【序章】第五話『異能の覚醒、日常の崩壊《後編》』
生まれ育った街から電車を乗り継ぎ、数時間。
最寄りの駅から都市に向かうバスに乗り換え、さらに小一時間。
ようやく、バスの車窓から都市の姿が見えてきた。
都市が見えてきたとき、真っ先に都市を囲む巨大な防壁が目に入った。
『グラウンド・ゼロ』の跡地に作られた円環状都市。
『異能』に目覚めた能力者を保護し、『異界化現象』に立ち向かう最前線。
都市を囲う三つの防壁は、異界化現象を食い止める為の防波堤だと言う。
だが、そんな肩書きよりも、そのあまりにも巨大で、無機質で、無慈悲な壁を見て、私の心には一つの思いがよぎる……。
(なんか、『監獄』みたい……)
「都市に入る前に、ID登録が必要です。なお、能力者の方は、先に魔力及び能力測定がありますので、こちらにお並びください」
都市に入る前に、巨大な防壁の下にある入口の関門で、『異能の計測』というのを受けさせられた。
見たこともない装置――例えるならCTスキャンのような装置に寝かせられた私は、全身を装置にスキャンされた。
その後も、検査官の指示通りに、いくつかの検査項目をこなしていく。
入境審査と称した、一通りの検査や聞き取りが終わると、待機部屋と書かれた中央にテーブルと椅子だけがある部屋に通された。
しばらくすると、書類や何かのケースを持った医者というよりも、研究者っぽい白衣を着た女性と、二名の武装した制服姿の軍人さんらしき人が部屋に入ってきた。
「お待たせ致しました。白野恵瑠さん、貴女の能力測定結果が出ましたので、ご確認ください」
テーブルを挟んだ向かいの位置に座った白衣の女性が、『能力測定登録書』と書かれた書類を渡してきた。
渡された書類に目を通す。
書類には――
【能力者測定結果報告書】《MANACODE》
【氏名】白野 恵瑠
【登録番号】:ESPー512125
【魔力保有量】:543(評価:A)
【魔力適応性】:B(魔力暴走歴:あり)
【容姿変異率】:67%
【異界侵蝕率】:2.3%(極めて安定)
【発現異能系統】:魔力操作系
などの項目が書かれていた。
各項目の横に細かな数値やアルファベットが書かれ、書類の下の方には、検査官のコメントなのか、備考と書かれた欄に、『容姿変異率50%越えと高く、社会適応への心理的負荷が懸念され、留意が必要』と書かれていた。
「細かい住民登録などは、都市内の役所で行います。そして、こちらが都市に入る者に交付されるID証と、能力者の方には、ID登録の為の特別な処置があります」
そう言って、白衣の女性が、ID証を私に渡すと、おもむろに立ち上がり、目の前に立った。
「少し、チクッとして、痛みますが……跡などは残りませんので、ご安心ください」
何をさせるのかと思い、身構えようとするよりも先に、軍人さん達が私を取り押さえる。
「な……何をするんですか!?」
「すぐに、済みますので、暴れないで下さい」
急に、机に伏せる形に取り押さえられ、抵抗しようとする私に、白衣の女性が淡々と話し、持ってきていたケースから、拳銃のような形をした装置を取り出した。
「これは、特殊な『魔力痕』を刻む為の装置です。先ほども申し上げたように、魔力痕といっても、傷などは残りませんので……万が一の時や、貴女が都市のどこにいるのかを把握する為のものです」
私の長い髪を掻き分け、首筋が見えるようにすると、白衣の女性はその魔力痕を刻む装置の先端、銃口部分を私の首筋に突きつけ、引鉄を引いた。
「……ッ、あぁ!」
引鉄が引かれた直後――
私の首筋に、針で刺されたような痛みが走り、取り押さえられた体がビクリと震え、皮膚の奥に何かが染み込んでくるような……焼き付けられるような感覚が走った。
私の中に、何かが刻まれて、浸透していく――そんな感覚に襲われた。
「はい、終わりましたよ」
取り押さえていた軍人さん達が私から手を離し、自由になった後、白衣の女性が鏡を見せてくる。
すぐに装置に撃たれた首筋を確認すると、紋章のような幾何学的な印が首筋で、ほんのりと光っていた。
だが、撃たれた首筋の痛みや何が浸透する感覚が引くと、その印も消えていき、跡には何も残っていなかった。
一体何だったのか……混乱する私をよそに、白衣の女性が話を続ける。
そして告げられた。
「これで、都市に入る為の全ての行程が終了しました。能力者の方は、都市に入った後、原則、無許可で外に出ることはできません。破れば、厳しい罰則もございますので、お気をつけください」
もう何人も相手してきたのだろう、白衣の女性は相変わらず、こちらの顔色は伺わず、淡々と説明していく。
「それでは、ようこそ『異界管理都市・カルデラシティ』へ。ここは、『異能』を理解し、それと向き合い、『異界』に対抗する為の人類の最前線です。私たちは、貴女を歓迎いたします」
入境審査が終わると、都市の中に向かうバスに乗せられた。
防壁を越えて都市の内部に入った瞬間、空気が変わった気がした。魔力が濃いのか、それとも……目には見えない、何かの境界を越えたような感覚。
こうして入境審査を経て、私は『カルデラシティ』に足を踏み入れた。
能力者は、一度入れば、原則として都市の外に出ることはできない――『保護』とは名ばかりの『収容』。
都市を見た時の私の感想は、嫌な意味で当たってしまった。
そういえば、ネットのニュースなんかで、言われていた事を思い出した。
『能力者保護政策』と『異界管理都市』は、能力者の保護ではなく、能力者の隔離が目的の政策だ、なんて言わていた――ただ、実際にそれを経験した私は、そう言われていても、反論はできなかった。
(これじゃ、本当に、『監獄』じゃん……)
関門から都市の内部に移動中のバスの車内。
そこから見える都市の街並みを見ながら、魔力痕を刻まれた首筋をさすり、私は心の中で呟いて、自嘲した。
そして、今の生活が始まった。
能力者が集まるこの都市で、私は一人暮らしを始め、高校生活も終わりに近づいた高校三年生の終わりの年明けという、あまりにも中途半端な時に、能力者の学校、その高等部に編入した。
本来なら、私は――
皆と同じ普通の高校生として、卒業式を迎えるはずだったのに――
生まれ育った街で、みんなと一緒にいられなくなった私が、一人、辿り着いた先。
それが、異界管理都市だった。
でも、『この街』も『あの街』と大して変わらなかった。
あの日、私は――
異能に目覚め――すべてを失った。
家族も、友達も、生まれ育った街も――
私は、私自身の『異能』が、大嫌いだった。
でも、それは、きっと、何も不思議なことじゃないのだと思う。
『異界』は全てを飲み込み、壊す――
異界によって齎されたこの力は、
たしかに私の日常を『壊した』のだから。