心します」
◇ ◇ ◇
ミナミの手は迷いなく花を束ねていく。
向日葵を中心に、白いカスミソウがふわりと寄り添い、淡い紫のリンドウが静かに彩りを添える。
「千尋ちゃん、どんな気持ちで贈るかってのが花束に出るんだ」
「それなら、優しい花束にしたいです」
「よし、仕上げにこれを」
小さな白いリボンを取り出し、根元にきゅっと結ぶ。
完成した花束は、まるで陽だまりを抱え込んだようだった。
「わあ……」
「弟さん、きっと喜ぶよ」
◇ ◇ ◇
会計を済ませ、千尋が店を出ようとしたとき。
「千尋ちゃん」
「はい?」
「渡す時はね、弟さんの目を見て“おめでとう”って言うんだよ」
千尋は驚き、それからゆっくり笑った。
「……わかりました」
花束を抱え、千尋は店の外へと歩み出す。
風鈴が控えめに鳴り、日差しが路地の奥まで伸びていった。
◇ ◇ ◇
ミナミは再び店に戻り、水やりを始める。
葉に宿った水滴が光を受けて、キラリと輝いた。
「さて、次はどんな顔が来るのかな」
独り言のようにつぶやき、ミナミは静かに花たちと向き合い続けた。




