大谷になれるボタン 望郷編
「鈴木さん、俺になりたいと思ったんすか?」
試合から帰ってきた大谷に私は自分の本当の名前、禿げた65のおっさんである事などを伝えていた。
「少し迷ったんですけど、やっぱり大谷になりてえなと思ってしまいました。」
大谷は満更でもないという雰囲気で黙っていた。
見かけ上大谷そのものになったとはいえボタンを押しただけにすぎない私は何を話せばいいのか皆目見当がつかない。
「イチローさんと俺と本当はどっちになりたいですか?」
鈴木貴弘というのが私の名前だったが、活躍するイチローが自分と同じ名字であることを意識することも多かった。
とはいえありふれた名字である。
そこまで深く考えていたわけでもない。
「あ、俺もう寝る時間なんで、すいません。」
大谷は眠る体勢になると驚くほどの早さで熟睡してしまった。
そのための特別な訓練の成果らしかった。