表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

dd/−02.【都内連続暴力事件:映像記録①】

【0:00】

 映像が始まった。

 スマホのカメラが、道路を挟んだ向かいの建物を映している。撮影者は大分焦っているのか、カメラが落ち着きなく左右に揺れて画面が見ずらい。


『おいおいっ、ヤベェって……マジかよ……なにやってんだあれ…』


 焦燥に駆られた声が映像の後ろで流れる。次第にピントが合いだしたレンズが、一件のコンビニを画面に捉えた。そこには、コンビニの窓ガラスに体当たりを続けている、一人のスーツ姿の男が映っていた。



【0:12】

『……うわ……血だらけじゃん……』


 窓にヒビが入り、男の血らしき赤い点も付着してるが、やめる気配はない。

 男は次第に両手も使いだし、コンビニの窓を執拗に叩きながら、口から血液混じりの唾液を辺りに飛ばしている。



【0:28】

 コンビニの店員が画面右から出てきた。「何してんだアンタっ!?」と怒鳴る声が微かに聞こえる。店員が男を取り押さえようと近づく。


『やめてくださいッ! 警察呼びますよ! ちょっと誰かァッ?!』


 次の瞬間、男が店員を地面に押し倒した。カメラがズームされるが、アップにしすぎてよく見えない。

 悲鳴が響く。



【0:41】

 店員を地面に押し倒した男は、上半身を激しく動かして暴れている。


『うわ、やばいやばい! 噛んでる? 噛んでるよアレ! ヤバイってこれ……!!』


 カメラが震えだし、一時画角から二人が外れる。画面端に、血のようなものが飛び散ってるのが見えた。



【1:17】

 画面にカウントダウンと、【!閲覧注意!】のテロップが一瞬映る。


 カウントダウンの終了後、襲われていた店員が自力で男を振りほどいて逃げ出すが、腕は真っ赤に染まり、深く引き裂かれて出血しているように見える。


『おーい逃げろ! 逃げろーッ!』


 店員に早く逃げるように手振りする撮影者の手が映る。



【1:20】

 男が突然、カメラのほうに顔を向けた。


 鮮明に映し出されたその顔は、口元にべったりと着いた被害者の血が、化粧に思えるほどの形相を浮かべていた。

 目が異常に充血し、眼光は異様に爛々と輝き、顔中の血管が浮き出ている、異様なモノだった。


 撮影者が、その眼光に射抜かれたように動きを止める。

 するとカメラが急に揺れ、どこかへ向かって走る映像に変わる。しばらく足音と荒い呼吸音だけの映像が続く。



【1:37】

 映像が停止する直前、後方で「きゃああああ!!!」という複数の叫び声が響いた。

 動画はここで終わった。




―――――――――


「……これ、いつ撮られたやつ?」


 1分半程の短い動画を見終わり、傍らでじっと待っていた春雛さんに質問をする。


「昨日のお昼前です。昼過ぎには、インターネット上に」


 スマホの時計を見ると、ちょうど午前6時00分と表示されている。どうりで外も病院の中も暗いわけだ、まだ日が昇ってない時間帯だったのか。


「一応、確認したいんだけど……この動画は、映画の撮影とかAIで作られた物じゃないんだよね?」

「はい……。編集はされていますが、実際にその場で撮られたもので間違いありません。―――それと同様の事件が、東京各地で起きているんです……。一応、他にも動画が幾つかありますが……」

「いや、いいよ。疑ってるわけじゃないんだ」


 気が進まなさそうな春雛さんの提案を、やんわり断る。

 俺がさっき遭遇したナースさんも、この男と似た異様な顔付きだった。確認する必要はない。

 しかし、病院の中だけじゃなくて、外にもあんなのが彷徨いてると思うと、一気に気が重くなるな。


「そもそもこれは、なんなんだ? なんで人が、こんな……」

「政府からはまだはっきりと公表されていませんが……一種の感染症ではないか、と見做されています」

「というと、つまり?」

「感染者―――便宜上、彼らをそう呼びますが、彼らは正気を失ったように暴力的になり、近くの人間を無差別に襲うようです。そして、彼らと接触した人々が、のちに同様の症状を見せるケースが多発していることから、何らかのウイルスが原因ではないか、と」

「伝染るのか、これが?」


 スマホを指差して聞き返す。そこには理性を失ったように暴れている男の狂態が映っている。まったく健康な人間をこんな風に変貌させる病気だなんて、少なくとも俺のなけなしの知識には存在しない。


「まだはっきりそうと断定されているわけではないんです。ですが、感染者に襲われると感染する……という噂は、既に流れています」

「……本当に、ゾンビじゃねえか」


 いよいよホラー映画地味てきたと心の中で悪態をついていると、ふと別のことに気が付いた。

 このスマホの電波、ちゃんと通じている。


「あのさ春雛さん、スマホもう少し借りていい?」

「え? あ、はい、どうぞ」


 彼女に「ありがと」と手短に礼を言うと、急いで検索サイトを開いて、さっき見た免許証に書いてあった住所を打ち込む。

 検索で出てきた地図を見ると、中野駅の少し北側辺りにピンが刺された。


「春雛さん、ここの病院の名前って分かる?」

「都立総合医療病院です」

「ありがと。……お、意外と近いな」


 すんなりと病院名が出てくる春雛さんの聡明さに感謝しつつ、自宅近辺との距離を測る。

 直線でだいたい、1〜2キロといったところか。

 これなら何とか歩いて行けそうだ。


 地図とにらめっこしながら道順を記憶していると、持っていたスマホが小さく振動した。ニュースアプリの通知がきたようだ。

 ポップされた文字を目で追うと、【東京都が全域に『屋内避難勧告』】と書かれていた。


「こんな朝早くから、偉い人たちも働いたりするんだね」

「え……?」


 びっくりしたような顔をしている彼女にスマホを返すと、食い入る様にニュースを読み出した。


「そんなっ……」

「なんて書いてあった?」

「…………都が、独自の判断で感染症の情報を公開しました……。人から人への感染であると……感染者には近づかないように、と……それと」

「それと?」

「―――感染者と接触して負傷した場合は、救急に連絡後、自宅で待機して救助を待つように……って」

「まあ、病院がこんな状態だしな……。体の良い、自主隔離だろう」

「…………」

「つまり感染者とやらは、都庁公認ゾンビだってわけだ。本当に、目が覚めてから世の中どうなってるんだか」


 余程衝撃を受けたのか、春雛さんはスマホの画面を見つけたまま黙り込んでしまった。

 そんな彼女を尻目に、俺は腰掛けていたレジカウンターから降りて、食料で一杯にしたボストンバッグを肩に掛けた。


「! あ、ど、どちらに……?」

「まずは、じぶん家に行ってみようと思う。あ、ありがとうスマホ貸してくれて、帰り道分かんなかったからさ」


 ははは、と記憶喪失ジョークをかましていると、春雛さんが何か意を決したように、真っ直ぐ俺の目を見上げてきた。


「……あの、私もご同行させては頂けませんか? 途中までで構いませんから、どうか!」

「俺は別に構わないけど、春雛さんの家はどこなんだ?」

「家、ではないのですが……―――どうしても、市ヶ谷に向かわなくては行けないのです」


 深刻そうな彼女の顔を見るに、断っても一人でそこに行きそうな雰囲気だ。


「……分かった。まあ、こんな所に女の子を一人置いていくってのも、大人としてアレだろうしね」

「っ! あ、ありがとうございます! 決して足手まといにはなりませんので!」

「ああ、またしばらくよろしく」


 この短い時間でもはや見慣れてきた綺麗なお辞儀を受けていると、彼女が急に「うっ……!?」と苦しそうな声を上げた。


「どうかしたか……?」

「い、い、いえ…………そ、その、言った手前、さっそくで申し訳ないのですが、お願いが……」

「……俺にできる事なら」


 うずくまるように身体を押さえながら、足を震わせる春雛さんから、少し距離を取る。

 まさか、この子……。


「お、お」

「……お?」

「お………………お花摘みに……行かせては、貰えないでしょうか……?」


 ……。


 ……?


「お花摘みって……あ、あー! お花、って、あー……!」

「き、昨日の夜からっ……シャッター、開けれなくてぇっ……!」


 泣き出しそうな顔の少女の一大事に、すべてを察した俺は、売店の重いシャッターを素早く持ち上げた。

 脱兎のごとく店内から駆け出した彼女は、一目散にトイレを目指そうとして、ピタッと止まった。

 今度はどうした?

 まさか、手遅れか……っ!?


「い、一緒に来てくださいっ……!」

「あ、あー、そうね。何があるか分からんもんね。ついでに、近い場所知ってるから案内するよ」

「うぅぅぅ……!」


 こうして俺は、おそらく人生初となる、女子中学生と連れションをすることになった。

おしがま、ってやつやね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ