表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

天然少女と記憶喪失の男

 少女の年齢は、中学生くらいだろうか? 150センチあるかどうかといった小柄な子だ。

 可愛らしくも、どこか気品を感じる美貌を持ち、長く艶があってふわふわとした濡れ羽色の髪が、身動ぎするたびにさらさらと揺れている姿を一言で形容するなら―――『お雛様』。と、言った感じだ。


「あ、あのう、お店の方でしょうか……?」

「いいえ、違います」


 困惑している様子の少女に堂々と返事をして、天井に掲げていたペットボトルをソロソロとバッグに入れる。


「え……そうなの、ですか? で、でもそれはお店の商品では……?」

「そうですね。確かに、その通りだ」


 俺が新たにドリンクコーナーから取り出した黄色いエナドリを、少女が戸惑いながら指さす。

 それを肯定しながらバッグに入れつつ、今度はこちらから少女に質問を返す。


「ところで、君はどうしてこんな所に? いまこの病院がどういう状況なのか、分かっているのか?」

「っ!? そ、そうです! いま外は……病院はどうなっているのですか!?」

「…………どうなっているんだろうね?」

「え、えぇ……?」


 急に焦った様子でまくし立ててきた少女に、アホみたいな返事しか返せなかった。

 仕方ない、記憶喪失なんだから。偉そうに聞いたが、本当になにも知らないんだから、仕方ない。


「答えれなくて済まないけど、実は記憶がないんだ。気がついたらこの病院に居てね。冗談にしか聞こえないだろうが、名前とこのエナドリが好きってこと以外、何も思い出せないんだ」


 頭の包帯を指差しながら、自分の状況を説明する。

 きっとふざけてると思われるか、本気には受け取ってはもらえないだろう。当の俺だって、直ぐには信じられなかったんだ。

 ……と、思っていたのだが。


「そんな……! そうだったのですか……それは、さぞお辛いでしょう。申し訳ありません、そんな事情を(つゆ)知らず、自分のことばかり……どうか、ご容赦ください」


 少女はまるで自分の事のように辛そうに顔を歪めると、姿勢を正して深々と頭を下げてきた。

 その年齢不相応な礼儀正しさに、思わずエナドリをバッグに詰め込んでいた手が止まる。


「いや……君がそんな謝る事じゃないよ、これは俺の問題だし。だから、頭を上げてくれないか?」

「ありがとうございます。無礼な物言いをしてしまったのに、寛大な方なのですね」


 そう言って柔らかく微笑む少女の眼差しに、バツの悪さを感じた。これじゃあどっちが大人か分からん。

 小さく溜め息を吐きだし、エナドリ集めを諦めて、少女と正面から向き合う。


「自己紹介をしてなかったな。俺の名前は、戸草郷二郎だ。記憶喪失で、それ以外は分からない。君の名前を聞いてもいいか?」

「! ……私は、『春雛(ハルヒナ)』と申します。はじめまして、戸草さん。以後、どうかお見知り置きください」


 またも折り目正しく礼をする、春雛と名乗った少女。やはりというか、こんな不審な男相手にも関わらず、やけに礼儀正しい子だ。ちょっと浮世離れした雰囲気もあるし、どっかのご令嬢だったりするんだろうか?


「ああ、こちらこそ。……で、上も聞いていいか?」

「はい? 上とは……?」

「いや、だから……苗字は? 下の名前しか聞いてないんだけど……」

「…………あ!? も、もも、申し訳ありませんっ! 私ったら、ついうっかりを……!?」


 大人びた子だと思ったが、ちゃんと年相応なところもあるようだ。ちょっと安心した。


「え、えっと……苗字は、は、『長谷尾(ハセオ)』ですっ! 長谷尾と申します!」

「長谷尾さん、か。まあ、こんな状況だけど、よろしく」

「あ、はい……あの、どうか春雛とお呼びください。そちらの方が、慣れておりますので」

「そう?」


 初対面なら苗字呼びが普通だと思うが、まあ、普段から友達とかに下の名前で呼ばれているんだろう。

『ハルちゃん』とか、『ヒナちゃん』とか、略しやすそうな名前だもんな。


「それで? 春雛さんは、どうしてシャッターの閉まった売店なんかにいたんだ?」


 話題を戻そうとさっきと同じ質問を繰り返すと、彼女は重そうに口を開いた。


「それは―――()()に襲われて、やむなくここへ逃げ込んだのです……」

()()……?」

「あ……、失礼しました。戸草さんは記憶を失っているんでしたね。―――でしたら、私の口から説明するよりも、こちらをご覧頂いた方がきっとご理解頂けるでしょう」


 そう言って彼女は、あまり似合っていない暗いオリーブ色のジャンパーのポケットからスマホを取り出して、何やら操作しだした。


「それは?」

「これは、スマートフォンと言いまして、遠くの人と会話できたり、他にも映像を撮ったりと、様々な機能を持つとても便利な機械でして―――」

「い、いや……さすがにそれは覚えているよ……?」

「っ……?!」


 真剣な顔で説明を始めた少女に思わず割って入る。


「……か、かか……重ねがさね、申し訳ございません!! 私ったら、なんて失礼な事をぉ!?」


 春雛さんは徐々に顔を真っ赤にさせると、ものすごい勢いで何度も頭を下げてきた。その慌てっぷりに、思わず笑いがこぼれる。目が覚めてから、初めてちゃんと笑った気がした。

 この子、もしかしなくても天然だ。


「も、もうしわけっ……、もうしわけぇ……っ!」

「大丈夫だって、そんな気にしてないから。俺の聞き方も悪かったし……それよりほら、話の途中だっただろ? 続きを聞かせてくれないか」

「うぅ……お、お言葉に甘えさせて頂きます……。―――では改めまして、こちらの映像をご覧ください」


 そう言ってようやく頭を上げた彼女は、まだ赤みの残る頬を誤魔化すように少し目を伏せながら、自分のスマホを俺に手渡してきた。


「改めて聞くけど、これは?」

「先日、インターネット上にアップロードされた、とある映像です。そこに、現在の東京に混乱を(もたら)している、原因が映っています。……刺激の強い映像ですので、心構えが出来ましたら、再生を」


 さっきまでの穏やかな口調とは打って変わり、長谷尾さんの真剣な語り口に、思わず固唾をのみこむ。

 一体これから、どんな物を見せられるというのか。

 けど生憎と、何も知らずに、空っぽのまま死ぬ訳には行かないと、覚悟を決めたばかりだ。


 俺は躊躇なく、画面の再生ボタンをタップした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ