1 . 単眼鏡
2813人消滅。残数、7187人。
1.単眼鏡
…目眩がする。それだけ、今起こったことが信じられない。そして、目の前にあるものも。
自身の頭で何となく理解していた「強さ」に枠がついて、言葉がついて。一応、私の「強さ」は "19" となっているが、これがどう計算されているかはわからない。わかっている者など、いるのだろうか。
全く、ふざけた数字である。ついさっきまで死の淵にいた奴が、 "19" と言われてもどうすればいいんだ。このつきまとっているボードを尻目に辺りを見渡すと、明らかな違いを数点と見つけた。
とにかく、影がある。それだけでなんか嬉しくなったし、同時に悲しくもなった。私がそこに居る感じがして、生の喜びと、「夢じゃないんだ」という実感の間で、私の中にざわめきが渦巻いている。
周囲では、個が集まってクランが形成されている。無言を貫く者もいれば、「ここは地獄だ!」と喚いて自傷に奔る者もいる。私はなぜか今、「こんなところを汚すなんて、なんて酷いことを」と思った。
有力な"候補"が1人いた。それは指揮者としての候補かもしれないし、はたまた──
彼は〈 アルク・トライアス 〉。「強さ」ランキング17位の、一般的にトップランカーとも呼ばれる者だろう。褐色肌に民族性のある衣を纏っており、それと数学者としての気配を感じさせる。
「 確認しようか。1回目の波の前と比べ、今は影がある。ということは、つまり… 」
鈍い衝撃が、足裏から押し上がってきた。
耳を裂くような高音。鼓膜の内側を針でこすられるみたいに、ひどく痛く、キィィィィィ……とした、音。悲鳴は高音に飲まれ、目の前にいた男の強さのボードが、「 -- 」と空白になったと思ったら、瞬きをすると彼ごと消えていた。
何人消えた?数を数えようとしたが、思考をすると頭にもやがかかったようになって、ただ減ったということしか理解できなかった。
空気が、変わった。影の縁が濃くなり、遠くの白の向こうに輪郭のない塔のようなものが立っているのが見えた。
アルクの声は、ノイズの奥から遅れて戻ってきた。
「 ……"波"は、来るんじゃなくて、"鳴る"のかもしれない 」
「 同じ……じゃあ…ないか…… 」
アルクの声を掻き消すように誰かがそう呟いた瞬間、場にまたざわめきが生まれた。
「 またか 」「 何もしてないのに 」「 順番か?順番なのか? 」
言葉は発されるたびに弱まり、意味を成さなくなる。
── "何もわからないまま、消える"
たったそれだけの恐怖が、脳を、手足を痺れさせる。
「強さ」の数字を睨みつける者。誰かの影を踏んで「ごめん」と何度も言う者。
白い床に爪を立てて、「何かの裏側」にたどり着こうとでもするように、黙々と指を擦り減らしている。声も発さず、焦りも見せず、ただ"そこにある地面"が「不正解」であることを証明しようとしているようだった。
笑いを誘おうとする者。
手品のように小石を宙に投げ、口笛を鳴らし、奇抜で突飛な行動で周囲の視線を集めようとする。けれども笑わない。誰も寄ってこない。それでも彼は笑顔をやめなかった。
無言で他人を殴る者。
突然、何の理由もなく誰かの背を突き飛ばし、転ばせ、何かを叫ぶ。その言葉はもう誰にも届かない。
ただ、それだけが彼にとっての存在証明だった。殴った衝撃が返ってくることで、「まだここにいる」と思えているのだろう。
「 あの、塔に向かうぞ! 塔に! … 」
四面楚歌。それは波が直接作り出したものじゃない。思考をする者達の、狂想曲。波はただ、消しただけ。いや、簡単に消してしまった。あまりにも強すぎる。歯が立たないと無意識のうちに対抗しようとして、こんなことになっているのか。
「 嗚呼… ここは… 地獄だ…! 」
「 クソが… 」
まるで口にゴム片を大量に突っ込まれているのかという、意味のわからない喩えをするが、流石にこの展開量は飲み込めない。なのに何故、アイツはこうも落ち着いているんだ…
アレク・トライアス。焦茶の髪に褐色肌をしており、民族性のある衣を纏う。未だ種族は不明だが、自らの種族を「スィアノムス」と名乗る。並外れた認識の高さや洞察力を持つ。