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第15話 さがしもの掲示板

 商店街のはずれ、人通りの少ない小道の先に、それはあった。


 木枠に囲まれた古びた掲示板。角は黒ずみ、無数の画鋲跡が散らばっている。

 そこに残された紙は、回覧板の写しや、終わった催しの案内、忘れ物の張り紙、色あせた猫の捜索ビラ──どれも紙の端がめくれ、長い時間をさらされていた。


 美智子は、なぜかそこで足を止めた。

 目的があったわけではない。ただ、通りすがりに視線が吸い寄せられた。


 風が吹き、紙の端がパタリと揺れる。


 彼女の目に留まったのは、一枚の白い紙だった。

 印刷ではなく、黒いペンで丁寧に手書きされている。


「さがしています」


 それだけの言葉と、下に小さな地図のような図。

 歪んだ線、矢印が数本、三つのばつ印、そして最後に、小さな円がひとつ。

 意味はまるで分からない。だが、不思議と目が離せなかった。


 美智子は思わずしゃがみ込み、指で線をなぞった。

 その瞬間、胸の奥で微かな記憶が揺れる。


 ──そういえば、わたしも昔、なにかを探していたような……。


 それが何だったのか思い出せない。ただ「探していた」という感覚だけが鮮やかに残っていた。


   ◇   ◇   ◇


 翌日、美智子はまた掲示板を見に来た。

 例の紙はまだ貼られていた。


 三日、四日と通ううちに、その紙の内容は少しずつ変化していった。


 「……ずっと前に落としました」

 「……まだ見つかりません」

 「……誰か、見かけませんでしたか?」


 短い文が増えていくたびに、美智子は自分に宛てられたような気がして立ち尽くした。


 思い出そうとしても、彼女が探していたものは何なのか形を結ばない。

 ただ、過ぎ去った時間や、戻らない感情のようなものが、胸の奥で名前のない欠片としてうずいていた。


   ◇   ◇   ◇


 ある日、紙の隅に小さく書き加えられていた。


「見つけたら、この下の箱に入れてください」


 掲示板の足元には、古びた木箱があった。郵便受けのようだが、誰が管理しているのかは分からない。埃をかぶっていたが、鍵はかかっていなかった。


 美智子がそっと覗くと、中には小さな欠片のような品が入っていた。

 ちぎれた布切れ、鈴のついたキーホルダー、乾いた四つ葉のクローバー。

 価値のないものばかり。だが、どれも捨てがたい温度を帯びていた。


 ──まるで、誰かの心の奥から落ちてきたもののようだった。


   ◇   ◇   ◇


 週末、美智子は家の引き出しを整理していて、古いスケッチブックを見つけた。

 学生のころ、夢中で描きつづけていた時間の残り香が、ふっと漂う。


 最終ページの白紙に、ボールペンで一文を書いた。


「ずっと探していたのは、こんな時間だったのかもしれない」


 ページを破り、丁寧に折りたたんで、掲示板の下の木箱へ入れた。


   ◇   ◇   ◇


 数日後。掲示板の白い紙は、跡形もなく消えていた。

 木箱も空だった。


 それでも美智子は、不思議と満ち足りた気持ちでその前に立った。


 ──「さがしています」という言葉だけが、今も胸の奥に残っている。


 思えば、商店街という場所そのものが、そうした“さがしもの”の記憶で編まれているのかもしれない。

 ふいに目にした貼り紙、通りがかりに交わした言葉。

 名前を持たない小さな思いが、あちこちに隠されている。


 そして、それを誰かが見つけてくれる日を、静かに待っているのだった。

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