第14話 ワンダーの魔法は現役です
商店街の一角。色の抜けた看板に「ワンダー電気」と太字で刻まれている。
夢のある名前に似合わず、並んでいるのは年季の入った家電ばかり。
ブラウン管テレビ、炊飯器、電子レンジ、FAX付き電話──それぞれに手書きの値札が貼られ、「今だけ!」「動作確認済!」「3年保証」と赤マジックで強調されていた。
その奥に、場違いのようでいて不思議と収まっている機械がある。
クリーム色の筐体に、分厚いCRTディスプレイ。起動音は「ボーン」と鈍い響き。
画面には線画だけで描かれたダンジョンの通路が表示されていた。
「右は通路、左は壁、前に扉……ってことは、ここが分岐か」
店主の照夫は、眼鏡を曇らせながら鉛筆を動かし、方眼紙にマス目を埋めていた。
細かい扉や罠の印まで描き込み、几帳面な地図が広がっていく。
五十代前半。ワンダー電気のロゴ入り作業着に前掛け姿。
古いゲームの単調さも彼にとっては胸が高鳴る宝探し。音はなく、敵は動かずとも、頭の中では壮大な冒険が進んでいた。
そのとき、自動ドアのチャイムが鳴る。
「いらっしゃーい! どうぞどうぞ!」
照夫は即座に立ち上がり、方眼紙を裏返した。
「えっと……ドライヤーありますか?」
「ありますとも! 冷風・強風・静音の三拍子、マイナスイオン機能まで搭載! 型落ちだけど風量は現行以上、これが掘り出し物なんですよ!」
現物をカウンターへさっと置く。
「お値段は?」
「5800円──でも今日は5000円で! しかも電池と延長コードもオマケ!」
話が脱線しながらも、客は笑いながら財布を開くのだった。
◇ ◇ ◇
「また遊んでるのかい、照夫さん」
顔なじみの老婆が乾電池を買いに来た。
「いまね、地図にない隠し部屋を見つけたとこなんだよ。怪しい行き止まりがちょっと気になってさ」
「ふふ、想像の冒険だねぇ」
「そうそう。これだけは売らないよ。だって俺の“原点”だからね」
彼は黄ばんだフロッピーディスクをつまみ上げた。
「地下1階」「地下2階」と手書きされたラベルが、テープ越しにかすれていた。
◇ ◇ ◇
別の日。母娘がやって来た。
「電子辞書、ありますか?」
「もちろん! 音声読み上げ、漢字書き取り練習機能、塾指定モデルまで! ……ただ、ご予算なら型落ちの新品が一台。保証つきで三割引き。どう?」
母親が迷う横で、女の子はパソコン画面をのぞいた。
「これ、ゲーム?」
「そう。古いけど、音も絵もほとんどないからこそ地図を作るのが楽しい。頭の中にダンジョンを広げるんだ」
「なんか……ちょっとやってみたい」
「その気持ち、大事だよ。君がもう少し大きくなったら、きっとわかる」
照夫は笑い、奥から布製のケースを取り出した。
「これはオマケ。道具は大事に使ってほしいからね」
◇ ◇ ◇
夕方。店内は少し暗くなっても、画面は緑の光を放ち続けていた。
扉のマス目を一つ塗りつぶし、照夫はつぶやく。
「やっぱりここで、地下3階に降りる階段か」
そこへ理事長が顔を出す。
「扇風機、まだあるか?」
「もちろん! 三段階切り替え、首振り、高さ調整、羽根掃除ブラシまでサービス!」
「……じゃ、それを」
客を見送り、照夫は再びキーボードへ手を戻す。
「さて、次の角は右か左か……」
冒険はまだ続く。
ワンダー電気の片隅で、魔法のように。




