【序章】第九話『異界士の背中を追って』
この世界に現れるようになった『異界』
異界は、この世界の理から外れた存在であり、そこから生まれる魔物や災厄には、現代兵器も通じない。
この世界の常識では、立ち向かうことすらできない。
そんな異界関連の出来事に対して、異界と魔力に適応し、発現した異能の力を使って、異界に立ち向かう者たち。
それが――『異界士』
異界に対抗する為に、政府から異能の力を扱う許可を得て、街を守る為に戦っている事から、一部では、街の英雄、救世主などと言われて、ヒーロー扱いされている者もいるそうだ。
私はまだ、その意味のすべてを理解してはいない。
けれど、目の前の『彼』は、私にとっての救世主――
そう呼ぶのにふさわしい存在であることは、たった今、命を救われたこの身が証明していた。
強張っていた指先に、ふいに力が戻った。
(ああ、助かったんだ……)
「……っ、あ……う……」
喉の奥から、抑えきれなかった声が洩れた。
目尻に熱が溜まり、視界がじわりと滲んでいく。
「もう大丈夫。怖かったよね?」
耳に落ち着いた声が届く。
その表情はとても穏やかだった。
徐々に落ち着きを取り戻していき、温かな体温が私を包んでいたのに気づき、私は、彼の腕の中にいた事を思い出す。
彼の腕の力は優しく、私を支えてくれていたが、もう子供でもないのに、男の人に抱きかかえられている――その気恥ずかしさから、私は、思わず首を振った。
「……す、すみません……」
濡れた頬を慌てて袖で拭った。
(やだ……泣き顔まで見られちゃった……)
「大丈夫? 怪我とかは、してない?」
彼に支えられながら、降ろされた地面の冷たさが、恥ずかしさでいっぱいだった私を、現実へと引き戻してくれる。
自身の身体を見回し、動かしたりして、小さく頷いた。
「はい……大丈夫、そうです」
とっさに答えてから、声が少し裏返ったことにまた頬が熱くなる。
その言葉を聞いた彼は、安心したように目を細めた後、何故か、焦ったようにして、その目は、すぐに私から逸らされた。
目を逸らした後、彼は軽く咳払いをして聞いてきた。
「おほん、生存者は……君だけ?」
その言葉に、思い出す。
(そうだ……! 陽翔くん――あの子がまだ、あの化け物に……!)
「い、いえっ、男の子が一人、部屋の奥に連れていかれました!」
声が上ずり、冷たい汗が流れる。
けど、陽翔くんを助けたい。
その思いから、助けを求めるように、彼の目を見つめる。
彼は腰に差した剣を確かめるように手を置き、真剣な表情ではあったが、何故か私の方は見ようとはせず――
「そう、わかった……! 君は、ここで待ってて」
そう言って、奥へと向かう。
「……!」
彼が行った後、森の静寂が、横にある蜘蛛の死骸と薄暗い部屋に、一人、取り残される恐怖を煽り、胸を締めつけた。
「ま、待ってください!」
私は彼の後ろ姿を走って、追いかける。
「あ、あの、やっぱり私も……連れて行ってください。手伝えることがあれば……手伝うので!」
すぐに彼の背中に追いつき、懇願するように声を上げた。
「え……あ、い、いや……君は、待ってた方が……良い、か、な……」
まただ。また目を逸らしている。
彼は、何故か私の方を見ると、すぐに気まずそうに目を逸らして、顔を合わせようとしない。
(この人……本当に、信用して大丈夫かな……?)
一瞬、そんな不安が胸をよぎった。
けど、陽翔くんを助ける為なら――
「あの、連れて行ってくれないなら、勝手についていきます」
「え!?」
(私に出来る事なんて大した事ないけど、せめて、この人が陽翔くんの元に行くまで、一緒に……)
そう思い、言葉が自然と口をついた。
彼が信用出来るかは分からないが、今、この場で陽翔くんを助けられるのは彼だけだ。
少なくとも、一緒にいれば彼が、陽翔くんの元にたどり着いたかは確認出来る。
だから、それだけは譲れなかった。
「……分かった。無茶はしないで、指示には従ってね?」
決意が伝わったのか、彼は困った表情を浮かべて、しばし逡巡した後、苦笑して頷いた。