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外へ

 トイレに誰もいないのを確認したあと、色々限界そうな彼女を中へ送り出した。

 最後まで気を緩めるんじゃないぞ……。


 一気に緊張が緩んだからか、自分が、空腹だと言うことに気が付いた。

 ちょうどいいから春雛さんの用が済むのを待っている間に、腹ごなしをしておこう。そもそも売店に来た理由は、何か食うためだ。

 トイレの前に座り込んで、持ってきたシャケ弁とハンバーグ弁当を一気にかき込んでいく。

 味は、可もなく不可もなく。まあ出来合いの弁当なんてこんなものだろう。エナドリの時のような衝撃はない。

 最後の一口をエナドリで流し込んでいると、ちょうど春雛さんがトイレから出てきた。


「…………」

「あ、もう大丈夫そ?」

「……お、お見苦しいところを、お見せしました……」

「いや、そんな……はは」

「…………」

「…………」


 ……気まずっ。

 おい、顔真っ赤にしてんぞ彼女。トイレ我慢から解放された女子になんて声掛けりゃこの空気を払拭できるんだ? ちくしょう、俺に記憶があれば何か気の利いたフォローが出来ただろうに、記憶がねえからちくしょう。


「あ、お菓子食べる?」

「……い、いえ。お金を払っていませんし……」

「そっか……。あ、そ、そうだ! もう家族とかに連絡はした? 心配しているんじゃない?」

「それが……昨夜から電話回線が混み合ってるようで、どこにも繋がらないんです。一応、ショートメッセージは送れたので、たぶん大丈夫だと思います」


 ネットが繋がったから電話も通じると思ってたが、電話の方は回線がパンクしていたのか。そう言えば、ネットの方も若干遅かった気がする。


「あんまり、心配してないみたいだね?」

「ええ。だって、少なくともここよりは安全な場所に居ますから」

「……そりゃそうだ」


 春雛さんのイタズラっぽい笑顔につられて、こっちも笑みを浮かべる。気が付いたら、さっきまでの気まずい雰囲気はなくなっていた。


「さてと……。それじゃあ、行こうか」

「あ、はい……!」


 腰を上げて、バッグを肩に掛ける。

 春雛さんを伴って、病院のロビーへと向かった。


―――――――――


 うす暗い足元に気をつけながら、階段を使って病院の一階に行くと、少し困った光景が広がっていた。


「うっわ……」

「っ……」


 一階のロビーには、両手の指では足りないほどの感染者が集まっていた。

 妙な姿勢でうずくまったり、立ったままふらふらと俯いているのが半々といったところだ。普通の服を着た来院者に混じって看護服や患者着の人間がいるが、病棟にいないと思ったら、ここにいたのか……。

 さすがに、あの中を突き進んでいくほど馬鹿じゃない。


「あれは、玄関口から出るのは無理そうだな……」

「……でしたら、救急搬入用の入り口はどうでしょう? この病院には救急外来があるので、どこかに別の入口がある筈です。そこなら、普段は人が立ち寄らない場所なので……」

「なるほど、人気のない場所なら感染者も少ないか……冴えてるね、春雛さん。よし、そっちに行ってみよう」


 彼女の提案に頷き、俺たちは感染者に気づかれないように、静かにその場から移動した。


 院内の案内図を確認して、救急車用の出入り口を目指す事にした。安全第一で、ゆっくり時間を掛けて廊下を進んでいく。

 時々徘徊している感染者をやり過ごしながら、あと一つ廊下の角を曲がれば目的地という所で、その廊下の先から、ふと誰かの話し声が聞こえてきた。


 後ろにいる春雛さんと顔を見合わせ、廊下の角に身を隠しながら聞き耳を立てる。


「―――タカミネさん、やっぱりここ二人じゃ対応ムリっすよ。応援待っときましょう」

「―――だなぁ。裏口覗きにきたら、さっそくだもんなぁ……。中はもっとヤバいぞ、これは。とんでもない事になったな、まったく……」


 こっそり覗いてみると、廊下の奥、救急搬入口の近くに、青いシャツに『警視庁』の文字が入ったベストを着た、二人の警察官がいた。二人の前には、後ろ手に手錠で拘束された感染者が床に倒されて、蠢いている。

 よかった……どうして病院に居るのかは知らないが、とにかく、警察がいるならもう安心だ。


「すんませーん! お巡りさーん!」


 声を出しながら角から出て、警察官たちの注意を引く。


「っ! サイトウ、救助者だ」

「はい……中野13から中野本部。院内で救助者二名発見。男性と女性、一名ずつ。対応指示お願いします」

「早くこっちに! 残ってる人は? 二人だけですか?」


 白髪混じりの年配の警察官に促されて駆け寄ると、捲し立てるように質問が飛んできた。


「えっ、さ、さあ? あ、そこの人と同じ様な人なら、正面玄関にたくさんいましたけど……ね?」


 拘束されている感染者を指差し、後ろにいる春雛さんから同意を得ようと振り向くと、遠慮がちに「はい……」と頷いてくれた。

 あれ? 春雛さん、いつの間にかジャンパーのフードを被っているな……。


「あー……なるほど。いやボクらこの近所からの通報で来たんですけどね、病院の様子が変だって。何があったか、ちょっと聞かせて貰ってもいいですか?」

「ええっと……」


 いかん、どこから説明すべきだ……? この病院で何が起きたかなんて、こっちが知りたいくらいだ。


「タカミネさん、先に車に乗ってもらってからの方が……ここじゃあれですし」


 どうしたもんか、と返答に困っていたら、若い警察官の方が横から口を出した。


「お、そうだな。いやすみませんねー、こっちも昨日から色々忙しくて……お兄さんも知ってるでしょ? 最近起きてる連続暴力事件」

「あー、そっすね、大変ですよねアレ……ハハハ」


 愛想笑いを浮かべて、何とか誤魔化す。ろくに知らねえんだよなぁ。

 「じゃ、ちょっとパトカーの中で詳しい話聞かせてくれる?」と促され、俺たちは病院の外へと連れ出された。


 出口をくぐった瞬間、夏のむっとした熱気が顔に無遠慮にぶつかって来た。病院の中、冷房効いてたんだな……。


 「いやぁ、まだ早朝なのに最近は暑いよねぇ」


 タカミネと呼ばれていた警察官のボヤきに「そっすねー」と適当に相槌を打つ。

 なんだか、久しぶりに外に出たような気がする。見上げると、曇天だった空のあちこちに切れ目が出来ていて、そこから青空が覗いていた。

 昼には晴れて、もっと気温が上がるだろう。


「春雛さん、上着着たままだけど、大丈夫?」

「あ、はい。……私、陽射しが苦手なので」

「そうなんだ……」


 さっきから妙に黙り込んでいる春雛さんに声を掛けると、なにかはぐらかす様な返事が返ってきた。

 まあ、夏の日差しはお肌の大敵って言うしな。そういう事にしておこう。


「そういう戸草さんこそ、上着を着たままですよ?」

「いや、俺この上着の下、実は裸なんだよね……」

「え、えぇっ!?」

「どうしましたー、お二人とも?」


 春雛さんの驚いた声に、先を歩いていた警察官二人が振り向いた。「なんでもないっす」と返し、少し早足で警察官たちに追いつく。

 パトカーは、病院の救急搬入口を出て、すぐの所に停められていた。 


「さ、どうぞ」


 若い警察官が開けてくれた後部座席に、春雛さんと一緒に乗り込むと、俺たちに続いて、二人の警察官もパトカーに乗車した。

 助手席に座ったタカミネさんが振り返って、笑顔を見せてくる。


「よぅし。―――それじゃあ、お話聞かせてくれるかな?」


 さあて、困った。何から話そう?

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