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ギルド喫茶《リリーフ》へ、ようこそ  作者: 福福夢狸
【序章】白野恵瑠の物語
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【序章】第二話『ギルド喫茶《リリーフ》の午後』

 時計の針が十四時を指す頃、ギルド喫茶『リリーフ』は、ゆったりとした空気に包まれていた。

 ランチタイムの喧騒がひと段落した店内には、香ばしいコーヒーの香りと、洗われたカップから滴る静かな水音だけが残っている。


 店内の奥、スタッフオンリーの札が掛けられた扉を抜けた先。

 事務所のスペースの真ん中に置かれているソファに腰を下ろし、青年――大上陽太(おおがみ ひなた)は、窓際のブラインド越しから差し込む穏やかな午後の日差しに目を細めながら、湯気の立つカップをそっと傾ける。

 香ばしいコーヒーの香りが、ゆるやかに漂う空間は、どこか静謐で、どこか緩慢だった。

 

 そんなゆったりとした空気に肩の力が抜け、つい先ほど終えた小規模な巡回依頼――いわゆる『お使いレベル』の任務――の疲労も、程よい眠気に溶けていく。


「……やっぱり、平和がいちばんだな」


 そう呟いた彼の言葉に、事務所奥のデスクで書類と格闘している女性――ここ、ギルド喫茶『リリーフ』の所長でもある九条璃那(くじょう りな)が、聞こえたわよと、言わんばかりにため息を吐いた。


「その『平和』が、問題なのよねぇ……」


 年齢よりも大人びた印象を与える彼女は、白いシャツの袖を肘までまくり、端正な字で記録用紙にペンを走らせている。


 編み込みのハーフアップにまとめられた明るいブラウンの髪が、肩越しにさらりと揺れ、午後の日差しを受けてやわらかく光っていた。

 やがて、ため息とともペンを置き、璃那は軽く背伸びをした。

 白シャツの前が引き上がり、細身の体に不釣り合いなほど豊かな胸元が、ふわりと揺れる。 

 長いまつ毛の奥にのぞく穏やかなブラウンの瞳が、ちらりとこちらを見て、すぐにまた机の資料へと戻る。

 その一連の動きに、陽太は少しだけ視線をそらしながら、カップの中のコーヒーを静かに啜った。


「……実績も信用も積み重ねてきて、せっかくギルド協会から正式に『指定ギルド』の認可までされたのに……なによこれ、今月の依頼、たった三件って。この依頼の少なさって……どういうことなのかしらね」


 再び走らせていたペンを止め、璃那は机にため息をついた。


「まあまあ。平和なのはいいことですよ、璃那さん」


 陽太は苦笑しつつ、手元のカップを傾ける。

 璃那はその言葉にむっとした表情を浮かべるが、すぐに肩をすくめた。


「それに、ほら。うちって、職員は俺と璃那さんだけの小さなギルドですし、登録されている異界士も、D級の俺ひとりだけですし。依頼人からすれば、頼れる人がいるギルドや管理局に行くのは当然じゃないですか……?」


 陽太は肩をすくめ、半分本気、半分慰めるように笑った。

 その言葉に、璃那は「わかってるわよ」と唇を尖らせながら、資料をペンの先で軽く突いた。


「それでも、もう少し何か動きがほしいわね。このままじゃ、せっかくの認定も無駄になっちゃうわ。せめて新人の受け入れでもいいから、実績を積み重ねないと、実績ゼロってレッテル貼られて、最悪、指定ギルドの取り消しなんかにも、なりかねないし、何とかならないかしら……」


 その時だった。

 ――突如、電子音が鳴り響いた。


 デスクの片隅で、無機質な呼び出し音を奏でる固定電話。

 璃那はその音に反応し、すぐさま受話器を取る。


「はい、こちらギルド喫茶『リリーフ』、九条です。……はい、応答可能です。……ええ、ええ、こちらは、カルデラシティ第七区内――はい……『異界任務』? ええと、どんな……?」


 璃那の表情が、みるみるうちに緊迫したものへと変わっていく。


「……異界化しているビルに……バスが突っ込んだ……? 場所は……はい……了解しました、すぐ向かわせます!」

 

 電話を置いた璃那の視線が、真っ直ぐに陽太に向けられた。


「陽太くん! 政府からの緊急依頼よ。『異界化』したビルに、運行中のバスが突っ込んだって。巻き込まれた民間人の救出と保護! 現場はこの第七区、すぐ近くよ。現場に一番近い、指定ギルドとして、うちに応援要請が入ったわ!」

 

 璃那の言葉を聞いて、先ほどまでの微睡んでいた陽太の静かな目に、確かな意志が宿る。


「了解です。装備取って来ます」


 陽太はソファから立ち上がると、事務所に併設している更衣室へと向かう。

 更衣室に入り、ロッカーから使い慣れた剣を取り出し、慣れた手つきで装備を身に着けていく。

 最後にジャケットを羽織り、事務所へ戻ると、迷いなく出口のドアノブに手をかけた。


 璃那はその背中を見つめながら、小さく呟いた。


「気をつけて。無理はしないでね?」


 璃那の声に、陽太は振り向き、軽く片手を上げて笑顔で応えた。


「はい。それじゃ……いってきます!」


 その言葉と共に、扉を開けて、事務所を後にする陽太。

 事務所の扉が閉まり、少しして、陽太が出ていったことを、静かに告げるように、喫茶店のドアベルがカランと鳴る。

 一人残された璃那は、書類の山を見下ろしながら、ぼそりと呟いた。


「……やっぱり、平和だけってわけにはいかないわね」


 ギルド喫茶『リリーフ』の午後に、再び静かさが戻る――だがそれは、嵐の前の静けさなのかもしれない。

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